お題:狼男

「テメェ、何ガン垂れてんだコラ」

 街中を歩いていると、よくこういう連中に目をつけられる。

「あァ?」

 理由は単純。同類だからだ。鋭い目つきと長身のせいで怖がられ、敬遠され、それならこっちからとグレて幾星霜。進んで悪事を行いはしないが、気付けばそこいらのチンピラと睨み合える程度の胆力は身についていた。

 だが、そこへ横やりが入る。

「お巡りさんこっちですー」

「チッ。めんどくせぇ……!」

 チンピラは俺に目もくれず、居もしない警察に怯えて逃げていった。

 俺がモメるといつもこうだ。喧嘩寸前の場に泰然自若として入り込む女など、コイツ以外にいない。

「やぁ、探したぞ駄犬クン」

「駄犬呼ばわりしてんじゃねぇ三枚におろすぞテメェ」

「はっはっは。飼い主にそんな口を効いていいのかな?」

 不敵に笑い、スマホをチラつかせる。俺は言葉に詰まり、うなだれた。

「わかったよクソが……」

「よろしいよ。やっぱり犬は従順でないとね」

 そのまま連れて行かれたのは、女の自室だ。部屋に入るなり、俺は首元を掴まれる。

「さて、早く出すんだ」

「…………」

「断ればどうなるかはわかってるようだね」

 優位を利用し、女はニタニタと意地悪く笑う。顔立ちだけは端整なのに、この笑顔だけは邪悪そのものを煮詰めた代物だ。

 俺は苦虫を噛み潰す思いで、要求されたモノを出した。

「ふふふ、素直な男は好きだぞ」

「るっせぇ。とっとと終わらせろ」

「応とも。では失礼して」

 女はまるで飛び込むように俺のを抱きしめた。辟易した気持ちに合わせて、狼の耳もへたりこむ。

 俺は狼男だ。とはいえ、別に満月の日に凶暴化して人を襲うようなことはない。ただそういう一族というだけで、普段は混乱を避けるためにそれを隠して生きている。

「うーん、やはり最高だな」

「クソが……写真さえ撮られなけりゃ……!」

 どうやったのか知らないが、この女は俺が狼男である証拠写真を所持している。狼男はいわば隠れた存在だ。俺が狼男であると知られれば、研究者やらマスコミやらが殺到して普通の暮らしが送れなくなってしまう。それは避けねばならない。

 返却の要求は当然のように拒まれ、その写真を流出させないための条件だけが提示された。

 それは、コイツの飼い犬になること。

 四六時中の行動が縛られるワケではないが、コイツの命令が絶対となったワケだ。

 しかし不思議なことに、金品の要求はない。ただ休日に呼び出されて、ひたすら耳を触られたり、尻尾を抱き枕にされる程度だ。底の知れない凄味を持つ女だからこそ、何か裏があるのではと勘ぐってしまう。

「なぁ、お前は何がしたいんだよ」

「尻尾を枕に昼寝がしたいね」

「違う。俺を脅したクセに、要求はいつも軽いことばっかだ。正直言って、意味不明で気味が悪い……」

 すると、女はキョトンと目を丸くしていた。

「はて。きみは好きな骨っこを小屋に持ち帰ったりしないのかね」

「犬じゃねぇんだよボケナス」

「まったくジョークが通じないな。端的に言えば、気に入ったものを手元に置きたいとは思わないのかということだ」

 ……いよいよコイツがわからなくなった。

「俺が、お前のお気に入りってか?」

「そうとも。私は元来から独占欲が強くてね」

 俺は肩を押され、床に倒された。そして間髪入れず、顔の両脇に手をついて逃げ場をなくし、俺を覗き込んできた。

「きみの自由を私が掌握していると考えると、心底からゾクゾクと嗜虐心が刺激されてくるのさ」

「そりゃ最悪のご趣味だこって……!」

「そうだろう?」

 頬に手が添えられる。見開かれた瞳には、ドロついた狂気が映り込んでいた。

「反抗的な態度が恭順に変えられていく様も最高に愉しいんだ。どうか長く反抗してくれよ?」

「へッ。じゃあ話は簡単だな」

 俺は手を跳ねのけて体を起こし、逆に女を追い込む姿勢を取った。

「絶対に従順になんかならねぇ。むしろ俺がテメェを躾けて写真を取り上げてやる」

 女は嫣然と微笑んだ。

「それでこそだぁ……愛してるぞ、狼男」

「大っ嫌いだよ、クソ女」

 歪な関係性が、ぐちゃぐちゃに絡み合っていく。

 俺がまともな生活に戻れる日は、まだまだ遠いらしい。

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