お題:買い物

「大丈夫?」

「だ、い、じょうぶ、……!」

 プルプルと両腕を震わせながら野菜が入った買い物かごを持つ少女は、強がりとしか思えない顔でそう答えた。

 この子は近所に住む小学生なのだが、おつかいに来たらしい。僕は偶然スーパーの前で出会ったわけだが、平均より小さい上に、言い方は悪いがどんくさいこの子が心配でついてきている。

「次は……『できれば大きいジュース』だって。……無理じゃない?」

「やってみないとわかんない……チャレンジ、する!」

 この子はニチアサでも戦隊派で、意外と熱血、闘魂、根性が通じるタイプだ。

 しかし。

「ぐべぇ」

 500mlでダメだったか……

「これじゃリットルは無謀だね」

「むねん……」

 力尽きた様子でへたり込んでしまったので、僕はかごを受け取る。

「運ぶのは手伝ってあげる。お会計はお願いね」

「! ふふふ、もちろんだよ!」

 そうして意気揚々とレジに向かうものの。

「え、セルフレジってなに? ばーこーどを自分で? ビニール袋は別料金? わかんないよー!?」

「セルフの弊害ってこういうところにあったか……」

 最近になって導入されたセルフレジをこの子が知らないのも無理はない。ついでに言うとバーコード読み取る場所に背丈が届いていないので一人のおつかいだったらここで詰んでた。

 僕が手早く会計を済ませるが、横を見ると幼女が膝を抱えて拗ねていた。

「なんにもできない……」

「あー……荷物半分持ってくれない?」

「お情けはいりません! 持つけど!」

「いい子だね」

「へへへ」

 なんと単純な。

「今日はありがと。これからもおにーさんがお買い物してくれたらいいのになー」

「そのうち自分でできるようになるよ」

「自分でできるようになっても、おにーさんと一緒に買い物したいの」

 かわいらしいことを言ってくれる。何歳までこういう感じでいてくれるのだろうか。

「あ!」

「どうしたの?」

「ねるねるねるね……」

「買い忘れたのね……また今度にしときなよ」

「……次も、一緒にお買い物してくれる?」

「時間があったらね」

 曖昧に答えたつもりだったのに、その子はぱぁっと目を輝かせる。

「やくそく! お買い物!」

「……今度の土曜日にね」

「うん!」

 子供の要求には勝てない。大人になってしまったものだと自覚し、少し寂寥感を覚えた。

 ご近所さんに過ぎない僕に、こうやって懐いてくれるのもあと何年か。

 いつか僕のことは忘れて、同級生の友達と遊ぶようになるのだろう。

 まあ、妹のようにかわいがってきたこの子と過ごせる時間が期限付きだと思えば、土曜日返上も安いものだ。

「そのうち背も伸びるのかな」

「うん! あと十歳したら、大きくなってるんだよ!」

「十年っていうと、高校生? そりゃもちろん成長してるだろうけど」

「そう、こうこうせい! それまで、待っててね!」

 ……ははは。まあ、数年すれば忘れてるだろう。

 これが甘い見積もりだったと発覚するのは、かなり後になってのお話だ。

 

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