お題:写真

「はいチーズっと。うん、いい感じ!」

 昼下がりの水族館。修学旅行にきた高校生たちが往来する中、私は方々を歩いては写真を撮っていた。

 本来なら班行動が義務付けられるのだが、写真部の私は『撮影係』という腕章によって単独行動の権限を得ている。集団行動は苦手だし、好きなように写真を撮れる今日はとても気分がよかった。

「うおー、ジンベエザメ!! すごいっ!!」

 大迫力の特大水槽を前に興奮しながらシャッターを切っていると、背後を男子の一団が通った。運動部の中でも陽キャ系の、やかましくも楽しげな集団である。

(あれ、でもあの班って……)

 私は昨日のホテルで撮影した班ごとの集合写真を思い返し、いままで来た順路を戻っていった。

 大水槽の手前にある、クラゲが展示されたブースに彼はいた。通路中央の丸いソファに腰かけ、お行儀よくもわびしげに座っている。

「やほ」

「あぁ……こんにちは」

 彼はしずしずと頭を下げた。

 常日頃から物静かな彼を、私は草食系を通り越した仙人系と心で呼んでいる。誰とも積極的な交友を持たないが、特に友情に飢えていない。コミュ障ではなく達観しているかのような風格すら感じさせる、不思議な同級生だ。

「さっき、きみの班があっちに居たけど……」

「ああ、はぐれたわけではないので、大丈夫ですよ。僕がここをもう少し鑑賞したかったので、先に行ってもらったんです」

「バラけたら先生に怒られるぞー?」

「その時は僕が勝手にはぐれたと言い訳すればいいんですよ」

 自由とは孤独であると聞くが、余裕そうに微笑む彼を見ているとその言葉を実感できる。

 どんな場においても、彼はひとりだ。しかして孤独ではなく、自由だ。

 話しかけられたらそれなりに応答するし、愛想も悪くない。でもどこか、腹の底が見えないような気もする。

 何かをひがむこともなく、何かを妬むこともない。だからこそ彼は徒党を組まずとも、誰からも嫌われていない。

「クラゲ好きなの?」

「はい。不思議な生き物なので」

 そういうあんたも不思議だよ、とは言わないでおいた。

 私もなんとなく同じ水槽を見た。旧時代的な潜水ヘルメットのような水槽の中を、白いゼラチンが数匹泳いでいる。さっきは一瞥もせずに通り過ぎた場所だが、改めて見ると……やっぱり退屈だ。

「面白い? コレ」

「個人的には。……お先にどうぞ。集合時間までには合流するので」

 彼は、ジッと食いいるようにクラゲを見つめていた。呆けているようで輝いてもいる瞳は、砂時計を見つめる幼児に似ていた。

 吸い寄せられるように、その顔にピントを合わせる。レンズ越しに、被写体と呼吸を合わせる。明度、角度を合わせ――ベストな瞬間を待った。

「…………~っ」

 半ば無意識にシャッターを切った瞬間、恥ずかしさがこみ上げる。

 これでも写真部だ。撮影係という仕事としての写真と、部活としての本気は使い分けている。いままでは気取らず、気楽に撮ってきた。

 なのに、いまの写真は本気だった。つまり、私が彼に本気になるほどの魅力を感じたということ。

「どうかしたんですか?」

「へっ!? いや、大丈夫! ごゆっくり~ッ!」

 私は小走りでその場を立ち去った。

 急いでデジカメのデータを確認する。吸い寄せられるように撮影した横顔は、雑誌の表紙にできると自賛できるほどの出来栄えだった。

「こ、これは修学旅行とは関係ないからボツだ。ボツなんだから、うん……」

 私はそのデータを別フォルダに保存し直し、先生に提出する用のフォルダからは削除した。


「……あの。どうして僕と一緒に?」

「へ? あーっと、そのー……気のせいじゃないカナー?」

「はぁ」

 それから水族館の鑑賞時間が終わるまで一枚も写真を撮れなかった。

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