お題:チョコレート
バレンタインデーの浮かれ倒した雰囲気も収まった今日この頃。本命なんて考えもせず、友達とお粗末なチョコを贈り合う程度の私にとって、本番はむしろ今日である。
「ふっふふー、大量大量!」
満足げに鼻を鳴らす私の肩には、山ほどの板チョコが入ったバッグが提げられている。
バレンタインシーズンが終わると、方々のドラッグストアやスーパーで大量の在庫となった板チョコが投げ売りされるのだ。チョコ好きな私にとってこれほど嬉しいことはない。
「ブラウニーにホットチョコレート……苦めのガトーショコラもいいなぁ」
幸せな重さにニコニコしながら自転車を走らせていると、前から歩いてきたのは見知った顔だった。クラスで孤立気味な、気の強い女の子である。
友達でもないが、私は自転車の速度をゆるめて挨拶する。
「こんにちはー」
「……それ、何?」
と、私のバッグを指差して面喰ったような表情を浮かべる。パッと見で致死量とわかる枚数なので、まあ気になるのも当たり前である。
「安売りされてるんだ。一枚いる?」
「いらない。……チョコ、誰かに贈った?」
「え、うん。友チョコだけど」
「手作り……だよね、きっと」
「うん。上手でもないけど、まあお互いさま的な」
「そっか……」
そう呟く彼女は、少し寂しそうに見えた。
「えーっと……そっちは誰かにあげたりした?」
「あげたかったけど、渡せなかった」
地雷を踏んだ。まずい。
私が爆速で冷や汗を噴き出させる中、彼女は気にしないで、と微笑んだ。
「いいの。チョコ苦手だから味に自信なかったし、気の迷いみたいなものだから。……まあ、未だにカバンに入れっぱにしてるぐらい引きずってるんだけどね」
「ご、ごめん……」
「平気平気。……あなたみたいにチョコが好きだったら、私も自信もって渡せたのかな」
彼女は鞄から綺麗にラッピングされたチョコを取り出した。
「あげるよ。私だといつまでも捨てらんないから、捨てといてもらえるかな」
差し出された箱を見つめる。少し左右非対称なリボンには、丁寧でありながらも不慣れな印象を受けた。きっと、誰かへの想いを伝えるためにがんばったのだろう。苦手なチョコレートへ気持ちを込めたはずなのだ。
「……いただきます!」
「え?」
私はリボンをほどき、中のチョコを食べた。
「や、やめなよ。カバンに入れっぱなしだったから、腐ってるかも……」
「美味しいよ!」
私は堂々と、正直に味の感想を言った。
「美味しいからね!」
伝えられなかったからダメだとか、想いが小さいとか、そんなことは絶対にない。それだけは伝えたいと思った。
驚いていた彼女は、少しずつ顔を緩ませる。
「……ありがと」
「これが食べられなかった男子が可哀想なぐらい美味しかったからね!」
「わかった、わかったって。そんなに褒められると、お世辞でもむず痒いから……というか、余計な材料入れてないからチョコ好きならマズく感じるわけないでしょ?」
「む、それはチョコ好きとしては聞き捨てならぬ言葉。単純な工程でもけっこう味変わるからね」
「そうなんだ。聴かせて?」
「いいよ。まず湯煎にしてもね……」
気付けば、私たちは並んで歩きながら談笑していた。肌寒いし、夕陽も傾いてくるし、私は帰り道と逆方向なのに、それでも会話が楽しかった。
バレンタインデーが繋ぐのは、恋だけじゃない。まあ、そんな話だ。
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