お題:ドライブ

「どっか連れてって」

 完全な思い付きでしかないような顔で妹がせがんできたので、俺もめんどくせぇと顔に出す。

「やだね」

「つれてけ! お父さんに許可もらってるんだぞ!」

 鼻息をフンと鳴らしながら、印籠のように車のキーを突き出してきた。

「じゃあ父さんに連れてってもらえよ」

「だって昨日の酒が抜けてないんだもん」

「酩酊の父から鍵を奪取する娘……」

「寝てるのが悪い」

 俺は面倒ながらも腰を上げねばならなくなった。こういう行動を取る日の妹は絶好調だ。自分の要望が通すためにありとあらゆる手段を取る。このままでは俺も何をされるかわからない。具体的に言うとPCを人質に取られかねない。

「わかったよ……どこ行くんだ」

「どっか!」

「決めないと近所のスーパーに連れてくぞ」

「じゃあ水族館!」

 最初からそう言え。

 煙草臭いワゴン車に若葉マークを貼りつけ、車を走らせる。

「すっいぞっくかん、すっいぞっくかん!」

「……中三だよな?」

「受験前だよ!」

 これが来年から高校生と考えると不安がズドンと胸にのしかかる。案外、こういう感情直結みたいな人間の方が上手く世渡りするものなんだろうか。

「俺は心配だよ……」

「いざとなったら養ってね」

「やだ」

「またまた。養う嫁さんも彼女もできる予定ないでしょ?」

「はいお前許さん」

「ごめんて」

 やっぱりコイツは変な地雷踏んで人間関係壊す未来しか見えない。

 同じような流れで三度地雷を踏み抜かれた頃、ようやく水族館に着いた。意気揚々と車を降りた妹を後目に、俺は運転席に深く腰を下ろした。

「あれ、行かないの?」

「一人のが気楽だろ。俺はテキトーに過ごしてるから、終わったら電話してくれ」

「やだ」

 助手席の外からがっしりと袖を掴まれ、思いっ切り引っ張られる。

「あっぶね!?」

「一緒に行くの! 車から降りろー!」

「わかった、わかったから離せっての!」

 そのまま俺は水族館内を引きずり回され、最後には土産屋でチンアナゴの特大ぬいぐるみを買わされた。そして……

「くかー……すぴるるる……」

 案の定かよ。

 楽しいことを前にすると全力全開で飛び回り、そのうちはしゃぎ疲れて、最後はスイッチを切ったみたいに眠る。体はずいぶん大きくなったが、中身は幼稚園に入る前からずっと変わっていない。

「うへっ、ふへへぇ……」

「幸せそうに寝やがって」

 妹にとってはいい休日だったことだろう。お望みの水族館に行って、身銭を切らずにドデカいぬいぐるみまでゲットして、最後は家まで爆睡。実に子どもらしい休日ではないか。

「……父さんもこんなだったのかね」

 車を走らせながら、ぼんやりと後部座席から見ていた父の後ろ姿を想う。いまは俺がそれになっているのだ。

 車の運転は疲れる。子どもの相手をして、疲れ果てた後に話し相手もなく運転なんて、しんどいことばかりだと思っていた。だけど、まあ。

「……不思議と、悪かないな」

 俺がこの後部座席に戻ることはもう二度とないのだろうけど。

 誰かが俺を頼って、安心して眠ってくれるのなら、悪くない。

「ふへっ……にいちゃん……ふひひ」

「……こいつ何の夢見てんだ?」

 まあ、ゆっくり寝りゃいいさ。俺もゆっくり走らすからさ。

 

 

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