お題:耳
「おざーす」
朝の教室、気怠そうな男の声。あたしは興味なさげにスマホをつつきながら、耳をそばだてる。
「おう。靴箱どうだった?」
「この時代にチョコなんてあるわきゃねぇだろ。現実は厳しいんだよ」
競合相手がいなかったことに、ひとまず胸を撫で下ろす。
「またまたぁ。たしかに普段はモテずとも、お前だってそれなりの顔面してんべ?」
「良くも悪くもフツーの顔面だよ。目立たねぇのには慣れてるし、期待もしない」
「自己防衛おじさんかおめーは」
「期待を捨てるのは俺の自由だろ」
本当に期待していないような平坦な声色に、あたしは安堵と不安が混じり合う複雑な心境になる。
何を隠そう、私が唯一作ってきたチョコの送り先はあいつだ。友達の口車に乗せられたせいで、対して上手くもない手作りにご丁寧な包装をして、メッセージカードまで添えてしまった。落ち着かずに朝一で登校してしまったのだから机に入れとけばいいものを、メッセージカードのせいでどうせバレるのが恥ずかしくなって、まだあたしの鞄の中だ。
「……ねぇ、渡してきなって」
「っ!? ちょ、あんたッ」
いつの間にか現れた、あたしを口車に乗せた張本人がジト目でせっついてきた。
「時間経つと余計にキツいよ? ほれほれ」
「だ、だって……あたしみたいなのが料理したって、どうせ……」
「女の子の手作り喜ばない男子っていなくない?」
「潔癖だったらどうしよう……」
「普段は勝気なのにこういうときは乙女だねぇアンタ」
仕方ないだろ、とふて腐れる。たしかに、普段はがさつな方だし、男勝りだとかおてんばだとか、色々言われても平気だった。けど、あいつのことを考えると全部が不安になる。
「嫌われたくないんだよ……」
「そりゃそうだとも。好きだから不安になるのが乙女だ。だけど、踏み出さないと進めないんだよ?」
たしかにその通り。友達から恋人になりたいって相談したのはあたしだ。あたしが言わないと進めない。だけど……
「……おっけ。じゃあ私が義理チョコ渡してくるから、それに続きなよ」
「え……」
「呼びこんであげるから、チョコ用意しとき。んじゃ――」
「待って!」
思わず声を上げて手を掴んだ瞬間、その顔がニヤリと笑う。声に反応して、彼がこっちを見ていた。
「~~~~っ」
「作戦成功……ほら、王子様がお待ちですよ?」
「茶化すなアホッ! ……っ」
顔が熱い。耳の先まで真っ赤になってるのがわかる。だけど、いましかない。この機会を逃したら、本当に渡せなくなる気がした。
「あっ、あのなっ!」
「…………」
「これ、あたしが作って、その、生チョコだけどヘンなのは入ってないし、えっと……メッセージも、何回も書き直して……」
自信がなくてうつむくあたしに、そいつは手を伸ばした。
「あ、ありがとう…………その……いまが人生で一番嬉しい」
「~~~~ッ! へッ、返事は放課後にしろ! あたしの心臓がもたない!」
「え、ちょ」
「これ以上話しかけんなぁぁぁ!」
あたしは逃亡した。燃えてるみたいに全部熱い。身体の芯から紅潮してるとわかった。
ああ、けど。
「嬉しい……!」
あたしも人生で一番嬉しいよ。
「一安心だぁ」
「ビックリするほど上手くいったねぇ」
「は? ……お前らグルか!?」
顔を真っ赤にしたまま目を見開く男子に、その友人である男女はニヤリと笑う。
「俺がお前の理想のプレゼントを聞き出し」
「それを私が横流しする」
「「これぞパーフェクトプラン」」
「俺にはプライバシーがないのか!?」
怒る男子に対し、両社は口を尖らせる。
「だってお前ら進展しねーじゃん」
「両片思いって成就しなかったら一番バッドエンドなんだよ?」
「だからって、これで俺らがくっついても……」
「そ。だからこっからはお前ら次第」
二人は耳を指した。
「キッカケは俺らが作った」
「これからは、二人がお互いの言葉に耳を傾けてやっていけばいいんだよ」
「いままでだって、そうしてきたろ? 寝たフリとかしてさ」
「…………釈然としねーけど、とりあえず感謝はしとく。俺が男らしく告白できなかったのは事実だからな」
「つーわけで行ってきな。あの子、いまが一番カワイイよ?」
わかってるとばかりに後を追う背中を見て、二人の友人は拳を突き合わせた。
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