お題:自転車

 単純なもので、私はアニメを見て自転車にハマった。

 翼が生えたようにロードバイクを走らせる姿がカッコよすぎて、私は親に拝み倒してそのキャラが乗っていたのと同じ色のロードバイクを買った。同じモデルは目が飛び出る金額だったので断念した。

 そして意外にも、運動嫌いだった私は自転車での遠出が趣味になった。財布と水筒だけ持って、なんとなく決めた目的地へグングンと進む。出発時刻が朝方だろうと、自転車のためなら布団から飛び出すことができた。人生でここまで熱が入ったのは初めての経験だった。

「――っと、見えた!」

 目的地のランドマークである灯台が見えて、私は一層ペダルを強く踏み込む。見よう見まねの立ち漕ぎダンシングでも、スピードは跳ね上がる。

 ロクな筋力もない脚が悲鳴を上げる。肺も酸素を寄越せとキリキリ締め付けてくる。なのに、口角がつり上がる。景色を置き去りに走るのが楽しくて仕方がなかった。

「ぶぁー、着いたぁ!」

 達成感のままに両腕を突き上げる。ここは太平洋側の岬にある灯台。特段何かの観光地があるわけではない。ただ行ってみたかっただけである。

 そのためやることもない。なんとなく灯台の下へ行ってみたり、ベタつく潮風を浴びてみたりするだけである。

「やっほぉぉおおお!」

 海に叫んでみたりもする。まあ、海坊主がお返事してくれるなんてありゃしないのですが。

「……何やってんだお前」

「わほぉ!?」

 後ろで怪訝そうな顔をしているのは、クラスメイトの男子である。服装と持ち物で、彼の目的はすぐにわかった。

「びっくりしたぁ。釣りするの?」

「おう。親父と一緒にな。……お前はお前で何やってんだよ。海で叫ぶにしたってもっと近場があったろ」

「いやー、来てみたかったからさ」

 そう答えると、呆れた顔をしていた。まあ、フツーは確たる目的もないのに来ないよねこんなトコ。

「まあいいや。お前も家族で来たのか?」

「ん、1人だよ?」

「……おい、校則で原チャリ禁止だぞ」

「エンジンついてないチャリだからセーフ!」

「どういうタイプの冗談だ?」

 眉に皺を寄せてそう訊く彼だったが、事実だから苦笑いしかできない。

「まあいいや。一緒に釣りするか? 帰り送って行けるし……」

「大丈夫!」

「あ、そ……」

 心なしか残念そうな彼と別れ、私はロードバイクにまたがる。が、そのまま出発する前に少しやることができた。

「おーい!」

「ん?」

 クーラーボックスを開けていた同級生がこちらを向く。私は自販機で買った缶ジュースを放り投げる。

「ほい!」

「お、サンキュ……なんだそのカッケェ自転車!?」

「かっけぇでしょ! じゃね、釣り楽しんで!」

 私は颯爽とハンドルを切り、一気に岬を駆け抜けていった。へへへ、気分はさながらカッコいい女だぜ。


「……俺もアレ買おうかな」


 翌週、彼もロードバイクに乗って通学してきた。今度はツーリングもいいかもしれない。

「へへっ、楽しみ!」

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