お題:大地

 数か月前、世界は滅んだらしい。

 理由はなんだったか、私は知らない。どうせ、世界の誰かが考えなしに核でも使ったんじゃないかなと思う。そうでもないと、ビル群も森林も全てが消失したこの大地に説明がつかない。

 私が何で無事だったかというと、ただ幸運だっただけだろう。お金が欲しかった私は最新技術だというコールドスリープの実験台に志願し、ハイテクそうなカプセルに入って眠った。目覚めたのは数日前。目覚めた部屋が埃っぽくて驚いたものだ。周りに誰もいないし、暗いし、蜘蛛の巣まで張ってる。周囲を見ると似たようなカプセルはいくつもあったが、全部中身はなかった。……正確には、中身が生きてるのは私だけだった。

 ここが地下であるらしいことは地図を見て理解したので、私はとにかく外へ出る事にした。そして、この地平線だけの閑散とした世界に辿り着いた。

「ポストアポカリプス……ってやつかな」

 独り言をつぶやいても、返事はない。不思議なもので、涙は出なかった。寂寥感はこみ上げるのに、それが体にはおくびも出てこない。自分が想像以上に薄情で強い人間だったことに驚いた。

 一旦地下に戻って、使えるものをひたすら漁り回った。幸い、保存食糧や植物の種、水の濾過方法など有用な情報がかなり手に入った。更に移動手段として太陽光発電のバイクもあったし、外で雨が降ることまで確認できた。外へ出てもしばらくは生存できる物資だ。

 しかし、それらをリュックに詰めているとき、ふと手が止まる。

「生きて……どうするんだろう」

 誰もいない。何もない。私以外、全てない。

 なのに、なんで生きるんだろう。

 どうして、私は。私は、独り、で、

「っ!?」

 モーターの駆動音が聴こえて、振り向いた。すると、そこにはやたらメカメカしいボールが転がっていた。

「なに、これ……」

『オハヨー』

 私が触れると、そいつはディスプレイにドットの顔文字を表示し、女の子みたいな合成音で喋った。

「私が寝てる間に、こんなロボットまでできたんだ……愛玩目的なのかな、お前って」

『オハヨー』

 それしか登録された言葉がないのか、ボールは同じ言葉ばかりをかける。

「なんだ。未来も存外アナログなんだね。おはよう、なんて……、……」

 そうだ。なんて悪趣味な、運命のいたずらだろう。

 人類の終末を寝過ごした私に、おはようなんて。

『オハヨー』

「っ……」

 目の奥に火がついたみたいだった。肺が縮んで、体は震えて。声も出せない。涙が、ボタボタあふれた。

 私だって、言われたかったよ。誰かにおはようって。

 生きたかったよ。逝きたかったよ。

「なんで、私だけ……」

『ダイジョーブ』

 顔を上げる。ディスプレイには、心配そうな顔文字。

『オハヨー』

「なんだ……喋れんじゃん。お前」

 手を伸ばした。触れた球体の曲線は冷たくて、硬くて。でも、私にはそれで充分だった。

「あったかいなぁ……」

『ダイジョーブ』

「うん……お前がいてくれるなら、ちょっとは大丈夫かもね」

 ディスプレイが笑う。

「おはよう」

『オハヨー』


 私は施設内を漁り、このボールの取説を発見した。どうやら学習機能があるらしく、持ち主に合わせて言語を取得していくらしい。だったら、話し相手には丁度いい。

「お前は今日から『キュー』ね。わかった?」

『キュー。キュー』

「よろしい」

 跳ねまわるキューを連れて、私はもう一度外へ出た。地平線と、青空だけの世界だ。

「私ね、もらったお金で世界を旅したかったんだ。一人で気ままに、バイク乗ってね」

『タービ?』

「そう。いまからキューと一緒にするのが旅。私の夢で、これからの人生!」

『ユメ、ユメ! オハヨー!』

 ニヤリと笑って、ゴーグルをつける。ふかしたエンジン音は、どこまでも広く蒼天に轟いた。

 どこまで行けるかわからない。いつ死ぬのかも。

 ただ、いまは誰にも邪魔されずにこの大地を走って行ける。

 未開の世界を、どこまでも探索できる。

 最高じゃないか。

「おはよう私! 人生の始まりだぁー!」

『オハヨー!』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る