お題:弦楽器

「弟子入りさせてください!」

「はぁ」

 人もまばらな大学の食堂。その申し入れは唐突にやってきた。俺は別に、人に教授できるほどの技能を持ち合わせていないし、それらしきものをひけらかした覚えがなかったからだ。

 俺に頭を下げた女子はたしか、同じ講義をいくつか受けているだけの間柄。律儀な性格なのか、頭を下げたまま動かない。

「まずは何の話か教えてくれない?」

「あ、そうですよね。えっと、高校の学園祭で三味線弾いてましたよね?」

「……なんで知ってんの」

「友達があなたと同じ学校で、動画見せてもらったんです!」

 どこのどいつか知らんが、厄介なことを。

「先に言うけど、俺は爺さまと遊び半分の稽古してただけで、人に教えれるような腕前じゃない。学祭も自由発表の人数合わせで強制参加くらっただけだし」

「教室通ってないのにあんな演奏できるんですか?! 弟子入りさせてください!」

「RPGの村人か! いまそんな腕前じゃないって言ったよな!?」

「お願いします!」

「……わかった。質問を変える。どうして三味線を習いたいんだ?」

 すると、その女子はぱっと顔を上げる。

「好きなんです、三味線! 卒論のテーマにしようって思ってます!」

 文学部なのに嘘だろ、と思ったが、あまりにも目が輝いているのでマジだと察した。だとしたら余計に……

「俺じゃないだろ、そこは……教室とか、知らんけどどっかしらにあるだろ?」

「それじゃちょっと違うんです。私はあなたの演奏に興味を持ったんです!」

 俺がどういう意味か尋ね直す前に、その子は語り始める。

「あんなにのびのびとした演奏、初めて聴いたんです。たしかに、つたない部分はあると思いました。でも、そこが逆に『いい』んです! おじい様と稽古したと聞いて納得しました。きっと三味線を弾くのが楽しくって、優しい思い出に溢れてるんだって思ったんです!」

「……その学祭以来、弾いてないぞ」

「では私と一緒にリハビリをば!」

 無敵かコイツ。

 とにかく、俺がどう言っても引き下がらないであろうことは理解できた。この熱意も、嘘ではないと信じたい。そう思わされてしまった時点で、俺の負けだ。

「どっかのサークル勧誘なら、いま言え。後で発覚したら第三者が引くぐらいキレ散らかすからな」

「どこの回し者でもありません!」

「あっそ……三味線、自前の持ってるか」

「ネット通販で買う予定です!」

「じゃあ、俺のをやる」

 キョトンとした顔が俺を見上げる。

「午後の講義は?」

「あ、ありません!」

「じゃあ、ウチに来い。……友達に教えるなら、爺さまも喜んで貸してくれる」

「っ! ありがとうございます、師匠!」

「師匠はやめろ」

「では、お師匠? それとも先生?」

「……もう好きにしろ。めんどくせぇ」

 三味線なんて、指先が柔くなるぐらい弾いてない。けど、久し振りに指が疼いた。小さい頃、爺さまと弾く時に感じた疼きだ。

 誰かと弾くことが楽しみで仕方ない時の、高鳴りだ。

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