お題:学校

 毎日、億劫だった。教科書を読みあげてるだけのくせに偉そうな教師。小学生を卒業できてない男子。おべっかと陰口で忙しい女子。なれ合いを強要してくる強制参加の部活動。全部が嫌いだった。

 ……何もないくせに、そいつらを見下してるつもりでいる私も。

 つまらないと心で唱え続け、やるせない怒りばかりが積もる。灰色みたいな日々の中、それは突然現れた。

「ヒマワリ……?」

 昼休み。見上げた三階の窓際に、一輪のヒマワリを挿した花瓶があった。普段から注視しているわけではないが、そんなものが飾られていた覚えはない。それがどうにも気になる。そこから放課後までの二時間、私の心はヒマワリのことばかり考えていた。

「たしか美術室……」

 そしていま、私はヒマワリがあった美術室の前に立っている。すりガラスの向こう側はぼやけて見えない。引き戸を触ると、鍵はかかっていなかった。用もないのに美術室へ入ることに少しの背徳感を覚え、静かに戸を開けた。

 窓が開いていて、ヒマワリの花瓶があった。それをぼんやりと眺める男子がいた。制服をだらしなく着て、椅子からずり落ちやしないかと思うほど脱力している。彼は私に気付くと、ひどく眠たそうにこちらを向いた。

「あれ、こんにちは」

「え、あ……うん。こんにちは?」

「風が気持ちいいんだよね。三階」

「そう、なの? ……えと、何年生?」

「二年生。別室登校してる」

 同級生なのに見覚えがないことに納得がいった。

「別室って……美術室に?」

「普段は生徒指導室。勉強が終わったら自由だから、よくここにいる」

「面白い? こんな何もない部屋」

 何世代前かもわからないOBの絵と、画集っぽい大判の本が数冊。アクリル絵の具に汚れた手洗い場に、埃を被ったカンバス。パッと見渡しても面白そうなものは何もない。

 なのに、彼は綿毛が浮き上がるように小さく笑う。

「楽しいよ?」

「何をするの?」

「何もしないをするんだよ」

「……プーさんみたい」

「あは、いいね。はちみつ食べたいかも」

 よーくわかった。こいつはとことんマイペースなだけだ。

「画集も見てると楽しいよ。モネとか、ゴッホとか」

「ゴッホ……あ、そうだ」

 独特のペースに飲まれていたが、私は本来の目的を思い出す。

「あのヒマワリ、なんなの?」

「飾ってる」

「……な、ん、で、飾ってるの?」

「段ボール漁ってたらヒマワリの造花があったんだよね」

「うん」

「飾りたくなったから」

「……あっそ」

 そんな調子の会話を、いくらか繰り広げた。上の階にいる軽音部が喧嘩してたとか、開けてた窓に野球のボールが入ったとか、開けっ放しで帰ったせいで翌日ハトが居座ってたとか。私がつまらない日常を惰性で過ごす間、彼は自由で愉快な日々を過ごしていた。そうして話す間に、私はずいぶんと久しぶりに砕けた口調で喋るようになっていた。

「あんた、成績大丈夫なの?」

「次のテストの範囲がどこまでが教えてもらって、そこまで自分で進めてるよ。成績悪かったら自由にできないから」

「そう……いいな、あんたは。毎日が楽しそう」

「うん。……楽しくないの?」

 透明な疑問が胸に突き刺さる。私は拗ねるように答えた。

「楽しくない。つまんないよ、学校なんて」

「そっか。……よし、家庭科室に行こう」

「……は? 待って待って待って。なんで?」

「家庭科室、いろんな色の布があるよ?」

「いや知ってる。知ってる上でなんで行くのって聞いてんの」

「楽しいこと、あるかもしれないから」

 咄嗟に否定しようとした。そんな自分に気付いて、私は口をつぐんだ。

 そんなものないって、決めつけてたからだ。

「……いい。家庭科室よりはここの方が楽しい」

「そっか」

 また儚げに笑う。

 楽しくなかった。心でうそぶきながら、私は陽がとっぷり沈むまで彼と話していた。明日も、私は美術室に行くのだろう。

 帰り際、三階を見上げる。窓際のヒマワリが、明るく色づいていた。


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