お題:森

 自然が好きだ。

 動物たちの声が楽しげで、誰も私を見ない。退屈な部屋なんかより、何十倍もいい。退屈な場所でジッとしているより、裸足で歩いた方がずっと私は楽しい。

『……出ていけ。人間』

 洞窟の中で突風が吹いたような声だった。振り向くと、そこには巨人がいた。全身が煉瓦や石で作られた人形のような姿をしていた。

「あなた、この森の神さま?」

『我は過去の遺物。森林の調停者。……人間は森に入るべからず。立ち去れ』

「私達のご先祖様が森を荒らしたから?」

『然り』

 深く頷いたのを見て、私は安心した。

「なら、見てよ調停者さん。私、斧も火も持っていないの。こんな細い腕で森を荒らせると思う?」

『否である』

「なら、ここに居てもいいでしょ?」

『否。人間は知恵の咎人……必ず、災禍をもたらす』

「大丈夫、安心してよ」

 私は服をめくり、腹を見せた。病人らしく痩せこけて、病魔の斑紋に蝕まれた体を。

「私、もうすぐ死ぬんだってさ。どうせ死ぬなら、狭い棺桶より森の中で死にたいの」

『……獣に喰われ、朽ちて土に成り果てても良いと?』

「ええ。生まれてこの方、ずっとお屋敷の中にいたの。決めてたのよ。死ぬなら自然の中でって。それが飢え死にでも、獣に喰われるでも構わない。病気で苦しんで死ぬよりはずっといい」

『……了承。例外として、森に死ぬことを認める』

「やった!」

 喜ぶ私に目もくれず、調停者は踵を返した。私は思わず呼び止める。

「待って」

『断る』

「じゃあ私がついてくからお話しましょ!」

『我は森に死ぬことを赦した。だが、対話を許可した覚えはないぞ、人間』

「私は例外なんでしょ? 人間とは違うんじゃない?」

『詭弁を弄するな』

「えへへ。まあいいじゃない。私、友達が欲しかったんだ。死ぬまででいいから付き合ってよ」

『断る』

 まあ、そうなるよね。

「じゃあ、勝手についていってもいい?」

『……我は森を巡回する者。人間が歩ける道は通らない』

「ちょうどいいじゃない。私が死んだら、それまでって感じで」

『自由にしろ。汝は森に死ぬ。故に森では自由だ』

「ありがと!」

 これから、何日で私が死ぬかはわからない。

 けど、それまでは自由だ。自由でいられるんだ。

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