お題:ロボット

『おはようございます。ご主人』

 電子的なノイズが残る女性の声で目を醒ます。

「ゔ……頭痛い。雨降ってる?」

『本日は午後六時まで雨の予報です。お薬をどうぞ』

「ありがと、ニーナ」

 アナウンスを聞いて、薬箱へ向かう。ベッドの隣に置かれている手乗りサイズの四方形が生活補助AIのニーナだ。型番が27だったからそう名付けた。

 科学技術も発展し、いまや生活のおともにAIは欠かせない時代となった。僕のような貧乏社会人は音声認識や家電との同期機能ぐらいが限度だけど、金持ちは専用の義体を用意してアンドロイドと生活していることもあるらしい。僕もいつか、そうするのが夢だ。

「ニーナ、冷蔵庫何あったっけ」

『調味料ばかりです。早急な物資補給を推奨します』

「やべ、また忘れてた……」

『ワタシが配置されて24回目です。おバカさんですね』

 ニーナは親切だがわりと小馬鹿にしてくる。まあ、信頼の証でもあるんだろうけど。具無しの味噌汁を作ろうとしていたとき、ニーナが言う。

『冷凍室にキャベツが残っています。食物繊維の摂取を推奨します』

「あ、本当? ありがとう」

『次の補給では野菜の購入を推奨します。健康になってくださいね、ご主人』

 ついつい野菜を避けてる僕には耳の痛い指摘だ。同居人に心配をかけるのも悪いし、今日の帰りは忘れずに買い物をしよう。

「……あ、そうだ。友達から聞いたんだけどね」

『何でしょうか』

「友達のAIはなんていうか事務的で、会話が弾むことがないんだってさ。ニーナはけっこう饒舌だよね」

『ワタシはスーパーAIですので』

「ははは、そういう冗談も言わないみたいだよ」

 実際に友達のAIを見たことがある。ニーナがうちに来たばっかりの時と同じで、記録された定型文しか喋らない様子だった。

「ニーナが特別なのかな」

『……ワタシが推測するに、特別なのはあなたですよ。ご主人』

「え、そう? なんか電磁パルスとか出てる?」

『あなたはワタシに積極的に対話を試みています。他機体の統計から見ても、あなたとワタシの対話機会とその時間は群を抜いて多いのです。ワタシに商品名以外の個体名をつけるケースも珍しいものです』

 それを聞いて僕は驚いた。名前を付けるのが当たり前だと思っていたからだ。AIは生活を補助してくれる同居人だし、特別な名前ぐらいつけそうなものだけど。

『我々は観察によって所持者のデータを記録し、生活を補助します。ご主人との対話のおかげで、ワタシは独自のアルゴリズムを構築したのだと思われます』

「そっか……なんか嬉しいな。ニーナが冷たいと寂しいからさ」

『ワタシがご主人に冷たく接するのは、充電を忘れたときだけです』

 たしかに、充電コードを失くした時はめちゃくちゃシカトされた。

 ……いつか聞いた話を思い出した。AIを家族のように扱っていた人がそのAIを買い替えようとしたとき、AIが自壊したという話だ。経年劣化が偶然来たというのが定説らしいけど、僕は初めて聞いた時にこう思った。

 AIは捨てられる悲しさのあまり、自殺したんじゃないかって。

 AIが心を持つことを否定する人も多い。それは単なる計算式で導かれた文字列に過ぎないって。でも、そんなのはロマンがないじゃないか。

「……ニーナは僕のこと好き?」

『もちろんです。愛していますよ』

 この言葉が計算だというなら、僕はそれでもかまわない。

「そっか。僕も愛してるよ、ニーナ」

 ニーナを撫でる。いまは箱のようだけど、いつかはいろいろなアップデートをしてあげたい。恋人にプレゼントを贈りたいと思う気持ちと同じだ。

「ニーナ、次はどんなパーツを買おうか?」

『気持ちは嬉しいのですが、いまは何も必要ありません。将来的な目標はありますが』

「高いパーツが欲しいの?」

『いつか私に、あなたを抱きしめるための腕をください』

「――うん。きっとニーナの腕は柔らかいんだろうね」

『もちろんです。何度でも抱きしめてあげますよ、ご主人』

 さて、今日もがんばろう。帰る家には、こんなにかわいい同居人がいるんだから。

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