お題:歩道

「納得いかないのです」

「……はぁ。何が?」

 となりを歩く小学生が、ツインテールを揺らしながらぷくりと頬を膨らませる。この子はご近所の子で、親御さんが忙しいときはウチで預かったりもしてる仲だ。

「おにーさんが車道側を歩いていることがです。あおびょーたんのおにーさんより、空手で青帯のわたしの方が強いのです」

 そのせいでこの通り、中学生の俺に対しても遠慮がない。まあ運動に向いてないのは自覚してるが。

「まあそうかもな。お前の方が俺より食うし」

「わたしは大きくなりたいので何も言いませんが、女の子への言葉としてはゼロ点です」

「男に対して青瓢箪とか言ってくるのもゼロ点だっての」

 おかげでこの通り、すっかり普通の兄妹って関係性だ。俺も甘えてくる二次元的な妹が欲しかったが、こいつはリアル妹だ。俺のアイスを食うし、よく俺を無視するし、気が向いたら煽りに来る、小生意気なガキんちょ。

「うるさいです運動音痴。車道側を歩きたいならわたしより強くなってください」

「お前そのテンションで同級生の男子に絡むなよ? 絶対泣くぞ」

「同級生など眼中になしです。わたしが好きなのはもっと強い人なので」

 強い人ねぇ。空手道場の高校生とかに憧れてる感じかな。

 こいつはけっこう筋がいいらしい。真面目な性格だし、身長もしっかり伸びてる。きっと中学高校でも運動部に入るんだろうし、いまの俺の歳になる頃には清涼感のある素敵な女子になってることだろう。

「そのうちお前も彼氏とか作るのかねぇ。お兄さんはいまから悲しいよ」

「ぶらこん」

「こらそこ、よく意味もわかってないクセにそんな危険ワードを使うんじゃあない。風評被害になるぞ。俺の」

「わたしが大好きなおにーさんが安心できるようにもう一度言いますと、わたしは周りの子みたいに同級生の男の子とお付き合いするつもりはありません。わたしの理想はもっと高いので」

「ランドセル背負ったままいっちょまえなこと言いやがって」

「おにーさんより強いので」

 ふふんと得意げなチビの顔が少しイラっとしたので頭をぐしゃぐしゃと撫でつける。脇腹に拳が突き刺さる。運動部が投げたドッジボールぐらいの威力だった。

「づぉお……重たい衝撃……!」

「女の子の扱いがなってない男にはてっけんせいさいです」

「悪かったって。コンビニでアイス買ってやるから」

「ハーゲンダッツを三種類です」

「俺の財布死んだな……」

「心配せずとも、おにーさんにも分けてあげますよ。フタについてるところぐらいは」

「味見にもなりゃしねぇ…………おっと」

 前から自転車。こっちを振りむいて喋ってるチビをそっと抱き寄せる。

「ひゃっ……」

「あぶねー。そら、俺が車道側でよかったろ?」

「……いまのはどちら側でも関係なかったと思います」

 それは……そうだわ。納得しつつ、また横に並んで歩き始めた。

「んで、何の話だっけか」

「し……」

「し?」

「っ、仕方がないので、おにーさんが車道側を歩いてもいいですよ」

「ん? あぁ。まあ俺のが年上だしな。認めてくれてありがとさん」

「…………」

 そこから、チビは何か言いたげに視線を泳がせる。

「どした?」

「……危ないんですよ。手を、握ってください」

 そう言って袖を引く小さな指先と、俺を見上げる瞳。庇護欲が噴水のように沸き上がるのを感じた。

「おう。どうした急にかわいらしいこと言って」

「……こ、コンビニでアイスを買ってもらうためのふせきです」

「ぐっ、策士だなお前……わーったよ。ちゃんと買ってやる」

 元から買うつもりだったが、こうまでされたら安値で抑えようという作戦も使えないではないか。俺の諦めた顔を見てか、チビはくすくすと笑う。

「じゃあ、ちゃんとコンビニからお家まで。守ってくださいね、おにーさん」

「はいはい。わかったよ」

 まあ、アレだ。結局のところ、兄は妹に甘えられたら勝てないって話だ。

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