お題:タマネギ

「嫌だ」

「食べなさい」

「絶対に嫌だね!」

「もーッ!」

 僕が頭を抱えるが、目の前の同級生は頑として口を開かない。

 この子は陸上部のエースで、僕は陸上部のマネージャー。僕は何故だかこの男勝りなエースに気に入られて、ほぼ専属でいろいろと世話をしている。のだが……

「テスト勉強は煙吐き出しながら頑張ったよね?」

「おかげでギリセだった」

「うん。あの苦行よりはマシじゃない?」

「マシじゃない!」

「タマネギ食べるかどうかだけでなんでそんなゴネるの!?」

 昼休みも半ば。もう放送部のラジオは終わって、他の生徒はほとんど昼食を終えている。なのにこの女子だけは弁当に残った生タマネギと睨み合いを続けていた。

「お母さんが作ってくれたお弁当でしょ……野菜食べてってアドバイスしたから入れてくれたんだよ?」

 元を辿れば、この子の食生活が乱れ過ぎていたのが問題の始まりだった。小遣い欲しさに食堂で食べると言い、その五百円を少しでも貯金するために昼ごはんは菓子パンや安い丼もの。栄養バランスなんてあったもんじゃない。たまに僕の弁当を分けたりもしてたけど、成長期の運動部が小食な僕の弁当をつついた程度で満腹になる筈もなく、いつも腹を空かせていたし、タイムも悪くなりだしていた。

 顧問に指摘されて、本気で食生活を正したいからとメニューの目安を決めて、お母さんにも協力してもらったというのに……

「そうだけどタマネギだけはムリ! マジで匂いが嫌いなんだって。カレーもタマネギ避けて食うんだぞ! どんなに巧妙に隠されてても絶対に食わない自信がある!」

 そんな自信満々に言われましても。

「そんなに嫌いなのに、どうしてお母さんはタマネギを使ったんだろ」

「好き嫌いすんなってよ」

「ごもっとも…………じゃあ、食べれる野菜教えて。明日から僕が作るから」

「いいのか!?」

 曇り顔が一気に晴れ渡った。

「うん。とりあえずはね」

「やった! お前の手作り弁当美味しいから好きなんだ!」

「ただし、条件二つ。まずはそのタマネギちゃんと食べること」

 目に見えて嫌な顔をした。そして数秒間タマネギと睨み合い、覚悟を決めて箸を手に取った。一気にかっこみ、お茶で流し込む。風味が残ったのか絶望したような表情を一瞬見せたが、彼女はしっかりと弁当を完食した。

「ほら、食ったぞ。ほら!」

「わかったから口の中見せないで。……もうひとつの条件は、僕の弁当にもちゃんとタマネギ入れるからね」

「はぁー!?」

「わかってるって。最初はみじん切りしてちょっとだけハンバーグに混ぜるとか、苦手意識をなくすように工夫するから」

「……わかった。お前が作るんなら、ちょっとがんばる」

「偉い」

 だろ、と言わんばかりに胸を張る。こういう調子乗りなところは少しかわいい。

「じゃあ、他に嫌いな野菜は? 何が嫌いかも教えてくれれば、対応してみる」

「ナスは焼いた触感が嫌い。トマトもぐじゅぐじゅしてるから嫌い。ピーマンは苦いからやだ。オクラはねばついてるから嫌い。あとレタスとキャベツは味がないから嫌い」

「……明日から野菜を三品は作るからね」

「ぐぅ…………が、がんばる……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る