お題:化石
「寂しいね、この蟻」
静かな博物館に落とされた声は、きっと俺の耳にしか届かない。琥珀に閉じ込められた蟻を見下ろす目は、憐みを含んでいた。
「閉じ込められてるから?」
「うん……何万年も独りで、これからもずっと独り……私だったら、悲しくて耐えられないかな」
物静かな声で、その子は憐れんだ。蟻に心があるのかだとか、もう死んでるから、みたいな無粋なことは言わない。人間、センチメンタルな心がないと味気ないものだ。
「俺は悪くないかな。化石になるの」
「そう? きっと寂しいよ?」
博物館を出て、隣接した緑地でベンチに腰掛ける。夏場だが、涼風が心地いい。
「まあそうだけど……普通、死んだらこの世に何も残らないだろ?」
遺品とか言葉とかは残るかもしれない。だが、この身体は土葬なり火葬なり、何らかの方法で形をなくす。
「けど、琥珀になったら残ってられる。これからずっと先の未来まで、誰がこの存在を見てくれる。まあ人間だと猟奇的でアウトだけど、もし俺がこの蟻んこだったらそこはちょっと嬉しい……かもしれない」
俺がそう話すと、その子は目を丸くしていた。突飛な発想で引かれたかとも思ったが、ふっと顔がゆるむ。
「……ふふ。想像してみた」
「なにを?」
「私が蟻になって、琥珀になったらどうしようって」
「良い想像できた?」
その子は楽しそうに笑う。
「あなたに買ってもらうの。飴色の檻に閉じ込められた、綺麗なオブジェ……飾ってもらえば、ずっと一緒にいられるでしょ?」
「……それだと、俺はきみに気付かないのでは?」
「いいの。きっと私に今日の記憶がなくても、持ち物を大切にしてくれるあなたに買われたら幸せだもん」
どういう反応をしていいやらわからないけど、とにかく信頼されていることだけはわかった。
「あー……でも、俺はきみに気付かないのは変わらないだろ? だったら俺は琥珀じゃないきみが欲しいかな、なんて……」
「ほんと?」
ずいっ、と顔が寄る。額と額触れ合った。
「近っ!?」
「わ、ごめん……嬉しい」
「言っといてアレだけど、俺かなりクサい発言したよね?」
「うん……私は嬉しいよ。あなたの言葉が嘘じゃないって、勝手に信じてるから」
恥ずかしそうに袖で口元を隠す。その仕草がかわいらしくて、俺も照れて顔を軽く背けた。
「……どっかで昼ごはん、食べる?」
「ご飯、実は作ってきてたの。……私ので、いい?」
「え、女の子の手作りって男の夢だよ! ありがとう!」
「ふふ……嬉しいな。あなたのためなら、毎日でも作るよ」
「琥珀じゃない私を好きになってくれて、ありがとう」
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