お題:カップ麺

 大学の校舎裏にある塗装の剥げたベンチは私の隠れ家のようなものだ。滅多に人も通らない、全ての喧騒が遠雷のように聞こえる静かな場所。逆張りが好きなひねくれ女の私は、それなりに友達がいても独りの時間を欲しがっているのだ。

「……んげ」

「またですか」

「頼むってぇ。まだ今週二個目なんだよぉ」

「火曜で二個目はアウトです」

 この安置でカップ麺を啜って孤独のグルメを決め込むのが大学生活の潤いだというのに、この堅物青年な後輩はわざわざ不健康だからと注意をしにくる。

「ケチめ。私はタバコも酒もやらないんだぞ! カップ麺ぐらい許せよ!」

「過剰なカップ麺とエナドリはその二つに匹敵する健康の敵です。食堂で野菜とかも摂ってください」

「だってあそこの野菜まじぃじゃん」

「野菜全般が嫌いなだけでしょ」

 なんと失敬な。食堂のサラダバーの野菜はなんか水っぽくて好かんだけだというのに。……断じて野菜嫌いではない。芋とか好きだし。

「今日だけは勘弁してって。もうお湯入れちったし……あぁっ、もう二分半! 食べごろなんだよぉ! かーえーせーよー!」

 恥も外聞も捨て、地団駄しながら返せコールをしたところ、後輩は心底面倒そうな顔をして私の昼食を返却した。シーフードヌードルは私のプライドと引き換えに守られた。

「毎日毎日……飽きないんですか?」

「ぷぁー、うまい。飽きないねぇ。ラーメンは神」

 コレはマジ。本当に飽きない。年がら年中、三食ラーメン啜ってもいい。

「いまはいいかもしれませんけど、将来太りますよ?」

「私がダンス通ってんの知ってんべ。たまに水泳もしてるし、太らん太らん」

「……塩分過多は早死にの元ですよ」

「ヘーキヘーキ。私、人生は太く短く派なんだわ」

「冗談でもそんなこと言わないでください」

 真剣な声色だった。冗談めかそうとしていた心持ちを一旦切り替える。

 この後輩は真摯に私の健康を考えてくれてる。ちゃらんぽらんな私にはもったいない後輩だ。

 ……本当にろくでなしにはもったいない。

 私はカップの残りを一気に食べきると、空っぽの容器に割りばしを放り込んでゴミ箱に投げ入れた。

「おっけおっけ、わかったよ。優しい後輩の気遣いに免じて、今日の晩飯はお野菜を摂ろうじゃないか。お前もついてきな」

「いいんですか?」

「もーまんたい。これでも貯金はある方ぞ?」

 と、先輩風を吹かせてみる。まあ金なくてもカップ麺買うけどね。

 だが、言った通り私はひねくれ女。この甲斐甲斐しい後輩に心配されるのが嬉しい、ダメで悪い先輩なのだ。

「よーし先輩ワルいからラーメンにニンニクと背油入れちゃうぞー!」

「え、野菜ってラーメンの……健康を考えろって言ったばっかりですよね!?」

「許したお前が悪い! 大人しく奢られな!」

 してやったりと笑う。だがまあ、この真面目一徹な後輩にはフォローもいる。

「安心しろって。明日はお前と食堂でサラダ記念日してやるよ」

「……本当ですね?」

「案ずるな。先輩、レポート提出忘れるダメ女だけど後輩との約束は必ず守るって定評があるんだぞ?」

 後輩の表情が少しやわらぐ。私だって、こいつを困らせ続けたいワケじゃないのだ。後輩のお小言はうるさい時もあるけど、ないと途端に寂しくなってしまう。

 お前がいないと退屈なんだ。

 お前がいないと死んじまうよ。

「これからも私を心配してくれよ、後輩」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る