お題:コーヒー

「先輩、コーヒー飲むんですか?」

 雪がちらつく中、生意気な後輩が後ろから覗き込むようにそう尋ねる。自販機から熱い缶コーヒーを手に取った。

「あー……普通」

「フツー」

「好き好んで飲みたくはないかな。苦いの嫌いだし」

「いよっ、ココア大臣」

「担当部署狭すぎ問題」

 いつも通りのゆるい会話を交わし、プルタブを引いた。舌が痛くなるほどの苦味と熱が喉を降る。

「……ぶぇ」

「そんな苦手なら、なんで飲むんです?」

「アホ……頭のおカワイイ後輩に勉強を教えるから」

「言いましたよね? いまハッキリと言ってはならない二文字を発しましたよね?」

「頭がおカワイイですね」

「ポニテにして鞭みたいにひっぱたきますよ?」

 いやまあ……下から数えた方が早いなんて聞いたら、なぁ。

 ともかく、俺はこの後輩に勉強を教えてやらねばならん。そのために俺は眠気覚ましに嫌々コーヒーを買ったわけだし、いまもこうして二人で俺の家へ……

「お前、俺の家に入り浸り過ぎてない?」

「えーそうですかぁ?」

 急にかわいこぶった声を出す理由がごまかし以外にあろうか(いやない)。

「前にも言ったけど、ほどほどにしろよ」

「えー、やです。今日は先輩にブレンドココアをごちそうしてあげるんですから」

「塩でも混ぜんのか?」

「それは前にやったので今日はペッパーなココアです」

 こいつは。本当にこいつは。

「ンな調子だと彼氏できないぞ。せっかく端整な顔してんのに」

「……じゃあ、先輩はもっと喜ぶべきですね! こんなに端整な、端っ正なお顔のカワイイ後輩が勉強を教わりにきてくれるんですから!」

「アプデ延期か。何時までだろ」

「後輩より優先するゲームがあるんですかッ!」

「調子こいた妄言聞くよりはやる価値あるかな」

 ……とはいえ、俺もそろそろ大概にすべきか。こいつとの会話はスラスラ続くし、イタズラの対象にされるとはいえ一緒にいて飽きないのは確かだ。この居心地のよさに甘えてしまっていては、こいつの交友関係を狭めてしまうかもしれない。

 ここは一発、ちゃんと言っとくか。

「お前、好きな奴いるか?」

「へぁっ、なななんですか先輩。もしかして案外私の内情に興味ありありのありですか!?」

「お前、しょっちゅう俺といるだろ。他の友達とか……同年代の交友関係あるのかって思って」

「え、ああ。その意味の好きですか……まあ仲良い友達はいますよ。プライベートで遊ぶ相手は少ないですけど」

「ちゃんと友達作れよ? 異性との話し方とか、この時期に身につけないと将来バグるぞ」

「先輩って高校何周かしてたりするんです??」

「俺ってなろう系だったのか」

「高校転生ですか。新しいですね」

「三年周期のループってキツくね?」

 いかん。またこういう会話になってしまう。気つけ代わりにコーヒーを多めにあおる。

「まあとにかく。俺とつるむのも程々にな。いつか好きな相手もできるだろ」

「なんかその言い方、お父さんみたいですね。というか好きな相手もういますよ」

「じゃあ尚更俺とつるんでも仕方ないだろ」

「いいんですよーだ」

 後輩が一歩前に出て、振り向いて笑う。マフラーでたわんだ長髪から、甘い香りがした。イタズラっぽい顔は、やけに嬉しそうだった。

「私のためにコーヒー飲んでくれる人が好きなんですから」

「ふーん」

「え、そんな興味ないことあります?」

「お前のために、ねぇ」

 ……この苦さは俺の目を醒ますためのモンだ。そうだろ。

「いるといいな。そういう奴」

「……そうですねッ」

「づっ!? てめぇ脇腹……っ!」

「やーいやーいザコめ! あっははー!」

 鈍感で結構。コーヒーが頭に回り切るには、まだまだかかるらしい。

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