お題:ため息

 その子はよくため息を吐く。

 窓の外を物憂げに眺めながら、眼鏡のつるを悩ましげに見つめながら、おさげの先をくるくると弄びながら、小さく息を吐き出す。

 私にとっては、その姿がとても美しく見えた。どこかの王女と思えるほど気品高く、花魁もかくやというほど妖艶だった。私はいつからか、目立たないその子を目で追うようになった。サッカー部のキャプテンも野球部のピッチャーも目じゃない。無数の歓声も万雷の喝采も、あの子への興味には勝てなかった。

 その姿を見つけることができたのは、私がずっと彼女を見つめていたからだろう。ウィンドウショッピングを楽しんだ後に公園を通ると、そこでは撮影会が行われていた。ファッションモデルや映画の類ではなく、素人が自身のコスプレを披露し合う場のようだった。

 少し興味が出て、遠巻きに撮影会を眺めた。混ざりに行くような勇気は到底湧かない。

 総じてコスプレの出来が良く、私は内心驚いていた。服飾の経験なんて、家庭科の授業でミシンを危なっかしく使って以来だが、素人目に見てもその衣装たちに違和感はまるでなく、漫画やアニメの世界からそのまま引っ張り出したかのように色めいて見えた。

 その子は、赤ずきんの童話をモチーフにしたキャラクターに扮しているようだった。質素な赤布ずきんとカゴ。だがカゴからはモデルガンや手榴弾が見え隠れしており、背中には身の丈ほどある鎌を有している。

 眼鏡も外して、化粧もしていた。なのに、一発で彼女だとわかった。理由は単純、ため息だった。物憂げな表情で吐息を漏らした瞬間、カメラのフラッシュが従来の三倍に跳ね上がっていた。我ながらため息で判別するとは、どうかしている。

 彼女を中心とするカメラ群がいなくなった後、スススと足音を消して近付いた。そして、恐る恐る声を掛ける事にした。別に「正体見たり!」と言いふらしたいわけじゃない。ただ、衝動的に尋ねてみたくなったのだ。

 どうして、あなたはため息を吐いているのか。

「あ、あのー……」

「はい?」

 目と目が合う。私は続く言葉を失った。真っ正面から見つめた瞬間、魅了の魔法にかかったように頭が真っ白になった。

 しかし、意外にも彼女は私の言葉を待つのではなく、自ら話し出した。

「――なの?」

「はへっ?」

 素っ頓狂な声が出た。その子は私の手を握って、ぐぐっと顔を寄せた。

「コスプレ、好きなの!?」

 私は脳死で首を縦に振った。


「――……じゃあ、ため息の理由って」

「うん。コスプレ友達できないのが寂しかったの」

 コスプレ衣装を脱いでおさげと眼鏡に戻った彼女は、カフェのおすすめパフェを食べながらそう言った。

「普通、衣装の出来栄えとかで話が膨らんで友達になったりするんだって。でも、私には誰も話しかけてくれなくて……」

 なるほど。彼女の魅力に気圧されたのは私だけではないと。

「でもよかった。初めてコスプレ仲間できたもん!」

 心底嬉しそうに笑う彼女に、教室の物憂げな雰囲気はない。ズルいのは、陰のある横顔が太陽のような笑顔に変わっただけで、彼女自身の魅力が一切損なわれていないことだ。

「えっと、でも私そのー……見る専っていうか? 仲間……のカテゴリに入れてもらってもいいのかなって……」

「いいよいいよ。好きな作品とかある? 今度はあなたの好きなキャラでやってみたい!」

「うぇ!? えーっと、じゃあ……」

 華やぐテーブル。弾む会話。きっと、私たちは友達になった。

 もう、私が惹かれたため息は見られないのだろう。

 でも――


「嬉しいな、いっぱい写真撮ろうね!」

「――うん!」


 この笑顔を引き出した功績が私にあるなら、これ以上何も望めないじゃないか。


「じゃあ、私が主人公やるからライバルやってね」

「うん! ……え!?」

「やった、言質取った! ペアでコスだー!」

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