お題:鍵

 誰からもらったかは憶えてないが、オルゴールを持っている。子ども騙しな鍵がついた、青い花で飾られた箱型のオルゴールだ。幼い頃の僕はそこに宝物を詰め込んだ。食品サンプルのマグネット、ヘラクレスオオカブトのフィギュア、折りたたんだ保育園の集合写真……暇さえあれば持ち出して眺めていたのに、忘れてしまったのはいつからだったろう。

 なんでそれを思い出しているかというと。

「なーんで鍵なくす!? 弱み握ってやろうと思ったのに!」

「失せ物に感謝したのは生まれて初めてだよ」

 勿忘草の宝箱を雑に持ってベッドに腰かけている、幼馴染が他人の家の押し入れから引きずり出してきたからだ。

「っくしょー……ベッドの下か押し入れの奥にはアレな本があるんだろ?」

「いつの時代のセキュリティだよ」

 そうは言いつつ、前は小学校のアルバム、その前は幼少期の服と何かしら見つけ出すから勘弁してほしい。ちなみにアレな本などはパソコンのパスワード付きファイル『哲学者への道』に入っている。

「んー……こんな鍵ならこじ開けれそうでもあるけど、流石になぁ」

「うん。絶ッッッ対にやめてね」

 念を押すと、彼女も大人しく引き下がった。

 昔から強引で活発なところは変わらない。昔から男子顔負けの溌剌さで僕の首根っこを掴み、森やら山やら引き摺り回されたものだ。

「つーか本当に忘れてんのか? 別にアタシに教えなくてもいいから、そこだけ言えよ」

「忘れた。もう十年は触ってないと思うし……あの鍵小さいから、どっかの隙間に入ったとか、ゴミに捨てられたとかもありえる」

「うし、やっぱこじ開けよう」

「やめな???」

 とはいえ、たしかに中身が気になるところではある。こんなことのために鍵開けを依頼するのもどうかと思うし、何か方法はないだろうか。

「んー、針金でも突っ込むか? この前、ウチに余ってたのをおばちゃんにあげたからこの家にあるはずだし」

「……待って、そうだ。誰かにあげた気がする」

「マジか! 探すぞ!」

「早い早い早い!」

 誰を尋ねるかも考える前に部屋を出ようとした幼馴染を引き止め、保育園時代の友達をゆっくり考え直す。

「…………」

「………………」

「……――あれ、僕って保育園の時点でぼっちだったのでは?」

「ぶふぁッ!」

 おもっきし噴き出しやがったコイツ。

「か、悲し過ぎふっふっふ……!」

「そうだ思い出してきた、そもそもお前が引きずり回すから俺が他の子と遊ぶヒマなかったんじゃん!」

「アタシは友達いた気がするけどな!」

「はぁー許せんコイツ」

 だが、可能性は浮上した。

「アタシが持ってるかもってことか? ンなモンもらったかー?」

「知らん。強奪された説まである」

「まあお前のお菓子はアタシのモンだったからな!」

「………………」

「悪かったって。ほら、ポッキーやるから」

 買収されんぞ。もらうけど。

「あ、そうだ。保育園っつったら……」

 彼女が学校の鞄を開け、ぐちゃぐちゃのプリントを掻き分けた先から何かを取り出した。ピンポン玉ぐらいの大きさの青い巾着袋だ。

「コレコレ! 卒園の時に友達へ贈ったヤツ!」

「あーあったね。僕宛てのにセミの抜け殻入れたよね」

「あん時は宝だろ。……お、マジか!」

 開けた中から出てきたのは、くすんだ銀色の鍵。大きさから見て間違いなくオルゴールの鍵だろう。

「じゃあ早速、御開帳~!」

「あげたっけ? ……あ、そうだ、卒園の後、ウチに来て一緒にオルゴール閉じて……――!!!」

 ヤバい。

「ッ!」

「うおっ、何すんだよ! オルゴール返せ!」

「もとから僕のだ!」

 マズい、鍵が開いてる。中身を見られるワケにh

「返せチョーップ!」

「あだぁッ!?」

 脇腹に手刀が刺さり、強奪された。倒れる数瞬で、はっきりと中身を思い出す。卒園の日に入れたのは、手紙だ。

「ん、なんだこの紙。んーと?」

 僕からは「これからも友達でいてね」。

 彼女からは――――

「大きくなったらけっこ……――」

 そして僕は危惧していた通り、照れ隠しのキックを腹に受けるのだった。

 

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