お題:花

 小さい頃から、彼岸花が好きだった。

 私が中二病気味のイタい奴っていう指摘もあながち間違いではない。けれど、曼珠沙華という四文字や血のような赤とか、そういうものに釣られたわけではないことは申し添えておこう。

 単に身近な存在だったのだ。

 幼少期にシロツメクサの冠を作っただとか、花の茎を編んだ結婚指輪を作っただとか、そういう幼馴染設定が陳腐に思われるぐらい多用されているのは河原に咲く花が身近なモノだからでしょ?

 私にとっては、近所の小川沿いに顔を並べる彼岸花の群れがそういう存在だったということだ。

 とはいえ、彼岸花を手折るような趣味はない。鼻水を垂らした幼稚園児から、課題に追われて涙を落とす大学生になったいまでも、通学時にただ眺めるだけ。それだけで少しだけ癒されるような気分になるのだ。

 ……でも、ただ一日だけ。毎年、今日だけは彼岸花を一本だけもらうことにしている。

 私はジャケットにスキニー、スニーカーまで黒一色に合わせ、真っ赤な彼岸花を一本だけ、後生大事に抱えて「そこ」へ向かう。

「おばちゃん、久しぶり」

「あらまぁ、今年も来てくれたのね。どうぞどうぞ」

 人のよさそうな――実際に優しい――おばちゃんに通され、居間へ上がる。おばちゃんがお茶と一緒に持ってきたのは、水だけが入った花瓶だ。

「今年も綺麗に咲いたのね」

「そりゃもう一面が真っ赤っすよ。……あいつにも、見せてやりたい」

 少し、空気が湿っぽくなる。私が急いで取り繕おうとしたときだった。

「その言い方だと、僕って死んでるみたいにならない?」

 襖を少しだけ開けて、私の恋人が苦笑していた。

「おう。今年も持ってきたぞー」

「綺麗だね。ありがとう。……黒い服、カッコいいね」

「だろ? お前はカッコいい女が好きだもんな」

 彼が部屋に入る。車椅子に座る身体には、膝から下がない。

 幼少期の事故で、失ってしまったのだ。加えて、元から肺が強くない。いまは入院が必要なほどではないにしろ、家からあまり出られない身体には変わりない。

 だから、私が毎年、見ごろの彼岸花を持ってくるのが恒例行事だ。私の手を引いて、早く見せたいからと走って、この彼岸花を見せてくれた彼のために。

「いろいろ話したいけど……寝てた方がいい?」

「ううん、平気。……母さん、いいかな」

「ええ。お医者様は大丈夫って」

「何の話っすか?」

 イタズラっぽく彼が笑う。

「今年は出かけられるんだ。よかったら、一緒に見に行こう」


 最初は自分で車椅子を動かすと言って聞かなかったが、近所の杖ついたおばあちゃんに追い抜かれてからは大人しく私に車椅子を押させてくれるようになった。

 一面の緋色は何も変わっていない。ただ、私達が大きく変わっただけだ。

「綺麗…………僕が死んだら、彼岸花の下に埋めてほしいな」

「……だったら、私が毎日水やりにきてやるよ」

 私はきっと、初めて会った日から毒に侵されてたんだろう。

「そんで死んだら、ここより一面彼岸花の景色を一緒に見ような」

「うん。……ありがとう」

 青天。そよ風。水のせせらぎ。遠くで聞こえる、小学校の予鈴。

 目に映るのは、赤と、青と、お前の顔。


 突き抜けて 天上の紺 曼珠沙華


 私たちはきっと、来年もここに来る。

 いつか、彼岸に至るまで。

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