お題:トンネル

 トンネルは何故あんなに怖いのか。

 山奥で心霊スポットになるのは? トンネルだ。

 車で通ると血の手形が付くのは? トンネルだ。

 通り抜けると異界に迷い込みがちなのは? もちろんトンネルだ。

 マジで怖い。朝方だろうが昼間だろうが怖い。通りたくない。霊感があるなんて思ったこともないが、トンネルだけはダメだ。カラスの目玉を見つめたくないだろ? あの暗闇はその手合いだ。

 こんだけ言えば、俺がどれだけトンネルを恐れているかわかってもらえただろうか。その上で言おう。

「私の家、あのトンネル抜けた先だよ」

 神は俺を見捨てたと言うのか。

 急な雨が降り、リュックに傘を忍ばせていた母に感謝しつつ靴を履いたときだった。眉をハの字にして曇天を見上げているのは、俺が密かに気にしている女子だった。

 困り顔の女子。俺の手には傘。なけなしの勇気を出すしかなかった。

「よ、よぉ、傘忘れたー?」

 裏返りかけの声をごまかして話しかけると、その子は頷いた。

「え、……うん。家の方向、同じだったっけ。入れてくれる?」

 ここから1ヶ月、母上を崇め奉ることが俺の中で決定した。

 のも束の間。目の前にはトンネルである。わざわざ10分の遠回りをしてまでも避け続けてきたカラスの目玉があるのだ。

「……低気圧に弱い? 私もそうなんだよね」

「お、おう! よっわよわなんだよなーはっはー、あったまいてぇー!」

 痛いのはガラスメンタルだ。砕け散りそう。ガラスの少年になってしまう。砕けた破片が全身に突き刺さってしまう。

「あのね、頭痛い時はあったかいお番茶飲むと落ち着くよ。うちで休んでいく?」

「休みまぁす!」

 破片がなんぼのもんじゃい。砂粒に還っても踏破してくれる!

「ほあばばばば」

「だ、大丈夫? そんなに頭痛いの?」

 だめだ。これは、だめだ。

 わけいっても、わけいっても、くらいみち

「……ねぇ、あれ見て」

「はぇ? ……花、と……木の板?」

「卒塔婆だよ」

 そ と ば 。

「ここ、お化け出るの」

 前方で雷。半分だけ照らされたその子の顔は、ゾッとするほど綺麗だった。

「へ、へぁー……」

 後ずさった。その時だった。

「うおっ!?」

 足が滑った――違う。なにかに引っ張られた。ちょうど、子供のいたずらみたいに足首をグッと――

「わ。大丈夫?」

 尻餅をついた俺へ、その子が屈んで心配そうに訊く。

「ごめんね、怖いお話しちゃって……どう? 頭痛いの、紛れたかな?」

「はへ? あ、あぁそういうことね! ばっちり頭痛が飛んでったわ……」

 立ち上がると、尻に嫌な湿りを感じた。トンネルの中に水溜りがあったみたいだ。

「うへー、やっちまった。これじゃお邪魔するのも悪いな……」

「ぜ、全然大丈夫! お風呂入って、ジャージ着れば、ね?」

「そ、それは流石にダメだ! 人んちで風呂とか……そういうのは、ちゃんとした関係のやつだけにしとけよ」

「……うん。そうだね」

 色んな意味でビビった……思いの外フレンドリーなのか。

 気づいたらトンネルの出口は目の前だった。あのお化け話のおかげ……なの、かも。

「やっと抜けた……」

 胸を撫で下ろした。


「……――」


「ん、なんか言った?」

「ううん。なんでもないよ。……明日、お番茶持ってくるね。美味しいんだよ?」

「マジで!? やった! 明日まで水飲まずにいる!」

「そ、それはやめてね?」

 トンネルは苦手だ。怖いのは嫌いだ。

 でも、俺とこの子を繋いでくれたのは、あの恐ろしい暗闇だった。

 怖さは変わらない。ただ、ちょっとだけ感謝。明日の朝はあの花に水をあげていこう。クソ怖ぇけど。




「だーめ。この人は私の、だよ」

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