お題:骨
骨みたいな腕が見慣れたものになったのは、何日前だったか。
理由なんて些細なものだった。お母さんに色々言われたとか、クラスの誰かさんが冷たいだとか、自分の体形がコンプレックスだとか。
どこにでもあるし、誰にでもあるようなつまらないストレス。それが積み重なって、遂に私はモノを食べられなくなった。
夕食の代わりに置かれる五百円玉を貯金できたのは嬉しいことだけど、代償は積み重ねた硬貨じゃ足りないほど重たかった。
一か月前、栄養失調で入院した。おばあちゃんが病室に飛び込むや否や嗚咽して、おじいちゃんは顔を背けて泣いていた。お母さんも病室へ来て、泣いてくれた。スーツとヒールで息を荒げるほど走ってくれたことが嬉しかったなんて、歪んでるよね。
でも結局、食べることはできないままだ。口に何かを入れると、舌も歯も唇も、結託してそれを追い出してしまう。サイコロより小さく切ったリンゴを無理矢理飲み込んでみたら、胃まで仲間になって吐き出させる。
手の打ちようがない。いつまでも入院してられないし、そのうち治らなくても家や学校に行くことになるんだろう。重たいセーラー服、ずり落ちるスカート、ぶかぶかのストッキング。滑稽だ。想像するだけで笑えてくる。
「……大丈夫?」
病院の屋上でぼぅっとしていたとき、小学校低学年ぐらいの女の子が声をかけてきた。背の小さい、かわいい子だ。
「え……ああ、ごめんね。こんなガリガリだから……」
「ううん。お姉さん、悲しそうだったから」
その子が言うに、私は泣いていたらしい。知らない内に涙がぽたぽたと落ちていた。
「どうしたの? お姉さんも私と同じ?」
「同じ、って……拒食症なんだよ、私。ごはん食べらんないの」
「えっ!? じゃあ、お姉さんも赤いプツプツができたり息が止まったりするの?」
衝撃的な質問に、私の涙もぱったり止まった。
この子は重度のアレルギー持ちで、いろいろなものが食べられないのだという。
「うん。そのせいで背も伸びないんだー。もうすぐ中学生なのに」
「中学っ……そっか……」
言葉が出なかった。私はこの子と違って、食べられない原因が心にあるだけ。この子が食べられないモノを、私は食べることができる。満足に食べて、背を伸ばすことだってできる。この子が生涯どうやってもできないことを、私はできるのに、できない。そう思った瞬間、また涙があふれてきた。どうしようもなく、この子に謝りたくなった。
「ごめん……ごめんね。お姉さん、食べても何もないんだよ。どんなものでも食べられるのに、どうしていま食べられないのかわかんないんだ……」
「そうなの? じゃあ、わたしが一緒に考えてあげる!」
その子は隣で腕組みをして、うんうんと頭を捻った。
「わたしが食べられるようにしてあげる! そしたら、一緒にごはん食べたいね!」
また、涙は止まった。なのに目の奥がじんわり熱かった。
きっと私の拒食症は治る。
いつか、この子と一緒に美味しいものを食べてみたいなって、思えた。
どこかのテーブルで楽しく笑ってる未来を、想像できたんだ。
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