日課:お題の缶々
鴉橋フミ
お題:潜水艦
潜水艦の戦いは「音」で全てが決まるのだという。
故に俺がいまこうして教室の片隅で狸寝入りを決め込んで耳を澄ましているのは、いわば戦いなのである。……と、格好をつけてみたはいいけれど、向こう側が見えないほど分厚いオブラートを全部引っぺがせば単なる盗み聞きだ。
いや、聞いてほしい。誰に聞いてほしいかはさておき聞いてほしい。俺が貴重な昼休みを削り、ぼっちになってまでこうするのには理由がある。決して唯一の友達が風邪っぴきだからではない。決して。
俺は隣席の女子の声を聴いたことがない。小動物のように大人しいが、友達もそれなりにいる普通の女子だ。しかし声を一切出さない。まるでその子だけが水中にいるかと思うほど、何があっても声を出さない。窓から入ってきたクマ蜂に驚いて跳び上がっても無音だった時は初期のチャップリンの世界に迷い込んだのかと錯覚するほどだった。
さて、ここまで来たら言わずもがなだ。俺はなんとしても声を聞いてみたい。滑舌が悪いとか、掠れているとか、単に声が小さいだけとかいろいろ理由は考え付く。もしかしたら声を聴かれること自体がコンプレックスだったり、声を出せない理由を隠していたりするのかもしれない。
無理な手段に出るつもりはない。俺はサイコパスでもソシオパスでもないのだ。
ただ、こうして息を潜め、深海を行く潜水艦のようにジッとしていればいつか――
「――……教室、理科室だよ」
水面に波紋が揺れる光景を幻視した。
そよ風のように心地よく、静かな囁き声だった。なのに銃弾がブチ込まれたかと思うほどの衝撃だった。
顔を上げると、友達と一緒にその子は教室を出ていた。
潜水艦の戦いは「音」で全てが決まるのだという。
故に俺が授業に遅れたのは、「音」に撃沈されたから。それだけなのである。
「どうだった、作戦成功?」
「う、うん、たぶん……!」
「よぉし! 普段ほぼ無音のあんただからこそできる『ウィスパーボイスでイチコロ作戦』、これからも攻めてくよ!」
「がんばる……!」
「いつか、オトしてみせるんだもん」
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