6 鎌風と大将


『風が、どう見えたんだ?』と

猫を撫でながら問うた ジェイドに

『陽炎っぽい渦。マジで カマイタチじゃね?

見えるだろ。風 が正体じゃねーんだし』と

ルカが答え

『それなら、カマイタチが入って行った って

言えば いいだろ?』

『けど、カマイタチ って ハッキリした訳じゃねーじゃん』と

不毛な言い合いになろうかとしておったが

『では、参りましょう』と、四郎が止め

『中に居りますので』と 消えてしもうた。


『あっ!』

『また... 』


猫も ジェイドの肩から、学校の外壁に飛び

中へ消えると、ため息をついた ジェイドが

『じゃあ、行こうか』と、少し先にある

正門より 幅の狭い門を指した。


門の鉄柵の高さは、ルカの鼻の辺りであったが

鉄柵に 両手を掛けたルカは、ジャンプして身体を引き上げ、片足を鉄柵に掛けると 中へ侵入した。

ジェイドも同様である。


俺や 桃殿も、難無く飛び越えたが

ぬらりは、障壁など 無いかの如く侵入する。

このように 壁なども抜け、茶を所望する故

用心されるが良い。


猫を抱いた四郎は、門の すぐ近くにおり

『泰河等に、連絡を入れておいた方が よろしいでしょうか?』と 片手でスマホを出した。


『えー、まだ分からねーし

いいんじゃねーのー?』


ルカは言うておるが、ジェイドは

『うん、一応。中に入って行ったのが

仁成くんの友達に 傷を負わせたヤツなら

祓わなくては ならないだろうし、

僕等より、朋樹の祓いの方が効くかもしれないからね』と、キリとして頷く。 ほう...


感心しかけたものであるが

『僕は、皿に集中したいし』と 加えた。


四郎が、朋樹に電話をしたところ

二人は、何も情報が集らぬであったので

沙耶夏の店で 珈琲を飲んでおったようじゃ。

『“ロールケーキを食べてから 行く” と

言うておりました』と。うむ...


『じゃあ オレ、カマイタチみたいの探すし』


ルカが言うたが

『あまり離れると、神隠しが解けるが... 』と

桃殿が止める。


『先に、皿を見てみよう。

ルカが、何か 要望があるのか聞いてみて、

音を鳴らさないように説得すればいい。

すぐに済むだろ?

それから、カマイタチの疑いがあるヤツを探そう』


ジェイドが、体育館の方へ歩き出したので

俺等も ついて行く。


『こうしてる間に、カマイタチっぽいのが

逃げたら どーするんだよ?』と

ルカが言うておるが、ジェイドは

『また猫達が教えてくれるよ。

それに、学校が無人でも 入って来たんだから

ここに何か 用があるんじゃないのか?』と

返した。うむ、一理ある。

何故か この付近を 彷徨うろついておるようである故。


体育館の扉にも、鍵が掛かっておったが

壁を抜け、中に侵入した ぬらりが

カチリと 鍵を捻って開けた。


扉は、襖のように 横にスライドするものであるが

鉄製の頑丈なものじゃ。

靴を脱ぎ、体育館に入ったが

夕刻の体育館は 薄暗く、ガランとしておった。

四郎も『おお、見たことのない雰囲気です』と

高い天井まで 見回しておる。


『“いかにも” じゃないか。

都市伝説の女の子が出そうだ。

“首が無い女の子が、ボールの代わりに

自分の首をついてる” って』


何とのう...


『それさぁ、“男子生徒” じゃなかった?』

『私が読んだものには、“体育教師” と』など

出ておるので、幾つかのバリエーションがあるとみえるが。


『不用品の箱は、あれであろうか?』


薄暗い故、見えづらいのであるが

体育館のステージ下には、段ボール箱が 固まって置いてある。

『うむ、あれよ』と、ぬらりが頷いたので

早速 向かった。


箱の中は、また箱であり

『大判のタオルセットです』

『こっちは 石鹸のギフト』

『大皿 一枚と 小皿セット。これ、昔

うちにもあったし。結構 いやつっぽいのに』

... といった具合じゃ。


ジェイド等が箱を開け、中身をあらためると

『こちらには、タオルや石鹸を』と

桃殿が 仕分け整理を始める。

うむ。仕分けの怪異程度であれば 良かろう。

俺は、グラス類を集めるかの。

ぬらりが焼物じゃ。


『ルカ、皿には 触れて見られた方が... 』

『あっ、そっかぁ。開けて満足してたぜー』


ジェイドと四郎が 箱を開け、皿であれば

ルカに回し、ルカが

『うん、無し。これも無し』と

付喪の確認をしていく。


『日本の食器は、絵がエレガントだ。

これは、手描きじゃないのか? 梅の花だ』

『おお、可愛らしい。ゾイも喜びそうですね』


『僕が来ても、貰えるのかな?』

『くれるんじゃねーの?

この、湯呑みたいな コーヒーカップとか

ハティも喜びそうだよなぁ』


呑気に話し、仕分けするべき段ボール箱は

あと 二箱じゃ。

体育館の壁の上下に並ぶ 鉄柵でカバーされた 窓からは、夕陽の色が見える。

益々 暗くなってきたので、狐火を浮かせた。


『おっ。浅黄、ありがとー』


『うむ』


しかし、俺が まともに出来る術は

この 狐火のみじゃ。

人化け術など、二度 頭蓋をかぶっても

耳の出る始末である故。

神隠しなどが出来れば良いのだが、榊に 何度コツを習うても、頭や腕など 一部しか隠れなんだ。


カチャリ と、音が響き

皆、作業を止める。


『... 音、どこからした?』


狐火の下に、ジェイドが 茶の眉を寄せるが

うむ、近くでは無かった。


『入口の方では... ?』


また カチャリと鳴る。

四郎が言うたように、入口付近から 音がした。

桃殿の 神隠しが掛かっておる故

音の主には、俺等の姿は見えぬのであるが

つい 息を詰める。


『ここにある食器類の 付喪神つくものかみが出す音じゃなかったのか?』


ジェイドが立ち上がるが、ルカが

『けど、いるぜ?』と、手に持った皿を示した。

青の祥瑞しょんずい... 連続模様を枠で区切ったものであり

直径 40センチ程の皿じゃ。


『古いやつみたいだけど、箱とか無くて

プチプチに包まれてて... 』


ルカの手から、皿が飛んだ。

皿は、何かに引き寄せられるように

入口へ向かって行き、扉が 左右に開いた。


カチャリ カチャリと、陶磁器の触れ合う音。

開いた扉の先に立っておるのは

里の慶空... 2メートル程はあろうかという

大男である。


『えっ?』『ヨロイ、着てる?』


うむ。体育館の入口に切り取られた 夕陽の中の

シルエットは、その様に見えるが、

外から ヒュルル... と いった音が近付き

何かが大男に激突すると、大男は 体育館の中に

バラけた。


『おおおっ! 何と!!』


体育館の高い天井に、大小 何枚もの皿が舞う。

大男であったものじゃ。これは...


『瀬戸大将... じゃないのか?』


狐火の下に、ジェイドの眼が輝き

『嘘だろ?!』と、ルカも立ち上がる。


天井近くまで舞った皿は、体育館の中央の辺りに

再び 集まり出した。

カチャカチャ カチャリ... と、陶磁器の音を立て

鎧を着ておる如きの形に重なり、纏まっていく。


瀬戸大将 とは、この様なものである。

陶磁器の集合体が、何故か

中国の武将 関羽殿の姿を取る。

瀬戸物 とは、日本の東側の陶磁器の呼び方であり

西側は 唐津物。

唐津物は、曹操殿の姿を取るのだ。

うむ。これは、瀬戸大将か 唐津大将であろう。


『あっ、あれ! カマイタチっぽいヤツ!』


入口から、陽炎の如き靄が 渦巻きながら入り

次第に姿を顕した。

ぐるぐると周囲の空気を巻き込む旋風の中心に

かま爪のいたちの如き獣...


『何と... 』


そのままではないか と、桃殿が呟いた。

うむ。正体は様々であろうが、ここに現れたのは

石燕せきえん殿の絵の如き 鎌鼬かまいたちである。

微々たるひねりなども皆無じゃ。


そして、何故かは 解らぬが

陶磁器等が、瀬戸大将か唐津大将の形になると

鎌鼬が襲い、風と鎌で 皿を巻き散らす。

舞い上がった皿は、再び カチャカチャと

大将の形を取る。


『何なんだ?』

『さぁ... 』


『おお、こちらにも皿が参ります!』


大将が撒き散らされ

皆、飛んで来る皿から 身を護るため

腕で 顔や身体の中心を庇う。

ぬらりは、バスタオルの箱を盾にしておったが。


皿は、俺等に当たらず

ステージ上で大将になり、撒き散らされ

体育館の中央右寄りで大将になり、撒き散らされると、入口で大将になる。

ヒュルル... と 鎌鼬が襲うと、外に撒き散らされた。


『追おう』

『はい』


ジェイドと四郎が外へ駆け、ルカも

『何なんだろ?』と 首を傾げながら追う。


俺と 狸姿の桃殿も、ようやく立ち上がったが

ぬらりは、散らばっておる不用品が気になり

『仕分けして出る』とのことじゃ。

戸締まりなども出来る故、心配あるまい。


体育館から出ると、大将は グラウンドに撒き散らされておった。


『どうしようか?』


何処ぞかに隠れておった猫が、こちらに来て

伸びをした。ジェイドが抱き上げる。


『体育館で持った皿は、大将が迎えに来るのを

待ってたみたいだぜ。

もう、あの中の 一枚になってると思うんだけどー』


どういった事かを よく聞くと

ルカが手に取った 祥瑞の皿は、付喪となっており

仲間の陶磁器の付喪... 大将が来るのを待っておった。

格好良い大将になることは、陶磁器の付喪等の

憧れであるようじゃ。

大将の付喪も、仲間の付喪を探して旅をする。


『素晴らしいじゃないか!』

『晴れて 大将になったのですね』


『そ。けど、カマイタチがなぁ... 』


大将は、鉄棒付近で 撒き散らされておった。

砂場の上で 皿達が纏まっていく。


『何故、邪魔するのだ?』


二本足で立ち、背伸びして見る 桃殿が

不思議そうに言うが、まったくである。


『捕まえて聞いてみる?』と

ルカが、風の精霊を呼んだ。


風の精霊は、鎌鼬を巻き込み

ぐるぐると回転させながら、こちらまで連れて来た。このように 簡単に捕獲出来ようとは...


桃殿が 神隠しを解くと、ルカも風の精霊を解放した。

風の精霊に巻き込まれた 鎌鼬は

急に降って湧いた俺等にも 驚いており

攻撃しようと向かって来たが

伴天連である ジェイドや四郎に気付くと

ピタリと止まり、逃げようとする。


「地」


しかしルカの 地の精霊によって 地に縛られ

陽炎の渦の中心で あたふたとしておる様子が

手に取れた。


「どうして、大将の邪魔をするんだ?」


率直に ジェイドが聞くと

鎌鼬は、ぶんぶんと 首を横に振る。

この間に、大将は 門の鉄柵の隙間から

バラけて脱出した。

だが、門の外からは

「あーっ!!」「関羽?!曹操?!」という

聞き慣れた声がするのだが。


「それだけじゃない。子供に怪我を負わせただろう?」


またジェイドが聞くと、鎌鼬の渦の勢いが弱まった。


「ワザとじゃなかった?」


ルカが言うと、鎌鼬は 鎌爪を下げ

全身で しょんぼりとした。


「さて。すっきりと仕分けが済んだ」


ぬらりじゃ。ひと仕事終えた 良い顔をしておる。


「うん? 捕まえたのか。

どれ、儂が話してみるかの」


ぬらりの のんびりとした様子に

四郎の顔が ほころんだ。じい様であるからのう。

優しさにも年季が入っておる故。


ひょこひょこと 鎌鼬に近付いた ぬらりは

「うん?」と、答えを待つ。


鎌鼬が 鎌爪の音を立てると、ぬらりが

「ふんふん... 」と 聞いておるが

この様であるなら、俺等では 会話を持つのは

難しかろう。


「うん」


鎌鼬に頷いた ぬらりは

「遊んでおっただけ であるようじゃな。

“友である” と」と、肩透かしを食らわせた。


「あれでー?」

「大将の邪魔をしてるようにしか見えなかった」


ルカとジェイドが、ぬらりに言うておるが

四郎が

「大将ならば、傷付けぬから なのでしょうか?」と、鎌鼬に聞いた。


成る程。他の者と遊ぶと、鎌で傷付けてしまうが

大将ならば、バラけて戻るだけである。


「うん。大将の旅に お伴しながら

じゃれておるのよ」


「何と、その様な事とは... 」


桃殿の 狸時の撫で肩も より落ちた。


「マジで?」と、ルカが 地を解こうとしたが

「でも、人が怪我をした」と

ジェイドが言うと、ルカは 開いた口を閉じた。

うむ。それは ハッキリさせておかねばならぬ。


「大将が、体育館に 付喪を迎えに行く折

お伴して、子供に当たってしもうたので

無人になるまで待って、出直したようじゃ」


「だけど、これからも

誰かが怪我をすると 困るんだ。痛いだろうし」


「うん、大将も反省しており

妖しらしく、人との距離を保って 迎えに行く と

言うておったようであるが... 」


話しておるうちに、カチャカチャと音が近付く。

鎌鼬を心配した大将が、様子を見に 戻って来た。


ぬらりが、大将に事情を説明すると

大将は、ルカ等の前に カチャリと膝を着き

カチャカチャカチャ... と、崩れ出した。

謝っておるようじゃ。


「ああーっ!! 大将?!」

「わかった! 大将、戻ってくれ!」


ルカが鎌鼬を解放すると、グラウンドに 山と崩れた皿は、大将の形に 重なり戻った。

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