7 鎌風と大将
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すっかりと夜じゃ。
萬相談所の座敷のテーブルには、ペンギンの絵が描かれた 珈琲カップが並んでおった。
榊とボティスの 水族館土産じゃ。
ひとつだけ、ペンギンの湯呑であるが。
茶柱が立っておる。
「... そして、大将と
バラけ 戻りながら、また旅に出たのだ」
桃殿が、榊とボティス、葉桜に報告しておる。
「ほう。流しの妖しであったか... 」
「関羽と曹操、どっちだったんだ?」
「それが 分からぬのだ。
しかし、全国 旅をしておるのだから
どちらでもあるのであろう。
時折、関羽と曹操に分かれ、闘うのやもしれんが... 」
うむ、それは良いのう。
割れず残った 古き皿なども、捨てぬが良い。
いつか大将が、鎌鼬と共に 迎えに参る故。
「怪我をされた子は かわいそうでしたが
悪い妖しさんではなく、良かったですね。
ぬらりさんも、お疲れ様でした。
遅くなりましたが、食事を作りますので... 」
葉桜が言うと、ボティスが
「いや、朱里の店に行く。お前等もだ」と
座敷を立った。
萬相談所の前には、ジェイドのバスの運転席に乗った アコが待っており
「ちゃんと借りて来たぞ」と 言うておる。
早朝の河童合戦の折は、無断であった故。
「泰河等は?」と 聞くと
「泰河の車と ルカのバイクで、猫里に遊びに行った」と いうことじゃ。
皆でバスに乗り込むと
「朱里さんのお店、演奏が聞けるお店なのでしょう?」と、葉桜が ドキドキしておる。
榊や俺、桃殿は、相談所の仕事帰りに
ボティスに連れられ、食事に参った事があるが
葉桜や ぬらりは 初めてである故。
葉桜は 真白爺の末の孫娘で、人里を知るために
相談所に下りておるのだから、もっと 外に出ても
良い様に思うたが
「ようやく スーパーやコンビニに 慣れましたのに... 」と 言うておる故、のんびりとしたペースで慣れていきたいようではある。
ジャズバーの近くの駐車場に バスを停め
榊が 葉桜の手を取り、店内へ入ると
ちょうど朱里が、ピアノやギターの奏者と
演奏しておるところであった。
他の客の邪魔にならぬよう、テーブルの背後を通って案内され、奥の隅に位置するテーブルに着く。
いつもここだけ空いておるのだが、これはボティスが、席料を収めておるためであった。
「よう、
「こんばんは。何にします?」
「白。後は適当」
葡萄酒と料理の注文じゃ。
六花なる女子の店員は
「やっぱり伝票いらなかった」と 微笑うと
緊張しておる葉桜の頭を撫で、バーカウンターへ戻る。
このようでも、店のものが気を利かせ
テーブルには 様々な料理の皿が並ぶ。
「朱里さん、格好良いですね... 」
葉桜は、榊に ピッタリ張り付いたままじゃ。
アップした髪に、紺のドレスで コントラバスを弾く朱里は、普段より
ステージが終わると、拍手に笑顔で答え
奏者たちが退場する。
今日は、まだ後に ステージはあろうが
俺等のテーブルに、朱里が挨拶に出て来た。
「こんばんはー、榊ちゃあん!
あっ、おじいちゃんが居る!」
話すと このようであり、先程のステージからは
想像が及ばぬが。アコとなど ハイタッチである。
「おじいちゃん、たまに 沙耶さんのお店でも
いつの間にか カウンターに居るよね?」
侵入しておったか。
「うん、珈琲が飲みとうなった時にの」と
答えておるが、沙耶夏やゾイの様子も見に行っておるようじゃ。
なかなか世話焼きのじぃであるらしい。
葉桜も、時折 沙耶夏の店に行くので
朱里とも面識があり
「葉桜ちゃんも来てくれたんだー」と 笑顔じゃ。
隣に座っておる。
「泰河が、カマイタチが出たって言ってたんだけどー... 」と 言うので、桃殿と話して聞かせると
「えっ! お皿の大将も?」と 眼を丸くし
榊からは、ペンギンの話を聞いておる。
「あっ、そうそう!
ボティスさん、今日もありがとう!」と
今更に言うた。
しかしこれは、ステージのドレスを
ボティスの配下が 届けておることにあるらしい。
「シェムハザさんからは、ネックレスとかイヤリングが届くよ」ということであり
桃殿と「おお... 」と 感心か驚嘆か 分からぬ声を洩らしてしもうた。違うのう...
「ゆっくりして行ってね!
ご挨拶に行って来るぅ」と 葉桜の頭を撫で
ソファーを立った朱里は、すぐ隣のテーブルの客に「ビリーさーん」と挨拶しておる。
「“ビリー”?」
ボティスは反応するのだ。
ボティスの持論としては
弱き部分... いや、駄目な部分かのう? も
“良いのだ” と 許し受け入れる
自身の
そうであるので、強くあれる。
また、それは自分が護る女子であり
自分の世界そのものである と。
うむ。解らぬでもない。
榊は、スモークサーモンに夢中であるが。
「うん、バンドしてる時に お世話になった
別のバンドの人だよー。ベース弾き」
朱里が振り向いて 紹介すると
ボティスは、朱里越しに 握手の手を出した。
相手は面食らうておるが、掴まぬ訳にもいかぬ。
ボティスの眼が本気である故。
俺は、すまぬ... と、心で詫びる。
「むっ?」
榊じゃ。自分の前に引き寄せてあった
スモークサーモンのサラダから 顔を上げるが
革紐で俺の胸に掛かる 勾玉も、熱を持ったのが分かった。
勾玉を握ると、須佐様が 二山に降りられた様子がみえた。蛇里じゃ。護衛に行かねば。
「須佐様か?」と、桃殿も立とうとしたが
「いや、俺が行く故」と ソファーを立つ。
「送ろうか?」と、アコも言うてくれたが
狐身にて、山を駆けた方が早い。
「いや、翼で」と 自分の背中を指しておるが
「いや、良い。すまぬ、大丈夫じゃ」と 答える。
アコは、“背中に しがみつくのは危ない” と
狐身の俺を 露さんのように抱こうとするのだ。
困ったことよの。
ボティスに断り、店を出ると
目立たぬ場所で 狐に戻り、二山へ駆ける。
蛇屋敷に着くと、須佐様は もう
庭に面した座敷に
藤棚の下の 蓮の池に浮かぶ月影を
柘榴様と
蛇里の清き水で造った酒を
赤い杯に注ぎ、柘榴様の口元へ運ばれる。
紫陽花や芍薬の花々。
湿気を帯びる空気に、梔子が甘く香る。
うむ。屋敷の周囲を回って参るかの。
このように 須佐様が降りられた時は
銀砂も 屋敷を巻いておろうが。
狐身にて、夜の森を歩く。
森というても、屋敷の外壁の外周じゃ。
黒き毛並みである故、夜に溶け込む。
このように 見えぬであれば
いつか 溶け無くなるのではないか と
夢想した事もあるものだが
俺を知る者がある限り 俺は無くならぬ。
そうしたことは、菊に習うた。
「浅黄」
むっ? 声に 森を向くと、そこには二本角。
白地に 白金の飛雲文様の着物。
紺地に 銀糸の毘沙門亀甲文様の袴を穿いており
鎖骨の位置で切り揃えた黒髪。耳にピアス。
茨木殿じゃ。
「須佐様が居られるのか?」
「うむ。柘榴様と呑んでおられた」
「そうか... 」
茨木殿は、着物の腕を組み
どうかすると、
傾げられた。
このようであるが、天狗の件の折には
酒呑殿と同じく、正に 鬼神の如きであった。
酒呑殿と式鬼契約した朋樹も、恐ろしさに圧され
なかなか喚べぬのだ。
「
「あの様子であると、暫し後であろうの」
茨木殿は、ため息をつかれ
「今夜は 酒呑と共に、
明けにかけて、河童里を探しに行くのだ。
陽が、河童の
「おお、童の友がおる方が良かろうの」
「そうじゃ。時折、人里に降り
公開の滑り台で 人間の童等と遊んではおるが
鬼里には 他に童が居らぬからのう」
居ってはならぬ。
しかし 陽は今まで、家の童等と共にあったのだ。
大人等に可愛がられておっても 寂しかろうの。
だが それが、何故
疑問であったが、茨木殿は
「これを、
そろりと ヤマボウシの花を出した。
花自体は小さくあるが、白く大きな
茨木殿は、彩月に御執心であり
このように花を手折り、渡しに参られるようじゃ。
彩月は、鬼里に居った娘であるが
柘榴様が 蛇里に連れて参られた。
茨木殿が、“食わぬ故” と 申されても
柘榴様は “ならぬ” と言われ、会うことも叶わぬ。
森の木上から、屋敷を覗くなどし
廊下を歩く 彩月を見掛けると、“彩月!” と呼び止める。
蛇里の門扉の上から 花を渡し、柘榴様の眼を盗んで、門扉越しに 短い話をする という。
「秋になれば、これの実が熟す。
また 摘んで参る... と 伝えてくれ」
「承知した」と、人化けした俺に
「花を渡す時は、指などに 触れるでないぞ」と
眼を光らせ、鬼里に戻られた。
ヤマボウシの白い苞は、月明かりに清くある。
屋敷の外壁を回り、門扉を開けて入ると
玄関先まで、彩月が出て参り
「須佐様は、お座敷でございます」と微笑うた。
「うむ。茨木殿からじゃ。
秋に、これの実を摘んで参る と。
手を出されるが良い。触れるな と申された故」
手のひらに ヤマボウシを受け取った 彩月は
白い苞に触れ「はい」と、
さて 藤の上の白き月を愛でつつ
廊下で番をするかの。
先の予告の通り、大した事は起こらぬであったが
やはり俺は 楽しくあった。
次こそは榊じゃ。暫し 待たれよ。
ここまで付き合われた者に礼を言う。では。
******** 「鎌風と大将」 了
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