4 鎌風と大将


「おっ、すげー... 」


一の山の広場... 過去、黒蟲の虫等と争うた場所は

すっかり猫天国となっておった。


木々の間には、きのこの形を模した屋根の山小屋が建つ。どれも、小人の家のように小振りであり

小さな窓も付いておるが、出入り口は 猫ドアじゃ。


「家は、パイモンが 配下等を連れて来て

作ってくれてなァ」


木の枝の上にも 幾つかのツリーハウス。

これ等は 花の形を模した屋根。

また 木々は互いに、伸ばした枝々を絡ませて繋がっており、木から木へと 移動出来よう。


「この枝って、どうなってんの?」


「ゾイが、亭主ミカエル 連れて来て

木に触れたら、こうなった」


「これ、何? バードバス?」


バードバス とは、野鳥が、水飲みや水浴びのために 庭に立ち寄れるようなものであり、異国の庭に置かれておることが あるようじゃ。

ルカが指したのは、ボウル状になっておる 石造りのオブジェのようなものであった。

水が張ってある。


「底から 地下水が上がるカラクリよゥ。

それは、ハティがこしらえた」


中央の 少し空いた場所には、四の山のキャンプ場にあるような 大きなログハウスがあり

周囲の木々の枝から 屋根に着地出来るよう

屋根は 平らである。

屋根付きのテラスも付いており、何匹かの猫が

腹を見せておった。

左側には 物置などもあるが、シェムハザに貰うた バーベキューコンロなどを 収納しておるようじゃ。


「どの家も、何といっても 床が優れもんでなァ。

地界の木材を使ってんだが、夏はヒンヤリ

冬はぬくいんでィ。皆、大喜びよゥ」


「おぉ、良かったじゃん!

見た目も かわいいしさぁ。パイモン、やるよなぁ」


猫ドアが付いたログハウスのドアを開け、中に入ると、幾部屋かに分かれておるが、ここの 一室が

フランキー殿の住居であるらしい。

入ってすぐのリビングには、来客と話をするための テーブルとソファー。猫タワーが4台。

ここにも、白やサビ、黒白に キジや三毛。

猫等が寛いでおり、床には 鼠の玩具や小さな毬、

毛糸玉などが転がっておる。


右側にキッチンがあり、大型の冷蔵庫と食器棚。

食品棚には、ドライフードや 猫おやつのパッケージが見える。

水道なども通っており、キッチンの隣には

円形の 浅い水場があるが

これも皆の飲み水であるらしく、ログハウスの壁には、至る所に 猫ドアが付いておった。


「シャワールームもあるゼ。長毛も多いからなァ。週に一度、パイモンとこの ヴァイラと

ハティんとこの レスタが、シャンプーしに通ってくれる」


悪魔等の庇護も手厚いようじゃ。

猫好きは多い故。


「うん。猫里 出来て良かったよなぁ。

オレ たまに、泊まりに来よかな... 」


ルカは ソファーに座り、黒白の腹を撫でておるが

フランキー殿が「で、こっちが 育児室よゥ」と

奥のドアを示すと

「あっ、そうじゃーん!」と、嬉しそうに立ち上がった。


フランキー殿が ドアを開けると

ルカは「ふぁう... 」と 妙な声で悶え、腰を砕いた。しかし、分からぬでは無い。

ようやく歩けるか... といった 仔猫等が

細く まだ毛の揃わぬ尾を立て、寄って来るではないか...  何とも愛らしい様よ。

里の仔狐等も、それは愛らしいのであるが

猫も可愛いものであるのう...


育児室は、仕切りで 幾部屋かに分かれており

それぞれ 犬用ではあるまいか? と思えるような

大型の猫ベッドが設えてあった。

母猫と仔猫が、共に入るためであるようじゃ。


仔猫等に、母乳を与えておる母猫や

仔猫等と 共に眠っておる母猫。

今、ルカや俺に寄って来た 仔猫等の母猫は

食事休憩中じゃ。うむ。沢山 食べねば。


床に転がり、仔猫等が遊ぶ様子を観察し出した

ルカと、胡座をかいた 俺の前に

眼を細めた 二匹の大人猫が近付いて来た。


母猫では無いが、俺等の鼻に 鼻を近付け

匂いによって、危険で無いかどうかを確認しておる。


「こいつ等は、育児室の担当者よゥ。

母猫のサポートだ。育児の手伝いをする。

グレイ、チャコ。心配ねェ。俺の客だ。

露も知ってる奴等だ。

そうじゃなきゃァ、ここには入れねェよ」


フランキー殿が言っても、グレイとチャコは

気を抜かぬ。しっかりしておるのう。

特に 俺は、狐である故。丹念な確認じゃ。

ルカも「えらいじゃん」と 感心しておる。


瞼の匂いも嗅がれ、五分程 周囲を回り

胡座の膝に乗ってまで 確認すると、

ようやく “危険では無い” と判断されたようで

仔猫等に触れることを許された。


「あぁー... かっわいいよなぁ、もぅ... 」


仔猫等は、まだ爪の収まらぬ 小さき前足で

俺の膝や ルカの腹に登ろうとして、失敗し

ころりと転がるのだ。

毛の薄い 桜の如き色の、丸い腹を見せる。

ぴゃあ と鳴く、この口の辺り。なんとのう...

よう 生まれてきた。感謝する。


「オレ、こんな仕事じゃなきゃ

絶対 猫と暮らすのにさぁ...

何日も空けることあるから ムリなんだけどー...

連れて行ったら 危ねーもんなぁ。

ジェイドも、教会で

“猫と一緒に 朗読会やりたい” って 言ってて... 」


「おお、そうじゃ。鎌鼬は?」


はた と気付き、言うてみると

「オゥ、そうよ。うちの奴等にも 話してくらぁ。

露は、出産室だ」と

フランキー殿も 育児室を出たが

「えー? もう別に、オレのせいでもいいんだけどー」と、仔猫等の愛らしさに 流され出した。

俺も 後ろ髪を引かれる思いではあるが...


「桃殿や ぬらりも、情報収集をしておる故」


「あっ... そーじゃん、オレ 依頼したんだったし...

やっちまったよなぁ」


夢見心地であった ルカの表情が 現実に戻り

「また来るしー... 」と

名残惜しそうに 仔猫等の額を指で撫でると

ようやく起き上がった。




********




「露は まだ、助産の仕事がある。

俺も山を離れられねェが、街猫等には

ヨモギに伝達に行かせたからよゥ。

鎌鼬を見掛けたら、オマエさんに 伝達がいく」


「うん、ありがとー。また来ても いー?」


「オゥ、勿論でィ。他の奴等も連れて来いよ」


フランキー殿が 笑顔で言うたので

ルカも「今度は マタタビ買って来るし」と

笑顔になる。マタタビは、山に自生しておるが

それは 言わぬであった。


猫里を離れ、森の中を下り

ガードレールを越えて 駐車場に着くと

「コーヒーでも飲んでから下りる?」と

財布から 小銭を取り出した。

のんびりとしておるのう。

大抵、このような雰囲気ではあるが。


しかし、駐車場にも猫等は居り

ヨモギから 話は回っておるようではあるが

転がって欠伸あくび といった様子。

今のところ 鎌鼬は、出ておらぬのであろう。


「浅黄、好きなの押してー」


「うむ、いただく」


オレンジ味のソーダにし、プシュ と開けて飲んでおると、ルカは 自分の缶珈琲を開ける前に

腰の仕事道具入れから スマホを取り出し、連絡の確認をしておる。


「あっ。やっぱり四郎が

ジェイドがやってる、皿の霊調査 手伝うっぽい」


泰河等からは、連絡は入っておらず

「進展ナシ ってこと。まだ 探してるだろ」ということのようじゃ。


「仔猫、かわいかったよなぁ。肉球とかもさぁ」

「うむ。次に会うた時は、どれ程 成長しておろうかのう」


暫し 仔猫の話をし、缶入れに 空き缶を捨てると

再び ヘルメットを被って、バイクに乗る。


のんびりと快調に走っておったが、一の山 麓付近で、カッカッ... といったような音が聞こえた。

皿の霊とやらであろうか? と、考えたが

どうも、バイクから聞こえるように思う。


「あー... しばらく オイル換えてねーもんなぁ。

全然 乗ってなかったし」


と いった訳で、バイク屋へ寄ることとなり

俺は、密かにワクワクとした。

自転車も良いが、バイクも格好良い。

これまでに、掃除機は 二台程 買うたが、

萬相談所の給金の小遣い分を貯め、いつかバイクを購入しようか... と 考えておるのだ。


バイク屋は、ガレージハウスといった建物であり

駐車ガレージと 店、修理などをするスペースがある。客用の駐車場は、店の横であった故

あのガレージには、バイクを入れるのであろう。


ガレージの前には、中古バイクが並べられており

どれもピカピカに磨き上げられておった。


「はーるさーん」


店のドアを開けながら、ルカが呼ぶが

店の者は、ガレージの方から 顔を出し

「おう、ルカ」と 笑うた。


黒にグレーのヒッコリーストライプ ツナギを着ておるが、上は 袖を腰で縛り、オリーブグレーの半袖ティーシャツ。

分けた前髪の毛先が顎にラインにあり、首や襟足にも 髪がかかる。朋樹が もう少し髪を伸ばしたら

あのようになろう。

しかし、どことなくであるが

ボティスや須佐様のような雰囲気が漂う。

だが 見知らぬ俺にも、“ども” といったように

会釈された。気さくである。

俺も会釈したものだが、何か照れる。


「忙しいー?」


「ん、まぁ。冬眠のメンテ時期だったからな。

だいぶ 落ち着いてきたけど。で、どうした?」


「エンジンが、カッカ言うんだよねー。

オイルだと思うんだけどー」


「最近、いつ換えた?」と 聞きながら

ルカのバイクを見に行き

「えー? いつだったっけー?... 去年?

ん?いや、一昨年だったかもー」という 答えに

肩が落ちた。しまいには

「はるさん、オレ いつ来たっけ?

ここに来た時が、換えた時だし」と 言い放った。


だが、オイル交換と点検など してもらえるようであり

「お前の親父さんは しょっちゅう来るぞ。

も、俺のことも “はる坊” つってさ。

で、しょっちゅう点検。

“まだ大丈夫” って言っても オイル交換。

あとは、細っかいパーツ変えたり... 」と

ルカのバイクの横にしゃがむ。

言葉の割に 口調は楽しそうじゃ。良いのう。


「あー、父さんねー。台風とかで 納車 遅れてたし

やっと来て、嬉しくて しょーがねーんだろね」


「お前も、もうちょっとね... 」と 言われておるが

ルカは「オレ、コーヒー淹れとこっかー?」などと、俺に手招きをし、店の方へ入ろうとする。


ふと ガレージにあったバイクに 眼が止まり

「おお、これは?」と 聞くと

「ん? それ、はるさんのニンジャ。

マーヴェリックのバイクー」と 返ってきた。

異国の映画に出たバイクと、同じものであるようじゃ。ルカが乗っておるものより大きい。

格好良いのう...


「バイク好き?」


お! 俺への問であろうか?


「はるさん、こいつ 浅黄っていうんだぜ。

狐だしー」


ルカが口を挟み「きつね?」と 問い返しておるが

「そー」と 返ってくると

「うん、そうか。アサギくんね」と、流す方向で いくようじゃ。


「む... ルカの後ろにしか 乗ったことは無いが...

格好良くある」


しどろもどろに答えてしもうたが、はる殿は

「おう」と 笑い、俺は何か 嬉しくあった。

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