3 鎌風と大将


「しかし、骨であったな... 」


河童等との乱闘であるが、

ボティスに飛び掛かる河童に 榊が黒炎を放射し、

アコに飛び掛かる河童を、桃殿が 木の葉で巻いた。河童等の息により、川の水も吹き上がり

大雨のように降り注ぐ。


『お前も 美形だからって 気取ってんじゃねぇぞ!!』... と、シェムハザに向かう河童を

人化けした俺が、旗竿で散らしたものであるが

『知ってるぞ! アサギだろ?』

『神使のクセに、耳 隠せねぇんだ!』と はやされ、

つい カッとしたものだが、迦楼羅天が

シューニャ』と 瞋恚しんにまとめて燃やされた。

あの程度の冷やかしでいかろうとは。

俺も まだ、なっておらぬ。


『胡瓜だけが好きな訳じゃねぇ』

『酒も好きだからな。ガキ共だって飲む』


河童等は、ケッ と 謂わんばかりの顔で

捨て台詞を残し、胡瓜旗を持って 川を遡って去って行った。


迦楼羅天と阿修羅王も

『では また』

『何かあったら喚べよ』と

シェムハザが取り寄せた葡萄酒を持って帰られ

水浸みずびたし、木の葉まみれであった俺等も

木の葉を剥がし合い、狐火でスーツを乾かし

バスで戻った次第。


四郎の陣中旗は、先に アコが教会へ戻しに行ったので、持ち出したことはバレずであった。


萬相談所へ戻ったのは、昼頃であったが

『先に入浴などされては 如何です?』と

葉桜に言われ、順に済ませ

『お昼は 鯵フライですよ』と、大皿に何十枚も盛られた 鯵フライが出た。

『おお... 』と 榊の眼が潤み輝く。


白飯と 根菜の煮付け、豆腐と若芽の味噌汁と食し

珈琲なども飲むと

『一度 城へ戻る』と、シェムハザが消え

榊とボティスは

『ペンギンを見て来る。南極ではないが』と

二人で出掛けた。


俺は、桃殿や葉桜と 座敷に居り

いつの間にやら隣に居った ぬらりが

葉桜に茶を淹れてもらいながら

「相変わらずの閑古鳥」と ヒョッヒョと笑うのを見る。皺顔が平和である。


「うむ、依頼は入らぬのう」

すみれに会いに行こうか」と 話しておったが

「こんちわー」と 聞き慣れた声。


玄関へ出ると、バイクのヘルメットと

紙袋を持った ルカが居った。


「おお、ルカ」

「如何した?」


「うーん、ちょっと... 」と、眉根を寄せ

「これ、家のワインー」と 紙袋を桃太に渡す。


座敷に上がった ルカは「じいちゃんじゃん」と

ぬらりの隣に座り、葉桜から珈琲を受け取った。


「はて、此処は 妖しの相談所であるが... 」


ぬらりが首を傾げる。


「そー。わかってるんだけどさぁ

なんか、カマイタチが出るらしいんだよねー」


「ほう」

鎌鼬かまいたちのう... 雪国に出ると聞くが」


うむ、初耳じゃ。

旋風つむじかぜが起こり、覚えのない切傷が残る といった

怪異であり、石燕殿の画図百鬼夜行には

旋風の中心に 鎌爪のいたちらしきものが描かれておる。そのままじゃ。


傷からは出血がない、というものや

後に大出血し、激痛の中 死に至る、というもの

切り傷から骨が見えた、というものもあり

傷の大小も様々。


その正体も、三人の神である... 一人目が 人を転ばせ、二人目が切り、三人目が薬を塗る という

三人目が優しいものや、

逃げ出した飯綱いづな... 飯綱大権現

(本地は荼枳尼だきに天や不動明王であろうとされる。本地垂迹ほんじすいじゃく... 仏や菩薩などが、権現... 別の神の姿で現れること をいう。

この場合であれば、飯綱大権現は

荼枳尼天や不動明王が、飯綱という神の姿で現れた。荼枳尼天や不動明王の化身... という神仏習合の考え)を、信奉する行者が使う

ねずみ程の大きさの 管狐くだきつねのことであるが

これが 人の生き血を吸うために傷付ける... など、様々である。


「仁成くんが教会に来てさぁ。

“テスト中だから、勉強に” つってたんだけど

ジェイドに、“友達が カマイタチに手の甲を切られた” って 話しててー... 」


「手の甲... 」


桃殿が繰り返す。

うむ... 衣類より出ておる部位であれば

何かに掠めるなどして、傷付く場合もあろうが

ルカは

「学校の帰りで、自転車通学らしいんだけどー。

で、急に “ああっ!” って、友達のコが停まって。

切ったばっかの傷が出来た みたいで

何にも当たってないし、鳥とかもいなかったっぽい。風は “吹いた気がする” ていどー」と 続けた。


「そしたら、朋樹が ふざけて

“ルカの風じゃねぇのかよ? 旋風だしよ” とか

笑いやがってさぁ!

仁成くんにも、“えっ?” って

多少 本気でビビられたりとかして!

一応、“ケガさせちゃいかんよな” って

朋樹と泰河が 調べに出てるんだけど

オレ、もう カマイタチ捕まえようと思うんだよね」


「む? つまり... ?」


桃殿が、銀縁を くいと上げて確認すると

「そ。手伝って ってことー」と

黒目勝ちの眼を向け、頷いた。


「しかし、泰河たちも調べておるのであろ?」


「そーなんだけどー。

“ほら、オレじゃねーし!” って 言いてーし... 」


うむ... “俺が先に捕まえてやる” といった

ライバル心の如きものも あるようじゃ。


「カマイタチって、イタチっぽいから

琉地にも探させてるんだけど、化けイタチ追って 遊んじまってるんだよー」


「ジェイドは?」と、聞くと

「あいつは別件で、“皿の霊を追う” って」と

珈琲を飲んでおる。


「皿の霊 とは?」


「うん。これも、仁成くん情報。

皿が カチャカチャ重なり鳴る音がするんだって。

外で。学校の帰りとかに 音を聞いた子 多数。

地味くね? 付喪ツクモだと思うけどー。

四郎が帰って来たら、手伝うんじゃねーかな?」


皿には さほど、興味を持っておらぬようだが

手を切られたなど、被害が出ておるのであれば

調べるべきであろう。


桃殿も「うむ。人里の妖しの件だからな」と

銀縁を上げ

「二山の洋館の者等が、何か知っておらぬか

聞いて来よう」と 立った。

ぬらりも「では、わらし等と話して来るかの」と

ヒョッヒョと 座敷を出る。


葉桜はざちゃん、珈琲ごちそうさまー!

じゃ、行こうぜ。浅黄ぃ」と、ルカも立ち

笑顔で、俺に ヘルメットを差し出した故

「おっ、うむ」と 受け取り、共に 玄関を出た。




********




「オレ等も調べに行こうぜー」と

前に乗ったルカが 言うておる。


「うむ」


バイクは良いのう。

このような時期は、殊の外 良い。

最初は、排気音に驚いたものであるが

此度は それも、心地良く響くものであった。


しかし、何処へ 向かっておるものか?

鎌鼬が出たという場所であろうか?


ルカが バイクを停めたのは、食品スーパーである。

「ちょっと寄ろー」と言うので、ヘルメットを取り、術で サッと キャスケットなどを被ったが

憎き耳は、目撃されぬであったろうか?


「浅黄も何か要る?」と

店内に入り、買い物籠を持つと

鮮魚コーナーへ行き、刺し身や切り身のパックを

入れ「あと、レトルトのやつかな」と

猫用レトルトも大量に入れた。


「浅黄、飯食ったぁ? いなり寿司買う?」と

聞かれたが

「いや、鯵を たらふく食った故」と 返し

スーパーを出る。


バイクのサドルバッグを開けると

薄いナイロンのリュックを 二つ取り出し

買ったものを詰めた ビニール袋ごと詰め

「一個 背負って」と 渡してきた。


「うむ」と、受け取って 背負い

ヘルメットに変えると、バイクの後ろに乗る。

ルカも背負っておる ナイロンリュック越しに

ルカの腰に手を添えると、エンジンが掛かり

住宅街を抜けた バイクは、一の山を登り始めた。


「ちょっと、ここに バイク置いとくけどー」


自動販売機のみがある駐車場じゃ。

果たして、何のためのものであろうかと考えたが

公衆便所などもあり、休憩のためのものであろう。

ルカは、ガードレールを越え、森へ入ったので

猫里へ向かうものと思われる。


「街のことなら猫なんだけど

露子が、猫里に居るみたいでさぁ」


露さんは、大抵は街に居り

週に 一度は、里にも 招きの講師で来られるが

人里で、なかなか縄張りが決まらぬ者や

街で出産するなどという事になった猫などを

猫里に連れて行くなど

街と猫里の架け橋にもなって おられるのだ。


此度は、ルカが 教会の扉の前で 寛いでおった猫に

『露子、どこに居るか分かるー?』と聞き

額を撫でると『猫里が浮かんだ』という事じゃ。


森の中を進むと、木の枝に 猫を見掛けるようになる。珍しき森であろうのう。


「オレ、初めて来るんだよね。猫天国」


木の根に足を取られながら、ルカは笑顔であった。猫好きであるようじゃ。


またしばらく登り、猫里に入るか という時に

木の枝の上から 黒猫が降り、タッ と 俺等の前に着地した。


「おお!」


黒猫は、ルカに不審な眼を向け 立ちはだかっておるが、これは知っておる。ヨモギなる猫じゃ。

里のよもぎと 同じ名である故。

今日は、見張りの任に着いておったようだ。


「あっ、通行料? 刺し身食う?」


ルカが リュックを降ろし、刺し身のパックを取り出す。ラップを開け、ヨモギの前に置いたが

ヨモギは、ルカの手を パシリとはたいた。


「あれっ? 違う? レトルト?」と

ヨモギの顎の下を指で撫で

「ん?」と 動きを止めた。


「ああ、通行証かぁ」


何じゃ それは? 初耳であったが

ルカは、チェーンでベルト通しに着けた 財布を取り出し、中から 革のカードらしきものを取り出した。


焦げ茶の革には、“猫年 L.HISAKI” と

焼印が押してある。

うむ。これは俺も持っておる。

ジェイドの双子の妹であり、朋樹の恋人である

ヒスイが、“猫年” という焼印を発注し

名前のラテン文字は、一文字 一文字 焼き押しておるのだ。

どうやらこれが、猫里の通行証であるようだ。

俺は、今まで知らぬであったが

月夜見尊より賜った 勾玉が、その代わりを果たしておったと見える。


ルカの猫年会員証を見た ヨモギは

グルグルと音を鳴らして 機嫌の良さを示すと

パックの刺し身を食し出した。


先の木の虚から、また 二匹の猫が出てきたが

これ等も見知った者等であり

「アンズ、ズンダ」と 名を呼ぶと

刺し身のパックを剥くルカが

「ズンダ?!」と、俺を見る。


「うむ。これ等は、一の山から 各山へ使いに出る故。六山の者等は、知っておるのだ」


「あっ、そうなんだぁ。名前、シブいじゃん」


ふふ といった表情で、刺し身を食うヨモギ等を

眺めておるが、鎌鼬は 良いのであろうか?


しかし「おっ、浅黄じゃねェか」と

声が掛かった。

猫里より歩いて参ったのは、キジ白の猫であり

一の山 猫山のおさ、フランキー殿じゃ。


「ルカも。どうしたんでィ?」


フランキー といった名であるが

江戸っ子であるらしく、どことなく粋である。


「よう、フランキー」


ルカが撫でようとすると、フランキー殿は 人化けした。耳朶みみたぶに掛かるウェイブの黒髪であるが

眼は碧い。どことなく猫らしき顔じゃ。


おかげで ルカは、人化けフランキー殿の頭に

手を載せ、フランキー殿と 眼を合わせておるが

どちらも特に、何も言わず

「これ、お土産ー」と、リュックごと渡した。

「ここにも ある故」と、俺も リュックを示すと

「おう、悪ィな。最近は アコにも世話になってよゥ... 」と、猫笑顔。


「露子、居るぅ?

カマイタチが出てるから、猫たちに協力してもらいたいんだけどー。街で カマイタチ見たら

報せてもらおーと思ってさぁ。猫伝達でー」


細かな話は せぬものであるらしい。

全部 言うた故。


「オゥ、構わねェが...

オマエさん、仔猫は好きかい?」


「すっげー 好き! 何なに?! いるの?」


色めき立った ルカに

「オゥ。この時期は、出産ラッシュよ。

見て行きな」と、リュックを持って立ち上がり

猫里へ入った。

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