2 鎌風と大将


********




「... タンクは?」「予備は 二つずつ」

「ボティス、奴等は 水中だ」


二山であるが、川辺じゃ。

“洋館での雪辱を晴らす” などと

シェムハザとボティスが、河童等に 挑戦状を叩きつけた。... とは言え、胡瓜を手土産に

アコが渡しに行ったのであるが。


六山麓にある、ヨロズ相談所に 封書が届いたのは

すぐの事であった。“尻子玉 抜いてやるぜ” と。


『野郎、ナメやがって... 』


所長の桃殿が『相手は本気だ』と

銀縁眼鏡を くいと上げると、シェムハザが

『タンク式の水鉄砲を改良する』と 輝く。


しかし、水鉄砲戦となると

確実に 不利であるように思われるがのう...

『尻子玉とは、何であろうか?』と

榊が首を傾げ、葉桜は いささか呆れておる。


『ルールを設ける』


川を挟み、両側を互いの陣地として 旗を立て

相手の旗を取る事で 勝敗を決める。

一、水中で足を引かない事。

二、相撲に誘わない事。

三、甲羅は脱がない事。


再び アコが、封書を渡しに行くと

返信を持って戻った。


『甲羅のルールで 怒ってたぞ』


返信には

一、翼で飛ばない事。

二、術は使わない事。

三、化けも禁止。

... とあり、『ぬうう... 』と 榊が唸る。


しかも、“決戦の日は 明日” とある。

こちらに 充分な用意をさせぬためであろう。

“逃げるなよ” と 添えてもあったことで、

ボティスの眉間にシワが寄り、

シェムハザは『ディル。夏のスーツの支度を』といった方向性であった。



そして今朝。早朝じゃ。

「夏のスーツだ」と、人等が 海やプールなどで着る ラッシュガードなるもののような生地のスーツであったが、柄は迷彩であり、野山に溶け込むためであろう。水鉄砲や、背に背負う水のタンクも迷彩であった。タンクは 折り畳み式である。

それぞれの名札が付いたスーツを着込み、水遊び用の靴を履く。


「待て。“化けも禁止” じゃないのか?」


「のっ!」「人化けもか?」

「バカな... 」


しかし、そういった意味であろう。

俺や榊は 狐、桃殿は 狸で参戦せよ という事じゃ。


「奴等を呼ぶか... 」と、ボティスが言うたが

「ジェイド等か? 騒がしくなるだけだろう」と

シェムハザが渋る。

実際は、無断でバスに乗って来たため

迎えに行くなり、文句が出るなり が 面倒なのであろう。まだ寝ておろうしのう。


「四郎は?」

「学校だろう」


「ミカエルは?」

「ゾイと南極だ。“ペンギンを見に行く” と」


「水族館や動物園にも居るだろう?」

「まったくだ」


「もう仕方ないじゃないか。このまま行こう」


腰に両手を当てたアコが仕切り、バスに乗り込むと 二山へ向かう。


河童等も出た家、ポルターガイストの被害者

大藏殿に、シェムハザが話を通しており

「すまんな」と 敷地にバスを停めさせてもらうと

リュックのように 背に背負うことが出来るタンクを背負い、異国の映画で見るような機関銃の如き水鉄砲を持って、決戦場である川へ向かうが

この時点で、俺等は 元の姿である狐や狸姿じゃ。


「でも、水鉄砲とタンクは持って行こう」と

アコとボティス、シェムハザが、俺等の分も持つ。

俺は背に、薙刀を背負うかのように

旗を巻き付けた 旗竿を二本背負った。


「よく逃げなかったな」


森を抜け 川辺に着くと、頭上からの声。

大木の枝の上に 腕を組む河童がおるではないか。


「ぬうう... 」

「抑えよ、榊。苛立ちを誘う作戦かもしれん」


狸姿の桃殿が、焦げ茶の顔の 黒き模様の中の

つぶらな眼を キリと輝かせる。

しかし、“見上げる” といった動作に

苛立ちを示したのは、ボティスであった。


「降りろ」


「ふん」


鼻で笑うておる。


ちなみに、気になるであろう 河童の見てくれであるが、背丈は 160センチ程。

肌は 水色と緑の相中あいなか色であり、つるりとしておる。胸や腹のみ 薄い黄土色。

短い赤茶の腰巻きを巻いており、背には水苔色の甲羅。手には鋭い爪とみずかき

黒い水草の如き髪。頭の天辺には 水色の頭皮が露出する。皿であろう。口は、鳥のくちばしの如く。

うむ。まごうことなき、河童中の河童あろう。


河童は、腰に麻袋を提げており

中から胡瓜を取り出すと、不敵に噛じった。


「くっ... 」と、ボティスが 眉根を寄せておる横に

シェムハザが しゃがみ

「桃。前足を載せてみてくれ」と

両手を差し出しておる。

桃殿の細く短き足と、丸き身体の形態フォルム

気に入っており、眩しき笑顔じゃ。


「降りないと、旗が渡せないじゃないか。

川の両側に旗を立てないと、開戦 出来ないぞ」


両手のタンクを降ろしたアコが 腕を開くと

河童は「お前等」と くちばしを開いた。


周囲の木の裏や 岩陰、丈の高い草の間から

ザワザワと 河童等が姿を現す。

二十、三十は おろうか。

性別があるのかは定かではないが、

細い者、ずんぐりとした者、多少の個性はあれど

皆 成人男子の河童である。

なんと、これだけ居ったとは。

河童里でも あるのではあるまいか?


シェムハザも立ち上がり、俺も 構えたものだが

木の上の河童は『渡れ』と 川の向こう岸を指す。

河童等は、ニヤニヤしながら 川を渡り出した。

川の深さは 膝程度じゃ。


「何じゃ?」

「戦闘員人数の見せつけ では?」


木の上の河童は、すでに 勝ったと謂わんばかりの

眼をしておる。

こちらは、人間 一人、悪魔 二人、

狐 二匹に、狸 一匹。

相手側には 地の利もある。河童である故。

確かに、分は悪かろう。


「ガルダ、アスラ」


ボティスが喚ぶと、河童の顔色が余計に青ざめた。


オカッパ ヘヤスタイルの耳に、黄金のリング。

裸の上半身の首に 白いトーガの如き布が掛かり、

腕や赤き翼の下に まとわりなびいておる。

黒のハァレムパンツに、艶のある赤い布ベルト。

黄金のアンクレットとサンダル。

泰河の師である、迦楼羅かるら天じゃ。


そして、夕焼け空の如き 桃橙サァモンピンクの肌に

左肩から斜めに掛けた滑らかな条帛じょうはく

黄金に翡翠やルビーがついた 大振りの胸飾り。

両手首に黄金の腕輪を付けており

金色の地に、黒と緑刺繍の

草履に似た 黄金のサンダル。阿修羅王である。

焔の如くに 黒髪が靡かれておる。


「なんだ?」「二山ではないか」


御二人に、シェムハザが事情を説明する間に

ボティスが「どうする?」と、木の上の河童に聞く。


河童は、悪魔のことは よく知らなんだが

流石に 天部の神等の事は知っておるようじゃ。


「とりあえず、降りろ」と、阿修羅王が

幅広のサーベルで 木の幹を斬られると

倒れる木から 隣の木に飛び移った河童は

「卑怯だぞ!」と、ボティスに言うた。


「何がだ?」「多勢に無勢だった」


ボティスとシェムハザは、時折 大人げを失うが

迦楼羅天や 阿修羅王も 同様であるらしく、

「斬らぬでやる」「飛ばねば良いのだな?」と

水鉄砲の使用法を聞き、早くも タンクに水を汲みに行かれる。


「降りて来る気は無いんだな?

もう 旗を渡しに行くぞ」


俺の背から、胡瓜印の旗を抜き取ったアコが

河童が居る木に 足を掛けた。


「おお!」「何と!」


アコが、地面と水平になり

木の幹を歩いて 登っていくではないか!

そのような事が出来ようとは...


ギョッとしておる河童は

「術はルール違反だ!」と 焦っておるが、

「これは術じゃない。逆さでも歩ける。

悪魔だから」と、旗竿を差し出した アコから

悔しそうに 旗を分捕ると、木を滑り降り

川の向こう岸へ 走って渡り出した。


河童等は、向こう岸にて 円になり

こそこそと話し合うておるが

こちらは、せっせと 予備のタンクにも水を汲み

ボティスが 俺の背から、旗竿を取る。


「おお、我等 地上軍の旗であるな」


うん?


「これは... 」


旗竿に巻かれておったのは

なんと、天草四郎陣中旗であった。

「教会から持ち出した」などと...

俺も言葉は出ぬが、榊も 桃殿も長い鼻の下の口が開いておる。


「問題 無かろう」

「取られんからな」... と、申されておるが

みずかきなど 旗に触れさせる訳にはいかぬ。

一気に 緊張感が増した。


川の向こう岸には、河童等の胡瓜旗も立つ。

互いに、プライドを賭けた 一戦じゃ。


ボティス等が、水鉄砲のホースを接続した 水のタンクを背負うと、迦楼羅天が 旗の隣に立たれた。

河童等から「ヒドイ!」「あんまりだ!」と

抗議の声が上がるが、聞く余裕はない。


「これより 開戦する!」


宣言された阿修羅王が、両手に水鉄砲を構え

旗に向かって 真っ直ぐ走られた。


河童等は、五人程が 旗の周りに円となり

壁になって護っておるが、

他の者等は 浅き川に潜り出した。


阿修羅王は、水の上も走られたが

川からは、人の胴体程の太さの水柱が

何本も上がり出す。

河童等は、水中で 息にて水柱を上げておるらしく

柱の立った端から 息継ぎに顔を出す。


「撃て!」

「アスラに当てるなよ!」


水柱を上げる河童たちは、水中で 息を前方斜め上に吹き、こちらに攻撃を始めた。

しかし 水柱は斜めに向かう故、ボティス等から

頭上1メートル程の位置に放射され、弧を描き

背後の木々の枝を濡らすばかり。


息継ぎに頭を出した河童が「チッ」と、器用に

くちばしで舌打ちした故、作戦でもないようじゃ。


阿修羅王が、もう岸に着かれるか... と いったところで、水面に着かれた足の下から 水柱が上がる。


「アスラ!」


打ち上げられてしもうたが、くるりと 態勢を整えながら、水鉄砲を発射された。


ビームの如きに直線を描く水は、足元から 水柱を上げた河童に直撃し、ぷかりと それが浮く。

皿を撃たれ、気絶したようじゃ。

水で倒れるとは、さぞ屈辱であろうが...


「ハーッ ハッハァッ! 造作も無い... 」

「アス... !」


だが 阿修羅王も、再びの水柱に 背を打たれ

バシャリと飛沫しぶきを上げ、川底に尻を着かれた。


「... 今の 誰だコラァッ!!」


立ち上がられた 阿修羅王の

正に、修羅の如き ご尊顔...

浅き川底を這い逃げる 水中の河童の影。


「お前か オラァッ!!」と 手当たり次第に

甲羅を掴んでは、ポイと投げられる。


しかし 混乱であろう最中、こちらの岸近くに居った河童等が、上陸を始めたではないか!


ボティスとシェムハザ、アコが撃つが

皿に当たらねば、正に 屁の河童。

すまぬ。いささか 動転しておるようじゃ。

河童等は、水鉄砲の軌道を 息で曲げるなどして

向かって来るのだ。


ボティスが、空のタンクを降ろし

水の入ったタンクを背負うと、榊が 前足を使い

ホースを付け替える。


桃殿が、空のタンクの 水補給へ向かうが

岸に上陸した河童が飛び掛かる。

俺も飛び込み、皿に頭突きを見舞った故

事なきを得たが、阿修羅王に投げられた河童が

桃殿に激突し、どちらも伸びてしもうた。


「桃殿!」


首根っこを咥え、後退中に

「む?」と 気付いたが、このままでは

水補給も ままならぬ。


「アスラ、落ち着け!」


陣中旗の隣で 腕を組まれておる迦楼羅天が

オカッパ髪の中で 眉をしかめておられるが

あの状態では、聞こえたものでもなかろう。


「旗に向かえ!」


だが 阿修羅王は

「阿修羅王!」「どうか 落ち着かれよ!」と

宥め出した河童等を

「アァ? 俺は誰がやったか聞いておるのだッ!」と、とにかく投げられる。


シャーニャ!」


阿修羅王が、眩いばかりの 黄金の炎に包まれる。


揺らめく炎の中に「ガッ!!」と 声を上げられ

「ガルダァ!!」と、振り向かれた 阿修羅王は

迦楼羅天が指す 陣中旗に、眼を止めれた。


「うむ、そうであった!」


再び、胡瓜旗に向かわれるが

「阿修羅王!」「通す訳には... 」と

河童等が立ちはだかる。


「何を?小癪こしゃくな」


しかし 屁の如き。蹴散らしておられるが

こちらに向こうておった河童等が、阿修羅王へ走り、背中に組み付き出した。


「お前 ルァァ... 」


巻いておられるが、剥がし飛ばすことには

多少 苦戦されておられる故、ボティス等も皿を狙い撃つが、当然のこと 阿修羅王にも当たり

「痛ぇだろ!!」と、険しき眼を向けられる。


「むっ... ?」


榊が 二本足で立ち、胡瓜旗を 前足で指した。


「五人程 居らぬであったか?」


だが 今、胡瓜旗の周囲には

阿修羅王が上陸されぬか と、戦々恐々の面持ちの河童が四人。


「回り込んでるのか?」


シェムハザが、陣中旗の後ろに立ち

ラチが明かん。接近戦でいく」と

ボティスとアコが 川へ入り、河童等を撃ち飛ばしながら、向こう岸を目指す。


「離せ コラァッ!」と 怒鳴られる割に

阿修羅王の抵抗は弱くなっておる。

河童等を引き付けられておるようじゃ。


「む?」「おっ?」


榊と桃殿の間... 迦楼羅天の前の地面から

ズボッと 皿の頭が生えた。

なんと川底から 地面を掘り進んで来たと見えるが

榊が思わず、黒炎を放射した。


「ギャッ!」と 悲鳴を上げた河童が

「... 今、術を!」と 榊をみずかきの指で差したが

「うむ、言うてみよ」と、迦楼羅天が凄まれる。


「い? あの... 」


嘴を開いては閉じた 河童の皿を、シェムハザが

「夢は 寝て見ろ」と撃って 落とした。


「黒い炎が見えたぞ!」

「反則じゃないのか?!」


半数程は 川に浮いておるが

まだ皿を撃たれておらぬ河童等が騒ぎ出した。


「術では無い。息だ!

これは、一応 空狐であるぞ!」


桃殿が主張するが

「反則だ!」「とにかく旗を取れ!」と

河童等が押し寄せる。

ボティスとアコのタンクは空であり

「あっ!」

阿修羅王からも離れ、捨て身で駆けて来た。


「ぬううう... ガァァッ!!」


鼻先に深いシワを刻んだ榊が、クリームの体毛を立て、三ツ尾を開いた。眼が赤く光る。


「これは、四郎の旗じゃ

... 取らせてなるものかァァァッ!!」


その気迫に、河童等だけでなく

ボティスや俺すら 怯んだものだが

「浅黄、走れ!」と シェムハザに輝かれ

一直線に旗へ走る。


旗の元には、阿修羅王も駆けておられ

退かねば 飛ばす!」と、河童等を威されながら

速度を落とさず走られる。

阿修羅王の背後より跳び、旗を咥え取ると

大岩の上に着地した。


「良し!ここまで!」


結局は 河童等を弾き飛ばされた 阿修羅王が

大岩の隣で 川を振り返って言われたが、

川の向こうには、赤い翼で羽ばたき

空中で 陣中旗を持つ迦楼羅天。


「... 浅黄が旗を取った 一瞬後だった」


シェムハザが主張するが

「狡いぞ!」

「神だからって、何してもいいのか?!」と

非難の嵐が起こり

「うるせぇ!」「負けを認めないのか?」と

言い放った ボティスとアコが

「認められるか、チキショウ!」

「尻子玉抜いてやれ!」と、集中攻撃を受けた。

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