万象 小話集

桐崎浪漫

鎌風と大将(萬相談所・浅黄)

1 鎌風と大将 浅黄


榊と思うた者、すまぬ。

此度は 俺である。


まさか再び出ようとは... と いったところであろうが、まぁ構わぬ という者だけ付き合われよ。

そう大したことも起こらぬであろうしのう。


時は初夏。


妖怪大合戦となった、天狗の件の折の頃。

俺と桃殿は、須佐様と共に居り、

鬼里の黄金御殿にて、ひなたを 胡座の膝に乗せた 須佐様の前に、戦々恐々とした面持ちの 酒呑しゅてん殿や茨木殿と酒を飲んでおった。


「此度は 俺の娘、逆毎ザコが 起こした騒ぎである... 」


須佐様は、大層 いきどっておられ

杯を片手に、キリとした眼を 酒呑殿に向けられる。

酒呑殿の喉が鳴り、茨木殿も蒼き顔で

須佐様の胸の辺りを 見つめておられた。

艶やかな着物から肩を出した 酌の女子おなご等も

須佐様の猛々しき気に 縮こまっておる。


普段の須佐様は、これ程 恐ろしゅうは無いが

天逆毎姫が絡んでおる事

また、女子である 柘榴様にかばわれた事などにより

苛立ちを隠せられぬのであろう。


「何故 ここに居るかは、解っておるな?」


須佐様は、御自身の首を指差され

酒呑殿の首の紅き線を 視線で示された。

榊の首に巻く紅き線と似たものである。


「これは... 」


酒呑殿は、再び喉を鳴らされたが

「ツキが お前を戻したのだ」と 申されたのだ。

何と...  俺も つい、桃殿と視線を合わせた。


何故なにゆえ... 」


「知らぬ」と返された 須佐様は

「だが、解りそうなものではあろう?」と

俺に視線を流される。

榊と同様の紅き線である故であろう。


「考えが 至らず... 」と 答えたものの

俺の喉も鳴った。

頭の黒耳も しおれておることであろう。


「働け」


視線を向けられた酒呑殿は、背筋を伸ばされ

「仰せのままに」と、つのの生えた赤髪の頭を下げられ、茨木殿もならわれる。


... “スサ” と、月夜見尊つきよみのみことの声が届くと

須佐様は、ひなたの頭に 片手を載せられ

「さて、良い報せであれば良いが... 」と

微笑まれた。


「うん... 」


柘榴様が心配でならぬひなた

このところ 食が細うなっておった。

ぬらり殿も 様子を見られておったのであるが...


ひなたが 須佐様の膝から立つと

「すぐに戻る」と、須佐様も立たれ

座敷から縁側に降りられた。


須佐様が跳び、移動されると

「場を整えよ!」

「杯と酒を、新しき物に... 」と

酒呑殿や茨木殿が命ぜられ

ひなたは、酒呑殿が抱く。


膳や酒が運び出され

「蛇鬼に貰うた葡萄酒があったであろう?」

「いや、あれは お前が呑んだ」と

バタバタしておる内に

須佐様が、腕を失うた柘榴様を連れて戻られた。


ピタリと話声が止むが、酒呑殿が

「柘榴!」と、整うた顔に驚きを浮かべられる。

柘榴様は、両腕を失っておられた。

着物の袖の下が からであった。


「酒呑、陽を... 」


茨木殿が、陽を抱き取り

「柘榴は戻って参った。良かったのう。

一安心じゃ。後で ゆっくり話そうかの」と

座敷から退出された。


「酒を... 」


酒呑殿が 女子等に言われたが、須佐様は

「柘榴」と、柘榴様の首を掴まれた。


「何故、庇うなどした?」


恐ろしき 神気じゃ...

酒呑殿だけでなく、俺も 桃殿も震え上がる。


柘榴様の 掴まれた首の顔が 少し上を向き、

須佐様の射るような眼に、半眼に開かれた 艷やかな眼が、畏れを映された。


「出過ぎた 真似を... 」


柘榴様が 吐息の様に答えられると

須佐様は 柘榴様に くちづけられ、着物の衿を横に引かれた。


「... とこを! 御簾みすを持て!」と、酒呑殿がめいぜられ

桃殿も「水差しや杯を!」と、座を立ち上がる。


俺は、女子から御簾を受け取ると

須佐様等の横に伸べられた 床から、少々の合間を取って、御簾を立てた。


桃殿が、盆に載った酒と杯、水差しを

御簾の内側に置かれた時には

酒呑殿は、いち早く座敷を退出されており

「何かあれば、呼ぶ故... 」と 女子等も退出させ、

桃殿と座敷を出た。


出来るだけ 音が鳴らぬよう障子を閉めると

俺と桃殿は、見張りのために 廊下に胡座をかく。

ふう と、息などいたものではあるが

ようやく 一安心といったところじゃ。




********




河川敷には、須佐様のみならず

酒呑殿等や俺等も 出陣となったが

御自宅である蛇屋敷を空けておられた 柘榴様は

『屋敷に居ります』と、須佐様に断られ

戻っておられた。


鬼里に居られた間に、須佐様と共に ひなたとも過ごされ、陽の食も すっかり戻った故。


須佐様は、河川敷から 幽世に参られたが

再び 二山へ戻られた。蛇屋敷である。


二山 頂上付近に建つ 柘榴様の屋敷は

高い外壁に囲まれ、庭の藤棚や 蓮の池があり

今の頃は、紫陽花や芍薬しゃくやくが咲き、梔子くちなしが香る庭と

紫檀の柱に 檜の壁。大変に美しい屋敷じゃ。


「おかえりなさいませ... 」


屋敷の門に 迎えに参ったのは

鬼里を出た 彩月サツキなる女子である。


「柘榴様が お待ちです」


美しき庭に面した座敷に、柘榴様が居られ

「須佐様、御無事で... 」と 頭を下げられる。

正座をしておられるが、畳に着ける指が無く

痛々しくあった。


膳などが運び込まれると、酌に着いた彩月に

「良い。下がれ」と、須佐様が申され

膳の箸を取られた。

箸先で、タラの芽の天ぷらを摘まれると

柘榴様の口元に運ばれる。


アーモンド型の眼を 見開かれた柘榴様は

頬を染められた。


須佐様は「口に入らぬか?」と

御自身でタラの芽を噛ると、半分程の大きさにされ、またも 柘榴様に差し出される。

食さぬ訳には いかぬであろう。

俺も 桃殿も、目の前に置かれた膳だけを

見つめることにする。


「呪骨や凶神の始末は済んだが

天狗が、奈落に取られてのう... 」


暫し、柘榴様に 話して聞かされた須佐様は

長い時間を掛けた食事を済まされると

「庭を見る」と、廊下に胡座をかかれた。

須佐様に ついて行かれた柘榴様は、少し下がって

腰を降ろされたが「並べ」と 命ぜられ

隣に座られた。


酒と杯の盆が置かれると、須佐様は 手酌をされ

杯を 柘榴様の口元に運ばれる。

その横顔などを 見てしもうたものであるが

あの様に 優しき表情になられるとは...

何故なにゆえかは分からぬが、俺の頬も熱くなった次第であった。

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