第3話 一つ屋根の下
四人を乗せた車が辿り着いたのは東京郊外にある住宅街のとある一軒家。
なんの変哲もないその家の表札には「赤名」という文字が書かれている。
家の中に入り、暁の手錠が外される。
(急に暴れでもしたら私の糸で絞め殺してやるんだから)
相手は凶悪犯である。一瞬たりとも油断はできないとこよりは身構えるが、暁は長いこと拘束されていた手をプラプラさせるぐらいで、逃げ出す様子はない。
さっきからこよりの調子は狂わされっぱなしだ。
懲役3657年なんてとんでもない経歴を聞かされ、どんな悪人かと身構えていたら普通の少年で。
なのに強盗犯とのカーチェイスにも、こよりの能力を見ても一切の動揺を見せない。
それが戦闘慣れしていることの証なら、手錠を外された瞬間ジェイと麗華を殺してこよりをさらって逃亡することもできるはずだ。
だけどそんな様子は微塵もない。
それに、何よりムカつくのはこの無表情だ。
男なんてみんなバカな生き物で、美少女のこよりが立っているだけで見惚れたりソワソワしたり鼻の下を伸ばして話しかけてくるのが当たり前。
艶々の髪がきれいだとか、日本人には珍しいアメジスト色の瞳が100万ドルの美しさだとか、なんでそんなに顔がちっちゃいんだとか、聞いてもないのに賛美の言葉を尽くしてくる。
鬱陶しいからそんなアプローチは今まですべて無視してきたけれど、こうも興味がなさそうにされるとそれはそれで悔しい。
しかも暁はこよりのエリクサーとしての能力にまでケチをつけてきた。
こんな奴、今まで出会ったことがない。
リビングに移動し、麗華が三人に告げる。
「今日から私たちはここで一緒に生活することになるわ。表向きは私とこよりと暁くんが親を早くに亡くした三きょうだいで、私とジェイが結婚して四人で同居することになった、って設定だからよろしくどうぞ」
唐突な説明に、こよりは唖然とする。
「ちょっと待ってよ! い、一緒に暮らすって……そんなの聞いてない!」
「あら、だってこよりと暁くんは100メートル以上離れられないのよ? どうやって別々に暮らすのよ」
「そ、それは……」
「いいじゃない。任務が終わるまでのことなんだから」
宥めるように言われるが、こよりは納得がいかず、小さな口をきゅうっと噛みしめる。
一緒に暮らすという話も、100メートル以上離れたら暁の首が吹っ飛ぶ装置を手首に着けられるという話も任務につく際に聞かされてはいなかった。
ただ自分はあの最低な父親に復讐する力を得るために、この任務に志願しただけなのに――。
「……こんな奴と家族ごっこなんて、役でもごめんだわ」
「奇遇だな、俺もだ」
「なっ……なによ、あんたさっきから私のことを馬鹿にしてるの!?」
「ハイハイもーいいから! とりあえずディナーにしまショウ!」
いい加減二人の仲裁にも飽きたという様子でジェイがパンパンと手を叩く。
夕飯はジェイの提案で宅配ピザパーティーとなった。
四人掛けのダイニングテーブルに、麗華とジェイ、こよりと暁が並んで座る。
(た、宅配ピザだ……!)
ダイニングテーブルに並んだ四枚のピザを見て、こよりはキラキラ目を輝かせる。
お嬢様育ちのこよりは宅配ピザもマクドナルドもスナック菓子も食べたことがなかった。家では家政婦が作った栄養バランスの整った食事をたったひとりで食べ、友達もいないので誰かと食事に行ったこともない。
なのでたまにテレビのCMで見かける「てりやきピザ」だの「マヨコーンピザ」だのというジャンクな見た目の未知の食べ物に強烈な憧れを抱いていたのだ。
それをまさか今日、食べられるなんて――ジェイがアメリカ人でよかった、ていうかアメリカ人て本当に何かといえばピザを食べるのね、と色んな意味で感動する。
「こよりチャン、そんなにピザが好きなんデスか?」
「こよりは宅配ピザ、食べたことないものね。箱入りお嬢様だからー」
ビールの缶をプラプラ揺らしながら麗華が言う。
もうプライベートの時間になったという線引きなのか、スーツの上着を脱いだ麗華はノースリーブの白いシャツ姿でいやにセクシーだ。ボタンを大きく開けて、豊満なFカップの胸の谷間が見えている。なんなら前かがみで座っているせいでテーブルの上に胸がたわんと乗っている。
「べ、べつに感動なんかしてないもんっ」
「こよりチャンはオジョウサマなのかい?」
「この子は警察庁長官の娘さんよ」
「オウ! すごいデスねー!」
「――ああ、だからか」
暁の言葉に、ぴくりとこよりが眉を上げた。
「なにが、だからか、よ」
「あんたみたいなのがエリクサーになってる理由。父親のコネか」
「……あなたに何がわかるっていうのよっ」
「あーもう! 君たちはきょうだいの設定なんだから! 仲良くしなサーイ!」
暁に掴みかかろうとするこよりを止め、ジェイが二人の手を取る。
そして無理やり手を繋がせた。
「ホーラ、これで仲良し!」
「なっ、なにさせるのよ!」
こよりはその手を振り払う。
小中高一貫のお嬢様女子校で育ったこよりは、男性とそんな接触をしたことがない。よりによって初めて手を繋いだ相手がコイツなんて最悪だ。
暁を大きな瞳で睨み、ぷいと顔を逸らすこより。
暁は相変わらずの無表情で、ピザを一枚皿にとる。
こよりも念願のてりやきピザを一口食べるが、全然おいしくない。隣にいるのがコイツだからだ。
(最悪、最悪、さいあく……っ)
せっかく宅配ピザ初体験なのに。ムカつきすぎて目の奥が熱くなってきた。
「――さて。じゃあここからは仕事の話をしましょうか」
ピザを食べ終わり。麗華はビール三本分の酔いなど微塵も見せない真剣な表情に切り替わって、話し始めた。
「エリクサーが国によって厳重に管理されているのは知っているわよね?」
「ええ、もちろん。エリクサーは一人で軍の一部隊と同じ戦力を保有していると見なされ、エリクサーの人数と能力の質はその国の軍事力そのものと言ってもいい。だからエリクサーは能力を保有した時点で軍や警察関係の職にしか就けないし、亡命防止のために個人的な海外渡航も禁止される――そうよね?」
こよりの言葉に、麗華が頷く。
「その通り。そして今、それだけ厳重に管理されているはずの我が国のエリクサーたちが、次々と姿を消している。今回の私たちの任務はその消えたエリクサーの捜索と、彼らを誘拐……もしくは殺害している犯人を見つけること。……ここまではみんな了承済みよね?」
「ええ、もちろん」
エリクサーを誘拐、もしくは殺害しているということは、犯人はかなり強い異能犯罪者に違いない。
相当に厳しい任務だ。だからこそ、成功した際のリターンも大きい。
父への復讐の第一歩には最適だ――そう考え、こよりはこの任務に志願したの
だ。
麗華がタブレットを机の上に置く。それを三人が覗き込む。
「これが行方不明になったエリクサーのリストよ。この中に指先から火を放つ能力者がいるでしょう? 最近、このあたりで不審な火事が相次いでいるの」
「……この柳川って人が火事を起こしているってこと?」
こよりがタブレットを指さす。
そこに記された名前は柳川大輔、指先から火を放つ能力の保持者。
犯罪を起こしそうにない、生真面目な眼鏡の青年の写真が載っている。
「エリクサーはその能力を国家のためにしか使わないと誓っているはず。犯罪に使うなんて信じられないわ」
「この人が自分の意志でやっているとは限らないでしょう。誘拐した犯人に強要されている可能性もある。とにかく、この柳川って男が誘拐されたにしろ、自ら犯罪者側に堕ちたにしろ――見つければ芋ずる式に犯人に辿り着けるわ。明日からこの街のパトロールも兼ねて、手がかりを探すわよ」
麗華は公安かつエリクサーというエリート中のエリートとはいえ、さすが刑事。なかなか泥臭い捜索方法だ。
この任務のリーダーが麗華である以上、メンバーはそれに従う。そのことに異論はない。だが、こよりには一つどうしても気になることがあった。
「……ねぇ。どうしてこの任務にこいつが選ばれたの?」
こよりは大きな瞳で隣に座る暁を睨みつける。
「だってこいつの能力は誰も知らないんでしょ? ってことは、もしかしたら無能力者だっていう可能性もあるわけよね? そのうえ、――犯罪者。とても素直に協力してくれるとは思えないんだけど」
当初、この任務に暁が参加するという話はなかった。
それが一体どうしてこうなったのか。
日本国内で起きている事件は、国内のエリクサーが解決すればいいだけだ。わざわざアメリカから犯罪者を呼び寄せる必要などないはずだろう。
「事はそう簡単じゃないのよ。貴方も言っていたでしょう、エリクサーは国の軍事力そのもの。もしもこの事件の犯人が他国の人間ならば――それはもはや戦争なのよ」
――戦争。
その重い響きに、こよりはごくりと息を飲む。
「暁くん。貴方は異能者だけれど、どこの国のエリクサーでもない。……そうよね?」
「……ああ」
「そして、今は所在地自体がアメリカの国家機密の孤島の刑務所に収監されていることになっている。貴方が釈放されて日本にいることは、アメリカと日本の政府の一部の人間しか知らない」
麗華が暁を真正面から見据えて、続ける。
「相当な手練れであると予想されるエリクサー誘拐事件の犯人を捕まえるためには、こちら側も最上位クラスの能力者を使わなければ難しい。だけどそうすれば、万一犯人が他国の命令を受けて動いていた場合、国家間の軋轢を生む。
そこで暁くんに白羽の矢が立った。アメリカで受刑中のはずの暁くんは、つまり透明人間なの。透明人間が何をしようが日米両政府には何の責任もないもの」
「……でも、こいつが本当にちゃんと任務を全うする保証があるの? 懲役3657年なんて……そんな奴、信じろってほうがどうかしてるわ」
こよりは疑心の目を向ける。
すると、フン、と暁が皮肉気に口元を持ち上げた。
「俺が逃げる気ならとっくに逃げてる。この女刑事とCIAを殺して、あんたの生体反応を消さずに攫うぐらい、五分もあればできる。そうしてないってことが、協力する気があることの何よりの証だ」
「……ッ、こんなことを平気で言う奴と協力して任務にあたるなんて、できるわけないわ!」
敵意剥き出しで暁を睨みつけるこより。
だが、麗華は静かな声で言う。
「こより。暁くんはこの任務に協力する代わりに、ある条件を提示したの」
「条件……?」
「日本の高校に通いたい。――そうよね?」
(高校に……?)
こよりは大きな瞳を見開き、暁を見た。
その横顔は相変わらずの無表情だ。
こんな感情をどこかに失くしてきたような男が――凶悪犯罪者のはずの男が、高校に通いたいなんて願いを持っているなんて到底信じられない。
「……その条件が守られる限り、俺は命じられたことを遂行する」
「アキラは有言実行の男デースよ。ワタシの同僚も何人も彼に殺されてきましたカラねぇ」
ニコニコ笑ってジェイが言う。こよりはまたも固まってしまう。
(殺された、って……)
今朝出会った瞬間からずっと陽気だったジェイに、こよりは勝手に「暁の保護者」のようなイメージを抱いていた。
だが、よく考えてみればジェイはCIAの捜査官。そしておそらく、暁が任務から逃亡した場合――始末する役目を担っているのだ。
二人の間には深い因縁があるに決まっている。
そう考えて表情を険しくしたこよりに、麗華がパチンとウィンクを投げてとんでもないことを言い出した。
「東京郊外のこの家に住むことになったのは、暁くんが通うことになった高校がこの近くにあるからなの。で、こよりもその高校に通ってもらうから。暁くんの妹として、ネ」
「――はぁぁぁ!?」
ガタンッと椅子を倒す勢いで立ち上がるこより。
「その話も聞いてないっ。なんでこの私が妹なの!? こんな奴の下の立場なんてごめんよ、お姉さんがいいっ!」
「ダメよ。どう考えたって貴方は妹。吠えるたびにツインテールがぴょんぴょん跳ねる子が姉キャラなんて不自然極まりないでしょう。ほら、暁くんのことお兄ちゃんって呼んでみなさい? 妹のこよりちゃん?」
「っっっっ……!」
ワナワナ震えるこよりを、無表情の暁がじっと見上げてくる。
「あっ、あんたなんか……お兄ちゃんなんて認めないんだからねっ!」
そう言い捨てて、こよりはツインテールをぴょんぴょん跳ねさせ、自室のある二階まで走っていった。
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