ヒロインとの遭遇

@ZKarma

第1話

―――ピンポーン


インターフォンの音を遮る為に、布団を被る。


―――ピンポーン


『あのーー、開けて頂けませんかー』


インターフォンのスピーカーからは、涼やかな少女の声が聞こえる。


『聞こえてないのかなぁ……でも、恩人の家の閂を壊すのも気が引けますし…』


―――ピンポーン


カメラは、ドアの前に銀色の髪と、紅い瞳の少女が立っている光景を映している。


―――ピンポーン


『居るんでしょう?貴方のおかげであそこから抜け出せたんですから、何かお礼をさせてくださいよーー』


布団を被ってガタガタと震えながら、俺はどうしてこんな目に遭っているのか、その原因と思しき今日の午後の出来事を思い返していた







なんとなく、そういう気分だった。それだけだ。

用事を早々と済ませ、午後一での帰路。ただ初めて訪れた土地をただ通り過ぎるだけ、というのも勿体ない。

それだけだった。

だから途中で行先も不確かな路線に乗り換え、知らない駅に降りよう。

みすぼらしい、閑静な駅であればあるほど良い。

そんな行き当たりばったりの方針で、何処とも知れぬ駅に降り立った。

時刻は午後一時半を回った頃。利用客は一人も見えず、コンクリートに塗られた白い塗装は剥げかかっている。そんな駅だった。

改札を出て、道を歩く。

見えるのは民家ばかり。車の音すら聞こえない。

風にせせらぐ木の葉の音が妙に大きく聞こえる。


「都会から外れれば、どこもこんなものか?」


あまりにも静かだった為か、口を突いた独り言に反応する人影も見当たらない。

驚くほどに静かな町だった。






「あれは、何だ…?」


ぼんやりと歩き、緩やかな丘陵を越えると、そこには先ほどまでの景観とは不釣り合いな建物が大きく視界に飛び込んできた。

さながら展望台だろうか。箱物行政の産物か、夢破れた地方活性化の牙城か、高々とそびえる数階建ての白塗りの建設物は、遠目からでも寂れているのが良く分かった。

吸い込まれるように歩を進める。やっと見つけた見どころのある建物だ。

なにやら文字らしき痕跡はあるが、風化してろくに読めない看板の下にある入口を潜り施設の中に入る。

中は、案の条無人だった。

受付窓口と思しき場所を覗くが、中には誰も居ない。

貼られた宣伝の紙に書かれたイベントは、5年前の日取りが書かれている。

廃墟同然の有様にはもはや笑いが込み上げてくる。

定期的な掃除はされているのか、埃まみれという訳ではないようだが、それも最低限といった風情だ。

館内マップの描かれた掲示に曰く、最上階は展望ルームになっているようだった。


「この調子じゃ、エレベーターには期待できないな…」


ため息を吐くと、俺は螺旋階段で展望台まで登っていった。






展望ルームには、案の定人っ子一人見当たらなかった。

ありがちな、ガラスで円形に部屋を覆った空間。

幾つかのソファーと色褪せたポスター、そして1コインで動く大きな双眼鏡。


たったそれだけだったが、ここまで登ったのだ、せめて何かしら金を落として、観光らしいことをしてから帰ろう。

そう思って、コインを投入し、双眼鏡を覗いた。



覗いて、しまったのだ。



双眼鏡の首をゆっくりと回転させながら、拡大された景観を眺める。


少し遠くにあった海

人の気配の無い街並み

自分の降りた駅と、山影まで伸びた線路

その向こうにある山々と、集落のような何か


集落…?


そんなものがあったのか。

あるならそちらに足を運んだほうが良かったか。


そう思いながら望遠鏡でその場所を観察しようと思ったところで、視界が真っ暗になった。

ワンコイン3分の時限式望遠鏡である。

どうせ客もいないんだし、もうちょっと長く時間を設定しても良いだろうに…


そう内心で毒づきながら、100円を入れて望遠鏡を覗く。

そこには、集落としか形容のしようがない、古めかしい木造の家々が連なっている様が見えた。


そして、なによりも興味深いことに、結構な人数が集まってなにかをやっているように見えたのだ。


(町が静かだったのは、皆あっちに集まってたからなのか…?)


そう思いながら、その望遠鏡に幸いにも敷設されていた倍率を上げる機能を用いてその光景を拡大する。


そこでは、なにやら祭りのようななにかが行われていた。



集落の中心部。

そこには神社のような建物があり、その境内の開けた空間を100人以上の人々が囲んで、中心で行われるものを見守っている。


奇妙なのは、彼らが取り囲む”何か”だ。

それは、巨大な獣のようにも、四つん這いの巨人のようにも見える。


褐色のソレの頭部と思しき場所には、白い布が垂れて隠されている。


距離が遠くてよくわからないが、周囲の人間と比較すると、だいたい7mくらいはあるだろうか。


その獣のような何かは、10本以上ある脚を動かしながら、ぐるぐると人々が造った円の中を歩き回っている。


獅子舞のごとく中に人が入っているにしても、随分大きな仕掛けだった。

それに、その獣の動きはあまりにも生物的過ぎる。

遠くから望遠鏡で覗く自分にも、その巨大な獣の唸り声が聞こえてきそうな、そんな動きだった。


そしてその獣の後ろには、白装束を纏った複数人の人間が、なにやら太鼓のようなものを叩きながら追従している。彼らの手には、一様に鎖のようなものがあり、それは獣の首や、幾本もの脚に繋がっているようだった。



異様な光景だった。

こんな祭りは、今までどんな文献でも、噂でも、聞いたことが無い。


困惑は、徐々に恐怖へと代わっていった。

あの祭りはなんだ?

あの巨大な褐色の獣じみたなにかの中には、本当に人が入っているのか?

そもそもこの祭りは、部外者が覗いていいようなものなのか?


自分は観てはいけないものを見ている。

理由の無い、しかし限りなく確信に近い発想を抱いて、そこから目を逸らそうとした時だった。


ピタリ、と獣の動きが止まる。

それまでの行動が嘘のように、ピクリとも動かず、後ろを追従していた白装束達も、周囲を囲む人々も、困惑したように足を止めた獣を見ている。


そして突然、獣の背中が割けた。


作り物を構成する木材と布ではない。

そこからは、ひどく生物的な赤黒い触手じみたなにかが何本も飛びだしてきたのだ。


そして、自身の目の前に居た人影にソレを伸ばし―――


背中に開いた亀裂の内に、平らげた。


「喰ったんだ」


そう俺が気づいた瞬間に、祭りの会場は地獄絵図へと早変わりした。


我先にと逃げ出す人、茫然と立ちすくむ人、腰を抜かす人、立ち向かおうとする人、そして後ろにいた白装束。


その場にいたすべての人を、その獣は踏みつぶし、触手で捉え、或いは隠れた白い布の中から飛び出した無数の人の腕じみたなにかで掴んで引きずり倒し、一人ずつ殺して食らっていった。



祭りは、失敗したのだ。


そうして、獣以外に一つとして動くものが無くなったとき、再び獣は動きを止め、白い布のかぶさった顔の部分を天に向けて身じろぎしはじめた。


獣がどれだけ激しく暴れても、破れることも汚れることもなかったその布は、獣の身じろぎに合わせて膨らみ、中から突き破られた。


寒気が走る。

見るべきではない。

見てはいけない。

今からでも間に合う眼を逸らせ。


そう本能が叫ぶ中、獣の顔から生えてきた何かにピントを合わせる。



巨大な褐色の獣。割けた背中から赤黒い触手をうねらせる多足の怪物の顔面から、少女のような何かが生えていた。


怪物の顔から生えた少女は、銀色の髪を棚引かせ、そこまでハッキリと見える筈がないのに何故か端正な顔立ちだと分る風貌で、グルリと首を回してこちらを見た。



目が合っている。

少女は、紅い瞳をしていた。

こんなにも遠くから覗いているのに、俺を認識して、俺の存在を視認している。


身体が動かない。

眼を逸らそうとしているのに、眼球は望遠鏡に吸い寄せられたようにピタリと彼女を凝視することをやめない。


そして、俺と目を合わせた少女の姿をしたそれの唇が、ゆっくりとなにか言葉を発するべく開かれた瞬間、目の前が真っ暗になった。


望遠鏡の制限時間が、終わったのだ。


俺は、一目散にその場を逃げ出した。


階段を駆け下り、誰も居ないロビーを飛び出し、誰も居ない街をひた走り、駅へと駆け込む。


幸いにしてすぐにやってきた電車に飛び乗り、俺は震えながら帰路についた。






思い返せば何もかもがおかしかった。


そもそもあの手の望遠鏡に、倍率を上げる類の機能が存在することはまずない。

というか、あったとしても、あれは明らかに見え過ぎていた。

それ以前に、祭りで出払っていたにしても、いくらなんでもあの町には人が居なさすぎた。

あの祭りをいくら調べても、それらしきものは出てこない。


それに何より、何故か、あの駅の名前が思い出せない。

乗った路線の名前も、乗り換えた駅の場所も、一様に全く思い出せない。


触れてはいけないものに触れてしまった。

観てはいけないものを観てしまった。


帰宅してすぐにネットを漁り、その確信を抱いて震えていた矢先だった。



―――ピンポーン。


呼び鈴が鳴る。


郵便か、通販の品か、それにしては時刻が遅いな…


そう思いながらインターフォンに敷設されたカメラを覗くと、そこには銀色の髪と紅い瞳の少女が映っていた。


あの町で遭遇したソレが、追ってきたのだ。


―――ピンポーン


『すみませーん。先程の者でーす。開けていただけませんかー?』


―――ピンポーン

―――ピンポーン

―――ピンポーン

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