634 国王ロマーノ

 ムバラージク朝亡き後、アルービオ朝を開いた初代国王デイマリエ一世は、自らの血を引く王子が居たにも関わらず、平民出身のロマーノ・アルティシオを婿養子に迎え、自身の王位を継承させた。これが第二代国王ロマーノである。ロマーノに一世が付かないのは、後年即位した子孫の中で、ロマーノの名を持つ者がいなかったからである。


「ちょっと、待ってくれ! それじゃ、ロマーノ陛下はアルービオ家の血を引き継いでいないって話になるぞ!」


「魔導書に書かれている内容通りならそうなるな」


「そんな事、何処にも書いてなかったよ。それでいいのか?」


「いやぁ、俺に言われても・・・・・」


 正直困る。俺はサルンアフィアの魔導書ならぬ、日記に書かれている事を話しているだけだからな。しかし婿だったってのは俺も知らなかったのは、話そのものが後世に伝わってなかったからなのか。トーマスの反応を見て、初めて知った。トーマスが言うには、第二代国王ロマーノの話は少ないらしい。反対に多いのは、その後の女帝マリアとカール。


「何か都合が悪いのか?」


「悪いも何も、王室は男系だとみんな思っている」


「でもマリア陛下は女じゃないか?」


「男系の継承と女性の王様とは意味合いが違うんだ。代々、父方の血を継いでいくのが正統な王様の証。そもそもマリア陛下は王家の血を引いておられるではないか」


 女帝マリアは国王ロマーノの娘。ロマーノの妃であるブランジェは、初代国王ディマリエ一世の娘だと書かれていたから、王家の血を引いている。何が問題なのか?


「お前の話によると、ロマーノ陛下は平民。王家の血を引き継いでおられない。あくまで王家の血を引き継いでおられるのはブランジェ殿下。それでは男系継承にならない」」


 トーマスによれば、ディマリエ一世とロマーノの間に血の関係がないのは断絶しているに等しいのだという。男による血の継承が王家の基本だと言うのである。しかし貴族家なんか、婿継承なぞいくらでもあるじゃないか。クラートの実家であるクラート子爵家だって当主は婿。更には次期当主予定のディールだって、クラートと従兄妹とは言っても入り婿。


 貴族は良いのに、王室は何故ダメなんだ? それに対するトーマスの回答は「王家は特別。血は正統性を示す」というもの。男系継承によって、王位継承の正当性が示されてきたというのである。しかしそれもロマーノの存在で、正当性なんか完全に吹っ飛んでしまったじゃないのか? 俺がそう言うと、トーマスはただただ困惑するばかり。


 王位継承に、どうして男系とやらに拘る理由が俺には分からなかった。しかしノルト=クラウディス家に仕えているとはいえ、平民階級に属するトーマスがこう指摘するくらい、血統はこの世界において最重要事項。これもひとえにカーストの為せる業なのだろう。トーマスは出鼻から大変な話が書かれているなと、驚きを隠さなかった。


「トーマス。このサルンアフィアの魔導書に書かれている話。信じるか?」


「封印された書の話だから、こちらの方が間違いないんだろうなぁ」


 トーマスが諦めたように言う。しかし、どうして正嫡の王子がおられるのに、婿。それも平民出身の婿が即位をしたのか、その理由が分からないと首を傾げている。確かにその理由については、サルンアフィアは何も書いてはいなかった。ただディマリエ一世の娘で、ロマーノの妻となった王妃ブランシェは既に他界しているとは書かれている。


 そのブランジェ王妃の忘れ形見である、一人娘のマリア王女だけが残されたとだけ記されていた。感想や説明、注釈などは一切ない。人に見せる訳じゃないので書く必要もない訳で、こうした辺りが備忘録らしい。しかしディマリエ一世は王子がいるのに、どうして娘婿のロマーノを養子とし、後継指名したのであろうか。


 考えてみれば、時代はアルービオ朝草創期という過渡期。初代国王となってアルービオ朝を開闢かいびゃくしたディマリエ一世が、実子よりも婿の方が相応しいと思ったのかもしれない。新たに王朝を開いたとはいえ、国内外が安定している状況とは言えない中、難しい王国の舵取りは実力者がやった方がいいという判断だったのだろう。


「しかし、グレンの指摘通りだったとして、正嫡である王子や側近が許すのか?」


「許す筈がないよなぁ。それはサルンアフィアも書いてるよ」


 トーマスが指摘した様に、サイファン王子とその側近。取り巻きの貴族達は面白い筈がない。このような変則的な王位継承が行われた成り行きに、彼らがサイファン王子を王位にと様々な策動を展開するのは必然の流れ。このサイファン王子側が目を付けたのがジニア問題とモルト教。国外においてはジニア公との問題。国内においてはモルト教との問題。


 この二つの問題にサイファン王子側はつけ込む余地を見出した。つまり内においてはモルト教と手を結び、外においてはジニアと通じて、国王ロマーノに圧力を掛けようとしたのである。ロマーノからしてみれば王宮、外部、内部という三つの懸案が、そのままのしかかってきた感覚だっただろう。これは明らかな外患誘致、内乱準備である。


 しかし、このあからさまな背信行為にも関わらず、国王ロマーノは容易に動けなかった。というのも、自分は娘婿。本来ならばサイファン王子が王位を継承するのが筋だったからで、迂闊に仕掛ける訳にはいかなかったからである。殆どの貴族がアルービオに臣従したとは言っても、争いの種火はそこかしこにあった。


「どうして当家が槍玉に挙げられなければならぬのだ!」


 トーマスが憤ったのは、サルンアフィアが書いたクラウディス公爵家の話。まだノルト地方を賜っておらず、ノルト=クラウディスではなかった公爵家は、アルービオ朝に臣従しながら全く上洛しなかった。それ故、近接するジニア公と裏で通じているのではないかと密かに囁かれている、と。しかしノルデン最大の貴族故、容易に手出しが出来ない。


「まるで謀反の気配があるかのような書き方。サルンアフィアは当家をそのような目で見ていたのか!」


 それどころか、場合によってはサルンアフィアの側から仕掛けんばかりではないかと、怒っている。まぁ、仕えている家について、良からぬ事が書かれていたら腹が立つのは無理もない。俺もまさか、ノルト=クラウディス家がそのように見られていたとは思っても見なかった。大きな問題が頻発すると、猜疑心はより深まるという事か。


「トーマス。これは三百年以上昔の話だ。今とは違う」


「ああ、分かってるよ。しかしまさか当家がそのように書かれているなんて・・・・・ グレンが御嬢様に話したがらなかった理由が分かったよ」


「言いにくいよなぁ」


「言えないよ」


 怒りを収めたトーマスは、事情について納得してくれたようだ。まぁ、当時はクラウディス公爵家であろうとも、容易に信用できない空気があったというお話。アルービオ朝には、そのような疑心暗鬼が渦巻いていたようである。このような話が書かれている辺り、国王であるロマーノは、貴族をアテに出来るような状況ではなかったようだ。


 そうなってくると外部に人材を求めるのは必然の流れ。そのような事情で召し出された者の一人がサルンアフィアだった。日記には召し出された者の数、数百と記されている。召し出された者達は皆平民。功労を上げて国王の側近懐刀にならんという、野心野望に満ちた者達であろうというのは、想像に難くない。なので皆がライバル。


 日記には騎士階級出身のパッシャ、自作農であるリスネア、工人階級のエクスターナ、魔塔から来たキリヤートといった名前が載っている。エクスターナと言えば、今年学園を卒業した、生徒会の副会長クライド・ネスト・エクスターナ。キリヤートは、宰相派の幹部であるキリヤート伯と名が同じ。トーマスもキリヤート伯もかと驚いている。


 他にも御先祖様らしき人物の名がある。スピアリットという剣の使い手がそれ。地主階級の出身であるこのスピアリットという人物は、文面を見る限り、かなり剣が立つらしい。間違いなくカインや剣聖スピアリット子爵の御先祖様だ。元は平民だったのだな。剣によって身を立てるという家の芸風は、遠い昔から健在だったようだ。


 サルンアフィアと同じように召し出された多士済々の平民達。なので皆が競争相手であるのだが、反面で同じ境遇にいるという点では同志であるとも言える。なので掛け値なしの友人という関係を築くのは、矛盾した話ではない。サルンアフィアはアーレントという、ケルメス宗派の神官と仲が良くなったようだ。俺の回りだったら、フレディみたいなものか。


「アーレントって、典礼長のアーレント伯か?」


「分からないけどなぁ」


 俺は貴族家の歴史を知らないので、トーマスの指摘にそう答えるしかなかった。同じ姓である事を考えると、トーマスの言う通りなのかもしれない。しかしだとすれば平民からかなりの数の家が貴族家になったのだな、とトーマスが話す。この時代は王朝草創期。平民から貴族になるのは比較的簡単だったのかもしれない。


 このアーレントという人物。モルト教の問題に当たるべく、志願をして国王ロマーノの呼びかけに参じたらしい。要領があまり良くない所が友人に似ていると書かれているので、現実世界にいる友人とアーレントとの間に、何か重なるものがあったのだろう。読み進めていくとアーレントの名が頻繁に出てくる事から、二人はかなり仲が良かったようだ。


 貴族を頼らず、こういった平民達の力で外のジニア公、内のモルト教、そして王宮のサイファン王子という三つの懸案を対処しようと考えた国王ロマーノ。まさに内憂外患に晒されていると言っても過言ではない状況を打開すべく、市井から招聘した彼らに策を求めた。多くの者が局面打開の為に進言したのは武断による解決。


 内のモルト教を討伐し、その勢いを駆ってジニア公領を平らげ、内外を一気に平定しようというもの。だが、貴族の積極的支持が少ないアルービオ王朝。ロマーノが躊躇するのも無理はない。これに対してサルンアフィアは、先ずは外にあるジニア問題の平和的解決を提案。これがロマーノの目に留まり、サルンアフィアの意見が採用されたのである。

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