第46章 魔導書
633 日記
昼休み。俺はロタスティで一人、昼を食べていた。ボルトン伯が開くパーティーの準備をする為、家に帰っているので、一人で食べているハメになっている。不思議な話なのだがアイリとは、平日の昼に食べた事が一度もない。これもこの世界の設定なのか、実に不思議だ。食べ終わって、クラスに戻ろうとするとトーマスに呼び止められた。
「おい、グレン。昨日の話なんだけど、あれが全てか?」
単刀直入過ぎるトーマスの言葉に、思わず身じろぐ。身構えてはいたものの、そのものズバリを言ってこられると、やはりギクリとはするもの。勿論、全てじゃないと答えるしかなかった。トボケ通せる話じゃないのは、俺だって分かる。考える時間を稼ごうかと思っていたのだが、どうやらそうはいかないようだ。
「だろうな。でも、どうして話そうとしなかったんだ?」
「時間切れになったからだよ」
「言いたくなかったからだろ。違うのか?」
図星とはこういった事を言うのだろう。トーマスに指摘されて、俺は沈黙せざる得なかった。トーマスが詰め寄ってくる。
「御嬢様に言えない話って一体何だ?」
トーマスにとって最重要なのは御嬢様。主であるクリスの事だ。単に興味や好奇心だけだったら、ここまで突っ込んで聞いてこない。この話はクリスと関係があると直感したトーマスが、従者として確認しなければならないと思ったから、真剣に聞いて来ているのだ。それが分かるだけにトボける訳にはいかない。
「言えない話があるのは確かにある」
俺はそう返事をした。クリスの前で言いにくい話もあるのだが、それはクリスの実家、ノルト=クラウディス公爵家の事。魔導書ならぬ日記を読む限り、サルンアフィアはどうもノルト=クラウディス家に警戒心を持っていたようなのだ。そんな話をクリスに言うのはどうなのかと思ったので、帰りの馬車で話さなかったのである。
「だったら、グレン。改めて俺だけに話をしてくれないか?」
「えっ? トーマスにか」
「ああ。ダメか?」
そう言われて困った。トーマス
「四限目を使って聞くのはどうだ?」
「授業はどうする?」
「抜けるのさ。グレンと同じように」
「四限目かぁ・・・・・」
「ああ、四限目さ」
トーマスが理由を話した。四限目は選択授業。クリスはシャロンと共に魔法の授業を受けるが、トーマスは剣技で別行動。だから安心してくれと。つまり、主であるクリスには洩らさないと言外に伝えてきたのである。まぁ、俺とトーマスの仲。利害だって少ない。トーマスなら話したっていいだろう。俺とトーマスは、ロタスティの個室で話す事にした。
――王宮図書館の前でトーマスとシャロン。図書館の中に入り、女帝マリアの大きな肖像画を過ぎた所でクリスと別れた俺は、王族と職員以外の立ち入りが禁じられているエリアに立ち入った。先導する図書館長のビルギーヤ男爵について行くと、男爵は螺旋状の階段を下に下りていく。
どうやらサルンアフィアの魔導書は地下室にあるようだ。俺の後ろには数人の職員、王宮司書が付くのみ。どうやら限られた職員のみが立ち入りを許されるというのは、どうやら本当の話のようである。階段を下りると、少し大きめのホールに出た。天井は高くはない。多くの本が整然と並んでいる。そこを更に抜けていく。
「これより先は王族の方も立ち入る事は出来ません。唯、国王陛下と王宮司書のみが許された場所」
ホールの奥にあるドアを開けたビルギーヤ男爵が、こちらに身体を向けてそう告げた。ドアの先には通路がある。俺の後ろにいた四人の職員がその通路を通っていく。どうやら彼らが王宮司書であるようだ。つまりここから先はビルギーヤ男爵すらも立ち入る事が出来ない領域。俺は四人の王宮司書に付いて更に奥へと踏み入れた。
通路の一番奥にはドアがあり、そこを開けると大きくはないが、整えられた部屋があった。この部屋だけ見ると、地下室だとは誰も思わないだろう。部屋には机と椅子のセットが置かれていた。王宮司書から椅子に座るように促されると、サルンアフィアの魔導書の閲覧にあたって、幾つかの注意事項について説明を受ける。
先ず閲覧は今日一日のみ。筆記用具の使用不許可。サルンアフィアの魔導書の毀損は不敬罪に該当する事や、手袋をはめての閲覧が求められた。俺は書見台の使用を求めると、それは許可されたので【収納】でそれを出す。説明をした王宮司書は驚いていたが、説明を受けた事項について、全てを同意すると、次々と本が運ばれてきた。
(これが全てサルンアフィアの魔導書か・・・・・)
白い手袋をはめた宮廷司書達が恭しく持ってきた本。一冊一冊丁寧に持ってきて、机の上に積んでいく。全て合わせて二十七冊。これまで三百年余、誰も開いた事がないという秘伝の書が俺の目の前に積まれた。よしっ、これかと気合いを入れた俺は、手袋をはめて先ず一冊目。最も古い魔導書を手にとって、書見台に立てたのである。
(こ、これは・・・・・)
日本語。それも俺のクセ字とは違って、かなり綺麗な字。達筆と言っていいだろう。しかし問題は書かれている内容。「恐れ多くも国王陛下の御招きいただき、王都へ参じる」との書き出しから始まったのはいいが、その後は日々の出来事が羅列されているだけ。次を捲っても日々の出来事の羅列。体系的な魔法論理なぞ、何処にも書かれていない」
(日記かぁ・・・・・)
俺はガックリきた。王宮司書達が二十七冊も持ってくるもんだから、期待が高まっていたのにまさかの日記だったとは! それも日々の雑感や忘備が雑然と記されている、日本語で書かれた私的な日記。なので全く書いていない日もあれば、色々と書いてある日もある。本当にムラが激しいというか、バラバラだ。
これが日誌ならば日々克明に記されているのだろうが、日記なので気分で内容が決まってしまう。前者は公式、後者は個人なので、これはしょうがない。長い日があったり、書かれていない日があったりするのはその為だ。見ると、昨日はどうだった今日はこうだったという話の羅列。
サルンアフィアがエレノ世界で暮らす日々が書かれているだけなので、俺が帰られるヒントなんて、何処にも書いて無さそうだ。期待していただけに残念である。しかし俺から国王陛下に閲覧を願い出て、許可を受けた話。今更投げ出す訳にはいかない。気を取り直して読み進めていく。
(サルンアフィアは元々トラニアスに居た訳ではなかったのだな)
日記によるとサルンアフィアは、王都トラニアスの東に位置するセシメル郊外、バルトニ地方の地主家に生まれた。サルンアフィア家は代々、優れた魔術家を輩出してきた家で、サルンアフィアもその例に洩れず、若い頃から様々な魔法を駆使出来たようだ。この魔導書、いや日記はサルンアフィアが王都にやってきたところから日記は始まる。
サルンアフィアが王都にやって来たのは、当時の国王ロマーノから召し出された事による。サルンアフィアの魔導書、いや日記と言うべきか。その日記によると、三つの懸案に頭を悩ませていたロマーノが、内外に広く人材を求めた。サルンアフィアもその一人。若いながらも、魔術師としての腕を買われて召し出されたという。
最初ガッカリした俺だが、読み進めていく中で気付いた事がある。サルンアフィアという人物が中々出来る人間であるという点。毎日書き続けられてはいないものの、しっかりと要点を踏まえ、簡潔に記されている。オマケに達筆。全てが俺とは大違い。おかげでサルンアフィアが生きた時代のノルデンについて、すぐに把握する事が出来たのである。
そのサルンアフィアが指摘した、国王ロマーノが頭を悩ませていた三つの懸案とは何か。一つ目は対外的な問題、ジニア公領問題。第二代ロマーノの治世となり、多くの貴族が臣従する中、ジニア公はアルービオに膝を屈しなかったのである。そのような状況下、ジニアとアルービオの間で小競り合いが起きていた為、ロマーノは頭を悩ませていた。
二つ目はモルト教。旧都ムファスタに本拠を持つモルト教は、アルービオ朝の成立に反発していた。これはアルービオ朝が新興のケルメス宗派と結び、積極的に保護したのが大きな要因。モルト教を忌避していたディマリエ一世は、王都トラニアスにあったモルト教の本妙寺を無断で接収。ケルメス宗派へと
どうしてそこまでディマリエ一世がモルト教を嫌っていたのかは定かではない。しかしそう言えば・・・・・ 以前、ケルメス宗派の長老格ニベルーテル枢機卿が、王都トラニアスと旧都ムファスタとの対立だと指摘していたのを思い出した。確か
因みに国王によってケルメス宗派に引き渡された本妙寺は、ケルメス大聖堂と改称されたという。今のケルメス大聖堂も、インスティンクト大聖堂と同じく、元はモルト教の寺だったのである。しかし言っては何だが、モルト教からすれば、ケルメス宗派からの悪しき乗っ取りにしか見えないよな。なのでモルト教とアルービオ朝との関係は最悪。
俺もこの二つの話については、断片的ながら知っている。サルジニアが独立する話についてはロバートから何回か聞いたし、モルト教の話もニベルーテル枢機卿やムファスタでジワードが色々と説明してくれた。そうした話とサルンアフィアの文章力のお陰で、当時の状況がどのようなものなのか、俺は大体のところの把握は出来た。
ただ三つ目の問題。前国王の第一王子サイファン王子の事は知らなかった。実は第二代国王となったロマーノ。サルンアフィアによれば、元はロマーノ・アルティシオという平民だったという。それが初代国王ディマリエ一世の娘婿となり、サイファン王子を押しのける形で立太子され、ディマリエ一世の跡を継いで即位したというのである。
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