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 王宮図書館に向かう朝、俺はいつものようにストレッチを行ってから朝食を食べ、いつものように走り込みと立木打ちという鍛錬に勤しんだ。いつもと違うのは早めに切り上げて、風呂に入った後、クリスと共に学園長室を訪れた事。学園長であるボルトン伯に、王宮図書館へ向かうという挨拶を行う為に表敬したのである。


「アルフォード殿の願いが叶って良かったのう」


 学園長代行から学園長に「昇格」しても、ボルトン伯は相変わらずボルトン伯。アルフォード殿をしっかりと御案内願いたいと頼むボルトン伯に、御命謹んでお受け致しますとクリスが応じる。如何にも貴族らしい二人の会話。俺は遅ればせながら、学園長及び学院長、並びに教育監部総監の三職就任の祝辞を述べた。


「いやいや、仕事が増えてしもうて、これが目出度いと言えるのか・・・・・」


 苦笑するボルトン伯。演技ではなく、本当に苦笑しているのが分かる辺りがボルトン伯がボルトン伯である所以。だからボルトン伯の真意が読み取りにくいのである。ボルトン伯曰く、教育監部とは言っても、当面の間管轄するのは学園と学院のみ。なので少しでも移動距離を減らす為に、教育監部を学園内に設置しようと考えているらしい。


「ただただ座っておきたいものを、動き回ってその時間を取られるのは辛いからのぅ」


 フォフォフォ、と笑うボルトン伯。何処までが本気で、何処までが冗談であるかのボーダーラインが見えない。話を総合すると、当面の間は学園を拠点にして、そこから学院を往復する算段であるようだ。何れにしてもボルトン伯が今までよりも忙しくなるのは確実である。ボルトン伯は当座の課題について話をした。


「今は休学している生徒達の早期復帰が第一。生徒達が学園に返ってこられるよう、各家と相談中だ」


 アーサーが言っていた話だな。長きに渡って登園していない貴族子弟の生徒達。爵位を返上したり、褫奪ちだつ処分を受けて奪爵だっしゃくされたりした貴族家の子弟を再び学園に来られるよう、ボルトン伯は色々と運動を行っているようだ。一種の生徒指導のようなものであり、学園長としての職務に精励しているといった感じである。


 ボルトン伯に挨拶を済ませた俺達は学園の馬車溜まりに移動した。そこにはノルト=クラウディス公爵家の衛士達や『常在戦場』の隊士達が待っていたのであるが、驚いた事にノルト=クラウディス家の衛士達を率いていたのはトス・クラウディア執権で、二つの公爵家騎士団を纏めているアウザール伯だったのだ。


「おお、アルフォード殿。久方振りだな。回復して何よりだ」


 クリスに挨拶をしたアウザール伯は、俺に声を掛けてきた。俺が襲撃された際、ノルト=クラウディス公爵邸から現場に駆けつけたアウザール伯。友人で『常在戦場』の団長であるグレックナーと一緒に、俺の部屋へ見舞い来てくれた。それ以来の再会。


「今日はわざわざ護衛に・・・・・」


「そうだ。王宮に入る平民の護衛なんて経験。先ず出来ないからな」


 笑いながらそう答えるアウザール伯。冗談はさておき、国王陛下より要望を聞き入れられた俺。「直接願い賜る者」と言うらしいが、その者を護衛して王宮に入るというのは、非常に名誉な事であるとアウザール伯は話した。エレノ世界において「直接願い賜る者」は特別らしい。しかし今日の公爵家側の警護責任者は本当にアウザール伯だったのである。


「実を言うと、私もノルト騎士団やクラウディス騎士団と共に本領へ戻ることになったのだ。そこで最後の御奉公と言ってはなんだが、御嬢様の警護を行いたいと願い出たのだ」


 それを聞いたクリスがクスッと笑う。アウザール伯は宰相閣下の従者で公爵邸の王都護衛衛士長でもあるレナード・フィーゼラーから話を聞いたとの事。王都から立ち去る前に、これはやっておかねばならぬと思い、志願したのだという。一方、『常在戦場』側の警備は第五警護隊副隊長のパーラメントに、第四警護隊長のファリオさんも加わっていた。


「これが最後の仕事だと思いまして」


「私も同じ心境です」


 ファリオさんの言葉に、パーラメントが続いた。二人共、近々『常在戦場』を辞める予定。その前に王宮図書館へ向かう俺の警護を行えて光栄だと、それぞれ心境について語ったのである。俺はお偉い身分でも何でもないが、妙に嬉しくなってきた。また「直接願い賜る者」という俺の立場は非常に珍しく、警護をして王宮に入るのは誉れなのだという。


 アウザール伯が言っていた事と同じ話なのだが、現実世界では名誉であるとか栄誉であるとか、そういった概念自体が俺にはないので、イマイチ実感が湧かないで。しかし、その名誉や栄誉とやらで納得できるなら、それでもいいかと思った。いう訳で王宮図書館に向かって出発したのだが、俺が乗った馬車を含め、車列十三台と大変大掛かりなもの。


 まるで大名行列のような感じになってしまったのだが、最早俺が何も言える状態ではない。車上、クリスがアウザール伯の同行について種明かしをしてくれた。本領へ帰るアウザール伯と俺を引き合わせる為、宰相閣下が従者レナードを介して、アウザール伯に王宮図書館の件を洩らしたと。そしてアウザール伯は宰相閣下の目論見通りに警護を志願した。


「アウザール伯も汲まれたのだなぁ」


「ええ。間違いありませんわ」


 宰相閣下とアウザール伯。以心伝心、お互い言葉を介さずとも分かる主従というのが、ある意味凄い。それ以上に宰相閣下の気遣いと、アウザール伯の好意には感謝しかない。車列が王宮西門に近づいてきた。貴族の出入り口である西門から入るのは初めてだ。この西門手前の南側に、白を基調とした綺麗な屋敷が見える。


 聞くと、元公爵アウストラリスの屋敷であるという。アウストラリスが持っていた、二つの屋敷の一つ、「御前」と呼ばれた屋敷か。しかも場所が本当に王宮の門のすぐ側。大暴動の時、警備上の問題からもう一つの屋敷である「御門」の方に移ってくれと求められたらしいが、そりゃ言われても仕方がない。


 この「御前」。確かに王宮の直ぐ側にあり綺麗な建物ではあるが、思った以上に規模が小さい。これでは、いくら立地が良くても手狭だろう。だから「御門」という屋敷を持っていたのだな。車列は王宮西門を通過するが止まる事はない。これぞノルト=クラウディス公爵家の威光なのだろう。右手には統帥府が見える。とすると、正面は内大臣府か。


 国王陛下を輔弼ほひつし、御取り次ぎを行う役職である内大臣が長である役所。先日、内大臣府に押しかけたという貴族達、今は元貴族だが、その貴族達はこの道を通って内大臣府へ入ったのだろう。車列は北に向きを変え、暫くして停車。どうやら王宮図書館に到着したようである。


 俺達は馬車を降りた。シャロン、トーマス、クリス、そして俺。いつもなら俺が降りてクリスなのだが、今日は逆。これも「直接願い賜る者」という立場が、クリスの「公爵令嬢」よりも上だからのようだ。俺が王宮図書館。ギリシャ神殿みたいな、壮麗な建物の前に立つと、職員と思しき者がズラリと並んでいる。その中で初老の男が前に進み出た。


「王宮図書館の館長を務めます、男爵ビルギーヤでございます。本日は畏くも陛下の御命に従い、グレン・アルフォード殿とアルフォード殿の代理人、ノルト=クラウディス公爵令嬢を館内へ御案内致します」


 王宮図書館の館長を名乗ったビルギーヤ男爵の案内で館内に入る。俺達の後ろには職員達がゾロゾロとついてきた。途中、トーマスとシャロンと別れた。平民が立ち入られないエリアの前だったようである。詰所で待つという二人は、俺に今日一日じっくりと見てくださいと声をかけてくれた。俺は館長の案内で平民立入禁止区内に入る。


「王宮図書館創設以来、三百有余。平民が館内に立ち入るのは初めての事にございます」


 ビルギーヤ男爵は前を向いたまま、そう言った。ただ事実を言っただけなのだろうが、トゲのある物言いにも聞こえる。まぁ、あり得ない事が起こっていると呟いたのだと思えばいい。館内を進んでいくと、女性の大きな肖像画があった。栗色のロングヘアーに青い瞳を持つキリリとした女性。王冠を頭上に載せているので、そんな人物は一人しかいない。


「マリア陛下にございます」


 足を止めた俺達に、ビルギーヤ男爵はそう説明した。第三代国王にして、ノルデン王国の長い歴史の中で唯一の女帝であるマリア女王。今日閲覧する、サルンアフィアの魔導書の収蔵を命じた人物である。この魔導書の管理を行う部署が王宮図書館になったとも聞いた。そもそもサルンアフィアは、マリアの王女時代の家庭教師。


 しかし女帝マリア。肖像画で見る限りだが、青い瞳や表情が、何処かアイリに似ている。二十代に描かれたであろう絵なので、アイリよりも大人っぽいが。また、全身像なので身長が高く見える。恐らくはレティ並みの高さではないかと思う。髪の毛の長さは違うが、レティと同じ髪の色だし。


 もしかして女帝マリアは、二人のヒロインの悪魔合体みたいな設定なのか。このエレノ世界、そもそも乙女ゲームの世界なんだし、王女様をヒロインとするゲーム構想があったとしても不思議ではない。相手はあのエレノ製作者。十分にあり得ると考えた方がいいだろう。


 しかも女帝マリアは処女懐胎かいたいという設定。誰の子種なのかという、ゲームのモチーフとしては十分戦える素地がある。しかし肖像を見ていると、何処かクリスに似ている印象を受ける。ロングヘアーだし、眼力から気の強さが滲み出ている部分なんか、クリスとそっくりだ。まぁ、ご先祖様だもんなぁ、クリスの。


 ぼんやりと女帝マリア像を見ていると、ビルギーヤ男爵より促された。閲覧できるのは今日一日。滞在できる時間に限りがあるからだろう。暫く歩くとクリスが立ち止まった。クリスが立ち入る事が出来るのはここまで。奥は限られた職員と王族しか入られない領域である。クリスは本を探して俺を待つと話すと、そのまま立ち去っていった。

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