630 逆襲

 『常在戦場』を辞め、統帥府下で新たに編成される「御親軍」に身を投じる腹を固めた、第五警護隊副隊長のミノサル・パーラメント。実質的な『常在戦場』のオーナーである俺に話をどう切り出そうかと思っていたら、周辺護衛なんかするよりもずっといいと俺が喜んだので、逆に戸惑ったようである。


「おカシラは当初から・・・・・」


「ああ。元々『常在戦場』は近衛騎士団や王都警備隊、護衛騎士の募集が少なすぎて、就きたくとも就けなかった者が多かったからな。ところが今や『常在戦場』に属したというだけで箔が付く」


「全くその通りで」


 パーラメントは身の上を話し始めた。農民階級だったパーラメントは、剣で身を立てようと思い学院で修めるも職が無く、家業である自作農を手伝う日々。そこへ『常在戦場』の話を聞いて志願、採用されたと。その後はカラスイマが隊長を務めるテティスを経て、第五警護隊副隊長となり、俺の周辺を警備する任に就いたと。


「隊長に相談しましたところ、おカシラなら受け入れてくれる筈だと言って頂けました」


 ドラフィル商会にカネを届けた後、テティスが駐留している旧アウストラリス公爵領の首府リンレイに足を伸ばし、カラスイマに今後について相談したのだという。その際カラスイマは、王都の冒険者ギルドの登録者を『常在戦場』に受け入れた時の話をして、そのような俺だから官途を選んだとしても喜んで送り出してくれると言ったらしい。


「さすがに本当かと思いましたが、隊長の言われていた通りでした」


 実はカラスイマも『常在戦場』から官途に移る予定だそうだ。新たに編成される御親軍レジドルナ駐留団への配属も決まっているとの事。カラスイマが担うのはレジドルナ駐留団第三駐留隊長。三番警備隊に続いて、ここでも第三駐留隊か。つくづく「三」に縁がある男だな、カラスイマは。この第三駐留隊には、テティスに属した隊士らも加わるとの話。


「パーラメントは何処に入る予定なのだ?」


「私も御親軍に。王都の、ですが・・・・・」


 パーラメントも流石に地方まで御親軍が編成される予定だとは思わなかったと話している。俺も順次配属していくつもりなのかと思っていたら、何とレジドルナの方が編成が進んでいたというオチ。近衛騎士団よりもハードルが低そうな御親軍なら入れそうかなとパーラメントは言う。いやいや、お前の武功はもう知られているだろう。


「リンド隊長に伝えた後に志願したいと思います」


「ああ、分かった。頑張れよ」


 俺はパーラメントを激励した。ファリオさんにパーラメントにカラスイマか。『常在戦場』から、かなりの人材が王国に流れるな。しかし皆、大暴動までよく頑張ってくれた。まぁ、これも時代の流れ。流れという点で言うなら、『週刊トラニアス』の見出しも中々衝撃的な内容だった。俺が一瞬、「何事!」と思ったぐらいなのだから。


かいより始めよ。宰相ノルト=クラウディス公爵閣下、内大臣トーレンス侯爵閣下。所領を返納」


 記事を読むと、宰相閣下と内大臣が所領を返納したというのである。これは爵位の返上を行った両家に属する陪臣家の知行を王国に返納したというもので、一部だとはいえ宰相閣下や内大臣が所領を返納したというのは極めて異例であるという。実は陪臣家というもの、主家である直臣家より所領なり、俸禄なりを知行されている。


 ノルト=クラウディス公爵家ではスワンド子爵家、プラトネード男爵家、シャイーネ男爵家、ペイゼ=シュターシ男爵家の陪臣四家が、爵位の返上を願い出ていた。この四家に知行していた所領について、公爵家は王国に返納したのである。また内大臣トーレンス侯も宰相閣下と同様に、爵位を返上した陪臣三家に与えていた知行を返納。


 直臣家は王国に所領を返納すれば済む話なのだが、陪臣家の場合は主君である直臣家から知行を受けている為、返納先は王国ではなく主君の家。ではその場合、返納された直臣家はどのように処置を行えば良いのかが問題であったらしい。それを宰相閣下と内大臣は行動を以て示したのである。先日設置された貴族法院は、これを速やかに受理した。


「止む得ませんわ」


 陪臣家に知行していた所領の返納について、クリスの感想は簡潔だった。主家として監督が不行き届きであった以上、その責は取らざる得ないと。更にクリスは、宰相閣下や内大臣が率先して行った事で、同様の問題を抱えた他家もこの処置に続くだろうとの見通しを示したのである。勿論、それを見越しての行動であるという点も指摘をした。


 明日、俺が王宮図書館でサルンアフィアの魔導書の閲覧を行うので、その打ち合わせの為にロタスティの個室で集まった。その際にクリスの口から飛び出した話。打ち合わせと言いながら、クリスと二人の従者トーマスとシャロンだけではなく、アイリとレティもいるのはクリスの言う「打ち合わせ」なるものが、単なるお題目に過ぎないからだろう。


「いよいよ、サルンアフィアの魔導書に書かれている内容が分かるのね」


 ワイン片手にレティが言う。レティは魔導書の内容が分かるのを楽しみにしているようだ。同じ楽しみにしているとは言っても、俺の心境とは少し異なるようである。クリスは明日の段取りについて話し始めた。朝に学園を出発し、西門を通って王宮内に入る。宰相府の北側に位置する建物が王宮図書館であると。


「王宮図書館の中は貴族の者しか入る事が出来ません」


「じゃあ、トーマスとシャロンは?」


「いつも詰所でお待ちしております」


 俺が聞くと、トーマスがそう答えた。「待つのが仕事」。以前トーマスが言っていたな。クリスが王宮図書館に入る際には、出てくるまでこの詰所で待っているのだという。俺が申し訳ないなと思いながら「明日は長くなるかも・・・・・」と言うと、「大丈夫だ。時間を掛けて、しっかりと見てきてくれ」と逆に激励されてしまった。


「明日は私も王宮図書館の中で待つ事になります」


 クリスはその理由を説明した。サルンアフィアの魔導書は、これまで誰も見たことがないという「秘書」。貴族はおろか、王族でさえも立ち入りが制限されているという、王宮図書館の奥深くにある書架に保管されている。そこに入って俺が閲覧する為、クリスもエリア外で俺が読み終わるのを待たなければならないのだ。


「クリスにも待ってもらわなきゃいけないのか・・・・・」


「私は大丈夫です。アイリスから頼まれた本を探しますから」


 クリスは、ねっ、とアイリに向かって頷く。アイリの方もニッコリ笑って頷き返している。どうやら二人の間で、王宮図書館にある魔法に関する本を借りてくるという話が出来ているようだ。それを見ていたレティの反応が面白い。


「二人共、勉強熱心よねぇ。私なんか一冊も読んだ事がないわ」


「いつも図書館に来ているのに?」


 アイリの何気ない言葉を聞いてハッとした。確かにそうだ。あれだけ図書館に出入りしているのに、今までレティが本を読んでいるところなんて見たことが無いぞ。いや、乙女ゲーム『エレノオーレ!』でも、レティが図書館に移動して起こるようなイベントが無かったな。アイリの問いかけに、本来ならレティと図書館に何の接点もないのを思い出した。


「ではどうして図書館に?」


「そ、それは・・・・・」


 レティがクリスからの質問に困惑している。どう答えていいのか分からないといった感じだ。よく考えれば、本を読みもしないのに、どうして図書館にいるのかって言われるよな。いつも人を困らせてばかりのレティが、今は逆に困っているのが面白い。これは大変珍しい光景だ。


「・・・・・お、お話しする為に・・・・・」


「まぁ!」


 ツボに嵌まったのか、クリスが笑い始めた。それにつられてアイリも笑っている。実はクリス、普段無表情を装っているが、結構笑い上戸なんだよなぁ。しかし珍しくレティが狼狽うろたえている。これを見て千載一遇の好機ではないかと思ってしまった俺は、ここぞとばかりに一撃を発した。


「じゃあ、俺と話をする為にわざわざ図書館へ来てたのか!」


「まぁ!」


 決まった! レティが絶句している。バタつく足を引っ掛けてやったみたいな、この爽快感。何か今までの借りを返した心境だ。恥ずかしいのか、赤面したレティが突っかかってくる。


「ち、違うわよ! 私はアイリスと話す為に行ってるのよ!」


「じゃあ、俺は何?」


たまたま・・・・そこに居るからでしょ!」


たまたま・・・・にしては、いつもいるぞ!」 


 俺はレティの反論を瞬殺した。これにはトーマスが大笑いをしている。それにつられてか、皆クスクスと笑った。勿論、レティ一人を除いてだが。しかし、ここで引き下がるようなレティではない。やはりというか、当たり前なのだが食らいついてきた。


「だって、私はたまたま・・・・のつもりなのに、貴方がいつもいるからでしょ! たまたま・・・・なのには変わりがないわ!」


 いやいやいや。「たまたま・・・・」と「いつも」が並立する訳ないだろ! 「たまたま・・・・」と「いつも」じゃなくて、「たまたま・・・・」か「いつも」か、どちらか一択だよ。何だその超絶理論は! どこでどう捏ねくり回して、そんな詭弁を放てるのか。レティのツワモノ振りが際立っている。


「じゃあ、こうだな。たまたま図書館に行ったら、いつも俺が居た。いつも俺がいるのを承知の上で、たまたま図書館に顔を出しただけ。そういう事だな」


「そうよ。何が問題?」


「つまりいつも俺がいるのを知ってて、図書館に来ていたって事だよな。レティは」


 俺が言うと、何とシャロンが吹き出してしまった。トーマスが手を叩いて笑っている。アイリとクリスも可笑しいのか、二人とも両手で口を覆っていた。観念したのか、さしものレティも赤面して下を向いてしまったのである。傍若無人なレティであっても、流石にこれ以上の反論は出来ないようだ。勝負あったな。俺は勝ちを確信した。

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