627 役割を終える

 翌日。俺とレティは早馬を飛ばした。俺の方はドルナの商人、ドラフィルへ。レティは子爵領にいるダンチェアード男爵へである。ドラフィルにはエアリスが借りた「貸金のエスペロイズ」と、ドボナード卿が借りた「パーティル信用」からの債権引き取りの依頼。ダンチェアード男爵にはエアリスとドボナード卿への支払い停止通告について。


 ドラフィルが債権を引き取る費用については『金融ギルド』のネットワークが使えない為、現物を持っていくしかない。本来ならば俺が行きたいところなのだが、警備の為にゾロゾロと馬車を連ねられるのも困る。窮屈な事この上ないのだが、襲撃事件のような事態が再び起こって、皆に迷惑を掛ける訳にはもういかない。


 そこで黒屋根の屋敷を警備している『常在戦場』第五警護隊副隊長のミノサル・パーラメントに、ドラフィル商会があるドルナへの現金の輸送を依頼した。するとパーラメントは「久々の仕事ですな」と快諾してくれたのである。俺はすぐさま高速馬車を手配。明日にも出発できるように段取りをしておいた。


 ドラフィルの元に現金を届けに行くのはパーラメントと配下のレナケイン、同じく配下のナケルパシャの三人。留守はペルート、大暴動が起こった日、歓楽街へ向かうのに路地裏の道を案内してくれた隊士が責任者となって、警備を続けてくれるとの事。この話をレティに伝えると安心したのか、胸を撫で下ろしたようである。


 俺が昼間、レティにその事を伝えた。ところがレティは、頭がガンガンするのという。昨日、ロタスティが閉まる二十一時まで痛飲したからだ。まぁ、父親であるエアリスが、相変わらずやらかしている訳で、飲まなきゃやってられないという、その気持ちは察するに余りある。レティはワインを飲みながら言っていた。


「本当に戦う相手が多い世界だわ・・・・・ 平和なのにね」


 思わず吐き出したという感じのレティの言葉に、俺は大いに頷いた。エレノ世界は平和設定の筈なのに、どうしてこうも対立する相手が出てくるのか。実に不思議で、本当に意味不明。話が弾むと、ワインも進む。一本目のボトルを空け、二本目も空き、三本目も八割方無くなってしまった。そりゃ二日酔いになるのも当然か。


 頭を抑えながら立ち去るレティを見送った後、剣聖スピアリット子爵と久々に出くわした。会ったのは国王陛下との謁見以来のことだ。最近、学園で見ないと思っていたら、今は学徒団が解散した為に、顔を出す機会が減ってしまったのだという。そんな中、今日学園へ訪れたのは、学園長のボルトン伯へ、学生差配役離任の挨拶を行う為。


「お辞めになられたのですか?」


「辞めるも何も、役そのものが廃止となったのだ」


 笑いながらそう話すスピアリット子爵。学徒団解散の時点で決まっていた話だと、涼しい顔をしてそう言った。しかし、役に恋々としていないな。俺より若いのにクールな男だ。そのスピアリット子爵はボルトン伯への挨拶が終わったので、一緒に控室へ行かないかと俺を誘ってきた。どうせ授業は役に立たないので、俺は久々に控室に向かった。


「おお、これはお久しぶりで」


 控室にいた『常在戦場』第四警護隊長のファリオさんは元気だった。偶然なのか武器商人のディフェルナルも顔を出している。この三人とは、久々に顔を合わせた感じだ。俺の身体の話から始まって、大暴動の詳しい話。この経験を踏まえた集団盾術や武器の改良についてなど、相変わらずのお仕事談義で盛り上がる三人。


「しかしそれにしても『貴族ファンド』の契約書。よく確保出来たな」


「パーラメントから話を聞きましたが、おカシラの執念で持ち帰ったそうで」


「あれだけ焼けた歓楽街の中で、よく無事に・・・・・」


 スピアリット子爵の話にファリオさんとディフェルナルがそう返した。皆、俺が『貴族ファンド』にあった各種文書を持ち帰った経緯を知っているようである。スピアリット子爵がこちらを見てきた。


「あの契約書が無ければ、小麦暴騰の一件がうやむやになってしまっていただろう。第一、現在の状況にはなっていない。皆は知らぬが、国を救ったのは間違いなくアルフォードだ」


「いえいえ。私にそのような大それた事など・・・・・」


「『オリハルコンの大盾』をあれだけ用意できる資力を持っていたのはアルフォード殿だけでしょう」


「『常在戦場』を作って、ここまでの規模になるまで支えていたのもおカシラ」


「王国における勲功第一は、間違いなくアルフォードだ」


 子爵が力説すると、ディフェルナルとファリオさんが大きく頷いた。いやいやいや、こちらは事前に事情を知っていたので、それを回避する為にあれこれやっただけの話。単なるチートなのをそんなに褒めないでくれ。暗中模索であれこれ試行錯誤していた、スピアリット子爵の方が正直凄いと思うぞ。


「なのに求めた褒賞が『サルンアフィアの魔導書』の閲覧だとは・・・・・ 本当に欲がない。俺はてっきり爵位を求めると思っていたのだが、あれは予想外だったよ」


 本当に意外だという表情をしたスピアリット子爵。そんな爵位なんか貰って何をするんだ、一体。困惑する俺をよそに、伯爵は間違いないだろうと話すスピアリット子爵。何でも昔、スピアリット家も平民の家だったが、剣で身を立てると息巻いたご先祖様が授爵して、子爵位に列せられたらしい。


「遠い昔の話だがな。平民だって貴族になった。アルフォード殿が爵位を賜ったとしても、別段驚く話でもあるまい」


 いやいや、普通に驚くだろ。スピアリット家が昔、平民だったとしても騎士か地主かの家だろう。それに対して、俺はカースト下位の商人子弟。そんな人間なんかが、いきなり貴族になんか列せられたら、それこそ身分絶対の貴族社会であるノルデン王国が揺らぐじゃないか。


「おカシラは無欲ですから」


 俺が困っているのを察してくれたのか、ファリオさんがフォローに入ってくれた。するとディフェルナルが「しかし、いにしえより伝わる魔導書を読まれるとは」と驚いている。恐らくはスピアリット子爵から、その辺りの話を聞いたのだろう。そのスピアリット子爵が話す。


「誰も読めない魔導書が読めると言うのにも驚いたが・・・・・」


「おおっ、それは!」


「本当ですか、おカシラ!」


 俺が魔導書を読めるという話に全員が感心している。なので俺はケルメス大聖堂にあったジョセッペ・ケルメスの魔導書の話をした。勿論、現実世界の話を書いた部分は除いてだが。三人は最初唖然とし、次に感心し、最後には大笑いに変わってしまった。特に受けたのが『ノルデンダンス列伝』の話。何でそんな話が載ってるんだと、皆が呆れている。


「何の為の魔導書なのだ?」


「私はすっかり難解な本かと」


「未知の魔法について記述されているかと思いましたら・・・・・」


 今は多くが絶えたというノルデンダンス。そんな話をわざわざ魔導書で残す意味が分からないと、皆が腹を抱えて笑っていた。俺だって、まさか昔のノルデンに「ブレイクダンス」なんてあったとは思わないじゃないか。知れば知る程、謎すぎるこのエレノである。ひとしきりこの話で盛り上がった後、スピアリット子爵が真剣な面持ちとなった。


「実はな。学生差配役の任を解かれたのには理由がある。新たに設立される教導団と軍官学校を任される事になったのだ」


「ぐ、軍官学校・・・・・ ですか?」


 教導団といい軍官学校といい、聞き慣れない言葉だ。軍隊の教育をするのは分かるが、一体何をやるというのか。


「これまでノルデンでは指揮官を育成するプログラムが無かった。今回の紛擾ふんじょうに対し、学生達を指導する中で、体系に基づいた指揮官の育成が必要である事を痛感したのだ」


 確かに・・・・・ ノルデンには防衛大学みたいな、軍隊の教育機関なんて無いもんな。


「それに『常在戦場』が編成している教育隊自体も存在しない。これでは御親軍を編成したとしても、機能を果たす事は出来ぬ。そこで教導団を作って兵を訓練した後、各隊に配属。学園、学院の卒業生らを軍官学校入れて指揮官としての教育を施す。これをやろうと考えている」


 教導団と軍官学校はいずれも統帥府下に置かれ、スピアリット子爵は教導団長兼軍官学校校長に就任する予定だとの事。なるほどな。学園も学院も軍人の育成を念頭に置いた教育カリキュラムではない。なのでいくら学生差配役となって学園、学院内で軍人としての教育指導を行おうと思っても、成果は上がりにくいと判断したのだな。


「そこでファリオ殿には軍官学校の教授に就任してもらう事になった」


「えっ!」


 思わずファリオさんの方を見た。何かバツの悪そうな顔をしている。そのファリオさんが俺に話した。


「おカシラには申し訳ありませんが・・・・・ 『常在戦場』から軍官学校に移る事になりました」


「何を言っているんだ。良かったじゃないか。軍監閣下から新設の部隊への移籍を求められたって、グレックナーから相談されたんだ。だから俺は言ったんだよ。「希望者には官途へ就けるよう、積極的に応援してくれ」って」


「ですから団長も快く・・・・・」


「ああ。『常在戦場』の規模が小さくなってもいいじゃないかって。そもそも王国が抱えられないから皆が『常在戦場』に集ったのであって、王国が門扉を広げてくれるのなら、そちらに進むのは自然な話だ」


「流石はアルフォード。お前が確保した名簿のお陰で、御親軍が編成出来たし、教導団も軍官学校も設立するのが可能になった」


 スピアリット子爵は多くの貴族家が改易になった事で、軍拡を行う費用が調達できたと示唆したのである。この剣聖閣下の言葉で俺は確信した。小麦特別融資の追証請求以降、あるシナリオに沿って事が進んでいるという俺の肌感覚に誤りが無かった事を。宰相閣下か内大臣トーレンス侯か、誰が主導しているのかは不明だが、仕組まれた流れなのは間違いない。


 第四警護隊からは十名程度が、教導団へ移籍するという。また御親軍へも十名程度が移る予定。学園と学院に残るのは合わせて二十名強で、今後とも学生達に集団盾術の指導に当たると、ファリオさんが話す。少なくなりますがというファリオさんに俺は「元は十人未満だったから、その倍はいる」と話すと、これは一本取られましたなと笑っていた。

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