626 懲りない面々

 前リッチェル子爵であるエアリスのやらかし。アテもないクセにカネを借り、小麦相場に突っ込んで、全部スッてしまうという、相変わらずのお目出度い展開。挙げ句、借金だけは子爵家に回すという厚かましさは、いつもの芸風だ。ミカエルがこの話を知っているかと聞いたら、レティは首を横に振った。どうやらミカエルはまだ知らないらしい。


「だったらこの問題、俺達で片付けよう」


「片付けるってどうするのよ!」


「債権を買い取る」


「グレンが出すの? それは出来ないわ!」


 レティが俺の提案に難色を示した。色々と世話になっているのに、その上でお金を出して貰う訳にはいかないと。厚かましいように見えて、そうではないのがレティ。だから俺もやろうと思うのだ。しかしレティは、俺がカネを出すのを嫌がっている。それは俺からカネを貰うと思っているからだ。そうではないと、話をするしかない。


「カネは払ってもらうぞ!」


「そんなお金は・・・・・」


 レティが戸惑っている。俺がレティにカネを貸す。そう思っているのだろう。しかしレティにカネを貸したって、根本的な解決にはならない。問題の因子に効く方法を講じなければ、何度やっても同じこと。だから、その根源に向かってタマを撃ち込むのだ。


「エアリスから回収する!」


「えっ!」


「エアリスの隠居料があるだろ?」


「ああっ!」


 レティの表情が変わった。その手があったか! と思っているのだろう。


「以前、隠居料を取り上げた事があったな。親戚に泣きつかれて、減額して再開したって言ってたな」


「ええ。アマンダからの実家からね」


 アマンダとは、レティの母。経済観念ゼロの浮世離れした御仁。レティは俺と同じく親は呼び捨てだ。もっとも俺の場合はザルツとニーナに敬意を表しているが、レティのそれは軽蔑とか侮蔑とかいった感じで、俺とは真逆。エアリスの策動によって、アマンダの実家ボーズロッシュ男爵家から突き上げを食らい、止めていた隠居料を再支給させられていた。


「どれ程払っているんだ?」


「一八〇万ラントよ。罰として半額支給したのよ。本当は全額だったけど・・・・・ 十二分割して月十五万ラントずつ支給しているわ」


「じゃあ、それを全額こちらに支払ってもらおう。三十年以上かかるが、家の負担はないだろう」


「でも・・・・・」


 レティが言葉を詰まらせる。どうやら不服そうだ。それでは返済にならないと言い始めた。


「だったら、当初支払う予定だった隠居料でどうだ? それならば十五年程度で支払える。無理のない返済計画だ」


 俺が言うと、レティがふうっと溜息をついた。表情が少し和らいでいる。俺の出した条件に納得できたようだ。つかさず俺は畳み掛ける。


「エアリスの債権は俺が買い取る。だからレティは隠居料を全て、エアリスがやらかした借金の支払いに充てると通告してくれ」


「待って! 他にもあるの」


 他にも!!!!! 一体、何があるんだ? 俺は恐る恐るレティに聞いた。


「実は・・・・・ 姉が領地に帰ってきているようなの・・・・・」


「はぁ? パリタス男爵夫人がか?」


「ええ。離縁をして・・・・・」


「離縁!?」


 俺はビックリした。離縁って・・・・・ レティによると、パリタス男爵夫人、元男爵夫人と言うべきか。元男爵夫人はパリタス男爵家が爵位の返上と所領の返納を申し出ると、即座に離婚を申し出て、パリタス男爵と離縁したのだという。そして子爵領へと舞い戻ってきた来た。ところがリッチェル城に入れず、留め置かれた状態。


「入れろ入れろって、うるさいらしいのよ」


 当主不在を理由にダンチェアード男爵が断っているのだが、ならばミカエルに連絡を入れろと騒いでいるそうだ。そしてレティに話が伝えられたと。家の実質的な権限をレティが握っている証だとも言える。しかし旦那が爵位を返上した途端、金の切れ目が縁の切れ目とばかりに別れてくるなんて、本当に薄情な女なんだ。


「お金が入ってこないと思ったからじゃないの」


 レティが突き放すように言った。確か元男爵夫人。家に帰ってくる時はカネの無心をする時だって、前に言っていたな。レティが実権を握ってからは、エアリスにいくらせがんでも思った額が貰えないので、口も聞かない間柄となったとレティが話していたのを思い出した。その元男爵夫人が今、何処にいるのかと言えば、長子ドボナード卿のところ。


「城から近いから、そっちに転がり込んだようなの。それにね、あの種馬のところからも請求が来ているのよ」


「借金のか?」


 レティは首を縦に振った。種馬・・・・・ レティがそう呼ぶ兄ドボナード卿。領内の女に見境なく手を出して孕ませる起こすので、これに困った有力者ラディーラやダンチェアード男爵と共にレティが計り、嫡嗣から外された残念な男。故に呼称もリッチェル卿からドボナード卿へと変わったのである。代わりにリッチェル卿と呼ばれたのはミカエルだった。


「この前言ってた、小麦相場入れ込んだ借金なのか?」


「そうなの。姉を預かる代わりに、その借金の払いをしてくれって言って来ているらしいわ」


 なんだ、このリッチェル家の面々の身勝手な厚かましさは! しかしレティの厚かましさは、子爵家伝来のものなのだな。しかし厚かましさと同時に、責任を果たそうとするレティと比べ、単に都合よく身勝手なだけな兄と姉。この差は一体何だ? いや、それ以上にこの家族から、どうやって品行方正なミカエルが生まれたのかの方が謎である。


「勝手な理屈だな」


「そうなのよ。だから種馬なの」


 呆れてモノが言えないといった感じで話すレティ。エアリスに対する憎悪。怨念と表現するに相応しい、あの激しい憎しみに比べれば、随分と落ち着いた印象だ。これは恐らく害毒のレベルがエアリスに比べ低いからだろう。とは言っても姉の元パリタス男爵夫人といい、兄のドボナード卿といい、二人共、害悪のレベルは明らかに高い。


「本当に困った話だわ」


「その・・・・・ その種馬の借金はどれぐらいある?」


「えっ? 借金・・・・・」


「そうだ。種馬の借金だ」


「・・・・・五〇〇万ラント程よ。でもこちらに払えって業者からは言われてないわ」


「だったらその債権も俺が買おう」


「ちょ、ちょっと待って。何もそこまでしなくても」


「いや。そこまでしなきゃ、ダメなんだ」


 そうなのだ。リッチェル家を取り巻く、この悪しきタカリ体質を一掃しない限り、レティとミカエルは一生これに悩まされ続けなければならなくなる。だったら、エアリスのついでに片付けた方が早い。一人が二人、二人が三人になったとしても、一人にかかる労力とさして変わりが無いのだから。俺はドボナード卿にどれ程出しているのかを聞いた。


「六〇万ラントよ」


「六〇万ラントか・・・・・」


 月五万ラント。円換算にして一五〇万円の生活費。まぁ、上流階級の人間が仕送りを受ける金額としては妥当な額か。しかしミカエルの襲爵までは一二〇万ラントだったそうで、代替わりを名分として従来の半分とした結果、その数字となったとレティは話した。種馬のやらかしの為の養育費は別に払っていたので、この際とバッサリやったらしい。


「それで相場に手を出したのかも・・・・・」


 レティが少し後悔したかのように言った。だが、今日の事態を招いたのは兄、ドボナード卿本人。あちこちに求められぬ子を宿させた、その責任まで家に持たせているような男。そんなヤツが生活費を半分にされたからと言って、借金して投機に走ったとしても理由にすらならないだろう。どの道、やらかすのだけは確実なのだから。


「家に害しかもたらさない穀潰しなのは変わらん。気にするな。それよりレティ、ドボナード卿の生活費も打ち切りを宣告してくれ。そして元男爵夫人は・・・・・」


「どうするの?」


「放置だ」


「まぁ!」


 レティが笑った。どうせ勝手に帰ってきたんだ。無視しておけばいい。


「どうだ、レティ。少しは俺のやり方でいく気になったか?」


 少し首を傾げるレティ。どうするのかを考えているようだ。そして結論が出たのか、俺に顔を向けて話した。


「分かったわ。この際、グレンの話に乗る! 他に方法はないし・・・・・ お願いね」


「ああ、任せろ!」


 俺は力強く返事をすると、給仕を呼んで食事を持ってくるように頼んだ。そしてコース料理を食べながら、これからの手筈についてあれこれ話し、方策を決めていく。俺が債権を買い取り、レティがエアリスとドボナード卿への支払い停止を通告する。そして二人が文句を言ってきたら、ダンチェアード男爵から王都に行くよう告げてもらう。


「そこからが勝負なのね」


「ああ、どうやって仕留めるか。今までは子爵領に居たが、今度は王都だからな。ホームじゃない」


「逃げるところはないわよね」


「そうだ。今度はタダでは済まさん!」


 俺は【収納】で取り出した『シュタルフェル ナターシュレイ』を空になったグラスに注いだ。「貴族のワイン」と呼ばれる銘柄。そのワインを飲みながら、いつものような調子でようやくレティと話すことが出来たのである。レティが口に含ませた後、グラスに残る琥珀色をした白ワインをまじまじと見ながら呟いた。


「『シュタルフェル ナターシュレイ』かぁ。あの女に用意してみろって言ってやったわねぇ」


 ギクリとした。昔レティがコルレッツと激しい応酬を展開する中で、この酒を一ダースでも用意して見ろと言い放った話。あの時コルレッツはても足も出ず、レティが圧倒的勝利を収めたのだが、『シュタルフェル ナターシュレイ』を口にしてそれを思い出したようだ。レティはグラスを眺めたまま、話を続ける。


「学園から追われたけれど、あの女。元気にやってんのかしら。まぁ私が心配しなくても、タフそうだけどね」


 そう言いながらグラスに残った『シュタルフェル ナターシュレイ』を飲み干すレティ。俺はつかさずレティのグラスにワインを注いだ。しかしいきなりコルレッツの話が飛び出すなんて予想だにしなかったよ。あの時はコルレッツ、今度はエアリスかと呟くレティ。ヒロインが呑んだくれる。最早ゲームの設定なんか、完全にぶっ飛ばしてしまっていた。

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