第45章 静かなる喧騒
619 褫奪(ちだつ)
戒厳令布告の事由そのものが無かったという、大胆な見立てを披露したクリス。しかしそれは、王国側が確たる証拠もなく強権を振りかざしたのだと指摘するに等しいものだった。だとすれば、強権を振りかざされた側からの怨みを買うのは間違いない。この場合、振りかざされる側の者は貴族。
なので、それに気を病んだドーベルウィンはひっくり返ってしまったのである。父であるドーベルウィン伯は戒厳総督。言ってしまえば、強権を振りかざす刀みたいなものなのだから。クリスの場合であるならば、父である宰相閣下はその刀を振りかざす人間。二人は子弟として同じ立場になった訳だ。
「ですが家長が職に身を置くのは家の問題。私達はこれを避けて通れませぬ。家の者としては受け入れる他はございません」
現実世界の人間には全く理解できないのだが、エレノ世界の基準は全て家単位。暮らしも職も全てが家中心なのだ。だから責任も当然ながら家が負うという仕組み。ここからは何人たりとも逃れられないのは、俺達を襲撃した連中が、総族処分された事を見ても明らか。それがエレノの掟なのだから、どうしようもない。
「クリスティーナ・・・・・」
「お嬢様・・・・・」
「お嬢様・・・・・」
アイリやトーマス、シャロンは顔を引きつらせていたが、レティは押し黙ったまま。貴族であるレティと、平民であるアイリや二人の従者では、クリスの言葉の受け止め方が異なるのだろう。たとえ地位が高くとも、家の件で詰め腹を切らされる。確かに考えてもみれば、爵位の返上をした貴族家の子弟も、ある意味、腹を切らせられたと言えるか。
「アイリス、レティシア。心配してくれて・・・・・ ありがとう」
それまで無表情だったクリスが微笑んだ。アイリやレティのクリスへの想いが嬉しかったようである。全く動じていないように見えるクリスも、内心は不安だったのかもしれない。二人のヒロインと悪役令嬢。本来であれば相対する筈の三人が固い友情で結ばれている。ゲームの世界観からは大きく逸れてしまっているが、俺は全く違和感を抱かなかった。
――「元侯爵ハルゼイ、
国王陛下の
具体的な事例として、姓名までもが剥奪の対象となった。名字であるゴデル=ハルゼイ侯の「ゴデル」も取られてしまったのだ。この「ゴデル」というのは、所領の地名。所領も取り上げなので、名字に冠している地名も剥奪されたという訳だ。他にもセカンドネームの「パシュトーネア」、サードネームの「フェラミート」も取り上げられた。
なのでゴデル=ハルゼイ侯、ゴデル=ハルゼイ侯セルモス六世。全名セルモス・パシュトーネア・フェラミート・ゴデル=ハルゼイは、今後セルモス・ハルゼイと呼ばれる事になった。だから記事は元侯爵ハルゼイなのだ。グレン・アルフォードという名の俺と同じく、ファーストネームと名字というシンプルな形。つまり平民階級に落とされたのである。
『週刊トラニアス』はこれを伝える為に、休日返上で号外を発行した。もちろん他誌も負けてはいない。『
褫奪された貴族として、レグニアーレ侯やカーライル伯、シュミット伯にリュクサンブール伯といった高位貴族の名が上げられている。その中には、ランドレス派の領袖であるランドレス伯の名前もあった。いずれもゴデル=ハルゼイ侯と同様、王都の屋敷において褫奪を言い渡されたとの事。表題通り、一網打尽といったところ。
一方『無限トランク』の号外は、王都の道路封鎖の状況について詳しく伝えている。馬車や馬は勿論、人の往来まで厳しく制限されていると書かれていた。その厳しさは前回、トラニアス祭の
それについては「国王陛下。貴族の
そのような傍若無人な一部貴族の振る舞いは、多額となった追証の負担に
そのように記事を結んでいたのである。俺はこれを読んで、不埒な貴族が逃げないように封鎖をしたのだと解釈した。しかしそれにしても、随分な無茶をしたなと思う。というのも家財の買い取りを行うべくクラウディス=カシューガ子爵領へ赴いたロバートとリサが戻って来られなくなってしまったからだ。結局、二人が帰ってきたのは、これから十日後。
一週間振りに道路封鎖が解かれ、自由に往来出来るようになった後の話だった。しかしロバートやリサと会ってみると、封鎖に伴う疲れや苛立ち等は全く感じられなかった。というのも二人は、道路封鎖についてクラウディス=カシューガ子爵領で情報を得ており、子爵から紹介を受けたノルト=クラウディス公爵家の陪臣家を回っていたのである。
プラトネード男爵家、シャイーネ男爵家、ペイゼ=シュターシ男爵家という三つの陪臣家は、いずれもトラニアス近郊にあるノルト=クラウディス公爵家の飛び地を管理する代官家で、リサとロバートはその飛び地にある屋敷を訪れたのだ。加えて紹介を受けた、宰相派に属するスパーナ伯爵家とシュッツ=ストイス子爵家の二家を回ったとの事。
「充実した買い取りだったわ」
「ディルスデニアへすぐに送ったよ」
二人が帰ってきたので、ロタスティの個室を借りて会食したのだが、リサとロバートは上機嫌にそう言った。これからは更に忙しくなるぞと、ワインを片手に怪気炎を上げている。話を聞くと、家財の買い取りを行った家はこの短い期間、既に二十家を超えており、今後まだまだ増えるのは確実。鼻息荒くなるのは当然か。
「王都の方はどうだったの?」
「毎日、号外号外で大変だったよ」
そうなのである。休日初日に号外が出されて以来、各誌ともまるで競うかのように毎日号外を発行していた。こんな事は過去に例がないと書かれているので、ノルデン王国において今回の戒厳令が、如何に大事件であったのかを物語っている。号外に掲載されいるのは、どの雑誌も書かれているのは褫奪された貴族家の名や、その詳細。
四誌の号外の情報を纏めると、王都内にいた四三十一人の貴族が褫奪された模様である。その中には旧アウストラリス派の若手貴族の中心人物であるヴァンデミエール伯や、園友会副会長のヴェンタール伯。同じクラスにいるトルザムアルトやベイクウェルの家の名も見える。いずれも爵位の返上と所領の返納に応じなかった家々だ。
続々と明らかとなる褫奪された家々。しかしその中で、なんと言っても目に付いたのは『翻訳
そして王国が処置の方針を定めるまでの間、業務停止を命じられたという。これによってノルデン報知結社は全く業務が出来なくなってしまった。当然ながらノルデン報知結社の雑誌である『翻訳蒟蒻』も編集や発行が出来ず、号外すら出せない状況に追い込まれたのである。しかしまさか戒厳令がこんな形で車椅子ババアに降り注ぐとは・・・・・
今後どのようになっていくのかについて、何も書かれていないので全く分からないが、少なくとも車椅子ババアのヒステリックな文体が『翻訳蒟蒻』の紙面を飾る事は無くなったのは確実。しかしあそこまで徳政令、徳政令と書きまくっていたのは、やはり追証を支払うだけのカネが無かったからだったようである。
このイゼーナ伯の褫奪によって、暫くの期間『翻訳蒟蒻』が発行できない状態になってしまった訳で、トラニアスのメディアは当面の間『小箱の放置』『蝦蟇口財布』『無限トランク』『週刊トラニアス』の四誌体制となった。他が精力的に号外を出す中で身動きが出来ないのは、『翻訳蒟蒻』にとって手痛い打撃であろう。
連日出された各誌の号外。これによって内大臣府の官吏から褫奪を言い渡された貴族達の模様が、より詳細に伝えられた。「追証払わぬ貴族。天罰下る!」と題して伝えた『週刊トラニアス』の記事によると、褫奪を宣された貴族。元貴族と言うべきか。その元貴族達は内大臣府の官吏に付いていた衛士らから、家族と共に屋敷の外に連れ出されたとの事。
これは素直に「拘束されて連行」と書くべきではないかと思うのだが、「連れ出された」としているのには、当局からの指導。あるいは配慮や忖度なのは間違いない。いずれにせよ褫奪された貴族と家族は、屋敷から外に出されて官吏や衛士に連れて行かれたのは事実。但し何処に行ったのか、連れて行かれたのかについては、全く書かれていなかった。
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