611 「フェニックス」グループ

 大きな変化が起こるというのは、必要に迫られてのもの。ウチの会社だって、問題がなければ売られる事だってなかった。何かがあったから売っぱらわれたのだ。仮に自分達に問題がなくとも、創業家や親会社に問題があれば、こちらへモロに降り掛かってくるのは当然の話。それと同じである。


「今、流れが大きく変わろうとしている。だからあり得ない事が起こっているんだ」


「そうですわね。貴族界の流れが変わろうとしていますのに、未だ気付かれておられませぬ。いえ、御覧になりたくはないからでしょう」


 随分と辛辣な事を言う。やはり今日のハンナは相当溜まっているようだ。ハンナは変化に気付いているのに、それを全く気付かない。あるいは気付こうとしない貴族達への苛立ちが、強い不満となっているのだろう。そんなハンナが、流れが変わろうとしていると自身が話す貴族界の動きについて、具体的に話し始めた。


 『貴族ファンド』の一件で多くの貴族が王都へやってくる中、アンドリュース侯が所領へ帰ったというのである。アンドリュース候か。自領で抱える騎士団、アンドリュース騎士団の編成を手掛ける為に所領へ帰ったのだな。ハンナによると、アンドリュース候の共に親族やアンドリュース侯に近い貴族も王都から去ったという。


「近々、旧アウストラリス派を割られるのではないかとの噂」


 なるほどな。現在、領袖無き旧アウストラリス派は、ゴデル=ハルゼイ侯爵派とアンドリュース侯爵派に分かれているという話は何度か聞いた。派内ではゴデル=ハルゼイ侯爵派が優勢だとも。しかし、ゴデル=ハルゼイ侯は『貴族ファンド』から最もカネを借りた貴族であり、所領では使用人の駄賃を払うに事欠く有様。


 挙げ句、ムファスタの商人からは「破産侯爵」と烙印を押され、モノさえ売ってもらえぬような状況。そんなゴデル=ハルゼイ候に付く貴族の方が多いというのだから、何処を見ているのだと言いたくもなる。が、それが貴族世界の常識なのだから、どうしようもない。しかしアンドリュース候、自ら所領に帰るとは。余程、家の騎士団を鍛えたいらしい。


「アンドリュース侯は所領に籠もって、時が来るのを待っておられるのでしょう」


 侯爵領へ帰っていったアンドリュース侯の動きについて、ハンナはそのように分析した。しかしそれは違う。アンドリュース侯が大暴動が起こった時、衛士らを連れて「御前」と呼ばれたアウストラリス公爵邸へ駆けつけたのだが、そこで見た集団盾術に衝撃を受けて『常在戦場』の隊士らを招き入れたのだ。その話をハンナは多分知らないのだろう。


 アンドリュース侯はアンドリュース騎士団の再編に取り組む事を決断し、『常在戦場』レジドルナ支部の属する隊士を受け入れた上で、自らが再編の陣頭指揮を執るべく所領へ戻ったのだ。恐らくは現地にいる騎士団長に任せるのが心許なかったからだろう。集団盾術を直接見たアンドリュース侯と、見ていない者では温度差があるのは当然の話。


 ただ親族や側近貴族までもが王都から離れた理由については分からない。俺だってアンドリュース侯の動向を把握している訳ではないのだから。しかしながらアンドリュース侯のあの性格を考えると、一緒に連れて行ってシゴいている可能性は十分に考えられる。それを想像すると何か笑えてきた。するとハンナがボルトン伯のパーティーに言及した。


「ボルトン伯が近くパーティーを開かれるというのも、流れが変わりつつある一つの兆候」


「延期されているアレか?」


 アーサーが延びたと言っていたパーティーの話だな。しかし ハンナの口からボルトン伯の名が出てくるとは思いもしなかった。ハンナによると、これまであまり動きのなかった高位伯爵家ルボターナの筆頭であるボルトン伯が、最近活発に動いているのも変化の証なのだという。そう言えば以前、ドーベルウィン伯の軍監就任祝いとかしていたな。


「新たに設置される教育監部総監に就任なされるのが急遽決まって、日程が延びたというお話です」


「元々、季節外れのパーティーだったようだからな」


「はい。ですから変わりつつあると私は見ておりますわ。意図があっての開催でしょうし」


 それは間違いないだろうなぁ。問題はどんな意図があるのかだが。あの狸親父は、その心を中々見せてはこない。


「私の父も参加します予定ですの」


「ブラント子爵もか?」


 意外な話に驚いた。ボルトン伯のパーティーにブラント子爵も参加するというのか。貴族のパーティーというもの、幹部を除いて他派閥の人間が参加するのは少ないという。派閥横断的な集まりは、公式あるいはそれに準ずる半公式的なイベントくらいなもの。なのでブラント子爵の動きは、貴族社会の中にあっては珍しい。


「ええ。同志の皆様も参加なされる予定ですの」


「えっ? 同志? もしかして、「鳳凰の間」で籠もっていたあの話か?」


「はい。『グラバーラス・ノルデン』で集まった方々ですわ」


 ハンナがその通りだと話した。貴族会議開催の建議の際、領袖であるランドレス伯から求められた委任状の提出を拒否し、『グラバーラス・ノルデン』にある「鳳凰の間」に立て籠もったランドレス派に属する貴族達。この時ランドレス伯は血相を変えて押しかけ、立て籠もっている主君を守る護衛騎士らとの間で、すったもんだの大騒動になったのだな。


 最終的には直臣陪臣五十四家が委任状を出さず、ランドレス伯の領袖としての面目は丸つぶれになったのだが。その時に集まった貴族達は、その後ランドレス派の会合に出席せずにテニアスリータ子爵を中心に纏まって、定期的に会合を持っているそうだ。その会合名が「フェニックス」というのには笑ったが。


 何でも『グラバーラス・ノルデン』で集まった「鳳凰の間」から取ったらしい。ブラント子爵は、その中心にいるテニアスリータ子爵と気脈を通じ、今はその参謀格として動いているという。そうなってくると、最早ランドレス派に属しているとは、とてもではないが言えない。


 派内に別勢力を築くような派中派といった動きではないが、明らかな分派行動。領袖の意に反して委任状を出さなかったのだから、当然の流れである。なので派閥とは言えないが、テニアスリータ子爵をリーダーとした「フェニックス」グループというべき集団を形成していると言って差し支えはないだろう。


「他の派閥のパーティーでしたらハードルは高いのですが、中間派は縛りが少ないですから。皆さんで話し合われて、ボルトン伯が主催なされるパーティーに参加しようと決められたようですわ」


 このノルデン世界の派閥というのは非常に特殊で、極端な話。他派閥の者とは言葉を交わす事すらない。現にフェレット=トゥーリット枢軸とジェドラ・ファーナス・アルフォードの三商会連合との対決で真っ二つに割れた王都ギルドでは、双方の陣営に属する者が話をするなんて事は全く無かった。ある意味、鉄の掟というか、厳しい縛りがある。


「パーティーに参加してもしがらみ・・・・が少ない。だから全員参加出来るという話だな」


「はい、その通りですわ。他派閥のパーティーでしたら、参加出来るお方と、そうでないお方がおられますので・・・・・」


「その点、中間派ならば皆が揃って参加できる。派閥じゃないから、誰もしこり・・・はない」


出入ではいりが自由ですもの」


「だから中間派だと呼ばれるのだ。派閥に属していない貴族の集まりだからな」


「まぁ!」


 ハンナが俺の言葉に驚いている。これはボルトン伯自身が言っていた話。様々な要因で派閥に属さない、あるいは属せなかった貴族達。それが中間派貴族だと。ある貴族は不義理をやって半ば破門状態となり他派に移籍できずに、ある貴族は二つの派閥にネットワークがあって動けずに。理由は貴族家によって様々だから、閥に属していない点だけは同じ。


 そのような事情なので、中間「派」と言っても、領袖はいない。ただ、緩やかな会合というか、集まりはある。その世話役をやっているのが、名門家であるボルトン伯。ボルトン伯は貴族会議開催の建議の際には中間派貴族を取り纏めて開催に反対したり、貴族会議では会議の流れを決定付けたりと、いま貴族界において存在感を高めている。


「貴族会議での騒動に全く巻き込まれませんでしたのは、国王派のスチュワート派、貴族派のドナート派、そして中間派の三派でしたわ。その中で皆が一致して顔を出せるのは中間派のみです」


「たとえ他の派閥が巻き込まれなかったとしても、選択肢は中間派一択なのには変わりがないだろう」


「そのようなお話もありますわね」


 ハンナが笑って誤魔化した。消去法で選んだのだという主張を俺が簡単に崩してしまったからだろう。住所はランドレス派なのだが、今は別居中だという、謂わば「宙ぶらりん状態」にある「フェニックス」グループは、集団として行動する場合には様々な制約がある。そこにはエレノ貴族独特の掟が立ちはだかって来るのだ。


 一つの貴族家が同時に二つの派閥に属してはならないという掟。その視点で考えるならば、スチュワート派とドナート派は小なれと言えど派閥。なのでランドレス派から抜け出していない「フェニックス」グループはエレノ貴族の掟によって、加入は不可能。だから厳密には派閥でない、中間派の会合に参加する以外の選択肢しかないのである。


 皆が纏まって一つの行動を起こし、自分達の存在感を示すのが、派閥の本質的な行動原理。自然発生的に形成された、ブラント子爵が属する「フェニックス」グループも、それに沿った形で行動を起こそうとしている訳で、それは貴族の本能だと言えよう。なにがしかの行動を起こさなければ、いきなりグループとしての存在意義が問われかねない。


「ゴデル=ハルゼイ侯らが内大臣府に押しかけた話。是非、マッテナーと話してくれ」


「ええ。発行に間に合わせるように致しますわ!」


 嬉しそうに答えるハンナは、弾んだ声を残して魔装具を切った。

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