第四十四章 見えぬ修羅場

605 商機を掴む

 王国から請求された小麦特別融資の追証。それが払えぬクラートの遠縁に当たるアルボルーダ男爵は爵位の返上と所領の返納を行い、追証の免責を受けようと考えていた。しかし不安なのがその後の暮らし。所領という糧を失った貴族がどう暮らしていくのか。これは大きな難問だった。


 難問というだけあって、答えは中々見つからない。見つからない答えを見つけるのは容易な事ではないので、これを一旦棚上げとし、当座の暮らしを維持する為の資金を家財の売り払いで確保する話となった。それを担うのはロバートとリサ。俺が依頼を受けて、ロバートとリサに知らせ、二人が貴族邸へ赴いて買い取る流れが決まったのである。


「ねぇ、グレン。一ついいかな?」


「な、何だ・・・・」


 猫なで声で聞いてくるレティに、思わず身構えてしまった。一体何を言ってくるつもりなのだ。


「あのねぇ、ついで・・・なんだけど、いいかなぁ」


 なんだなんだ、それは。声のトーンを聞くだけでも危険な香りしかしない。しかし、レティは何か聞かなければならぬという空気を醸し出している。


「エルダース伯爵家の遠縁のグレマン=エルダース男爵家にも話していいかな」


 クラート子爵家の遠縁のついで・・・にウチもという訳か。そこが狙いだったのかも知れない。レティはそういう部分、非常に聡いからなぁ。まぁそうでなきゃ、親兄弟が傾けたリッチェル子爵家なんか立て直せる訳がない。それぐらいはいいだろう。俺が快諾すると、レティは「ありがとう!」と笑みを浮かべた。


「お、俺とこも頼むよ!」


 すると今度はディールが頼んできた。ウチにもポフィヌス子爵家とパイトファイネ男爵家という二つの遠縁が対象なんだと話すディール。レティとクラートの話を聞いているのに、ディールの話を聞けないなんて言える筈もない。俺はディールの話を了解した。そのタイミングを見計らってか、アイリが俺に言ってくる。


「・・・・・クリスティーナに話してもいいかな」


 クリスかぁ。どうなんだろうか。あちらの方は宰相家であるノルト=クラウディス公爵家だからな。自力で何とかやってしまいそうな気がするが・・・・・


「勿論よ! でしょ、グレン」


「あ、ああっ」


 レティの言葉に思わず返事をしてしまった。クリスが今までどれだけ動いてきたかについてレティが力説すると、アイリが「じゃあ、クリスティーナにも話すね」と喜んでいる。まぁ、クリスの助けとなるなら、それでもいいか。しかし、どんどん話が広がっていくな。そう思っていたら、レティも俺と同じような事を考えていた。


「でも、この話はここまでにしなきゃいけないわ」


 話をこれ以上広げるなと、レティは暗に言ったのである。皆が一斉に家財を売りに走れば、小麦と同じように相場が暴落してしまう。そうなる前に売り抜けなきゃいけないと。需給がバランスが崩れると、値崩れを起こすからな。全く以てその通り。流石はレティ。独特の嗅覚と読みに、俺は感心した。レティは更に指摘する。


「この話、封書じゃダメよ。直接言って話さないと、相手に伝わらないわ」


「ああ」

「ええ」


 ディールとクラートが頷いている。レティはその上で、直接説得してもダメなら諦めましょうと二人を諭した。私達としてやるだけの事はやったのだから、相手がこの案を受け入れなくても、それは自分達の責任じゃないと言ったのである。何かレティの実父、元リッチェル子爵エアリスに向かって発しているような気がしてならない。


 レティは他にもあれこれ話した。爵位を返上したら使用人も雇えないのでいとまを出さなきゃいけないとか、その時には幾許いくばくかのお金を渡してあげないといけないなとか、そういった話。屋敷の運営や使用人の待遇。そしてその扱いに関しては、大人顔負けのセンス。


 正直、ヒロインという枠なんかとっくにぶち破ってしまっている。若くしてリッチェル子爵家を立て直し、事実上子爵家を運営しているレティだ。統率力というか、掌握術というか、人の扱いが上手い。一通りの注意事項を話したレティはその上で、こちらもアルフォードのスピード感に負けないように動かないといけないと言い出したのである。


「私達も負けないように、サササササっとやりましょうよ」


「おお、やろうぜ!」

「ええ、やりましょう!」


 レティの呼びかけにディールとクラートが応じた。二人共凄くやる気になっている。こういう時のレティは人を乗せるのが上手い。まぁ、煽りが上手いとも言えそうだが。いずれにせよヒロインという枠からは、大きくはみ出ている。気勢を上がった三人は、準備を始めるぞと、それぞれが部屋を飛び出していった。


 その傍らで、置き去りにされた形となった俺とアイリ。しかしそのアイリも三人に後れを取ってはと立ち上がり、「私もクリスティーナに話さなきゃ」と、部屋を後にしていった。結果として俺は一人、個室にポツンと取り残されてしまった形。仕方がないので「コリンズ・シャトルフ・ヴィネッティ」を取り出して、一人酒盛りをする事にした。


 ――レティも、ディールも、クラートも。そしてアイリも去った個室。俺が一人チビチビとやっていると、リサとロバートがやってきた。なんだかよく分からないが、ロバートは非常に上機嫌。何かいい事でもあったのか。しかしロバートと会うのは久々だ。ディルスデニアから帰ってきたのは知っていたが、ロバートとは顔を合わせていなかったからな。


「グレン。いい話が舞い込んできたようだな」


 開口一番、ロバートが言ってきた。その声が弾んでいる。それとは対照的だったのはリサ。


「グレン、いいわね。貴方は学園から動けない。いいわね」


 俺がグラスにワインを注いでいると、リサがまるで呪詛するが如く言ってきた。なんだ、なんだ、その言い方は。最近のリサは狡猾さに磨きがかかっているような気がする。女狐とか化け猫とか、そういった類のおどろおどろしいもの。そんな俺の思考を無視するように、ロバートが身を乗り出してくる。


「安いものは一括して俺が買う。それでいいな」


「いや、いいけどさぁ。どうしたんだ?」


「ディルスデニアで調度品と骨董品の需要が高まってるんだ」


「それは知ってる。だから、ロバートに話してみるって言ったんだよな」


 ロバートが珍しく前のめりだったので、リサに話題を振った。


「貴族の家財を引き取れない? って言ったら、グレンと話すと言って聞かなかったのよ」


「だってそうだろ。向こうから骨董品持ってこいと言われたって、同業から仕入れなきゃいけないんだぞ。ふっかけられるに決まってる。それがだ、こちらの鑑定で家財一式が引き取る事ができるんだろ。最高じゃないか」


 ああ、そうだったのか。ロバートが上機嫌だったのは、ディルスデニアでの話を思案していたところに、貴族家の家財引き取りの話が来たからなのだな。しかし、どうしてそこまでディルスデニアに執着するんだ? いくら毒消し草と小麦の交換取引で苦戦したからといって、別に拘らなくてもいいと思うのだが・・・・・


「ナスラがディルスデニアに出来る拠点の責任者になるからだよ」


「ナスラが!」


 ウチアルフォードの二番番頭で、王都商館を守っているナスラがディルスデニアの出先の責任者となる。俺はビックリした。全く以て初耳。しかし、ナスラはモンセルから王都に来て、そんなに間が経っていないじゃないか。聞くと、ディルスデニアへ赴きたいとナスラたっての希望なのだという。一体どうして・・・・・


「ロブソンの影響があるんじゃないかなぁ。サルジニアでジニア=アルフォードを設立したのを羨ましそうに見てたからな」


「だからトーレンが王都こっちに来たのよね」


「そうそう。トーレンが言ってたな。武器はサルジニアへ売ればいいって」


「トーレンの話じゃ、戦いが起こったって」


 俺の放置して二人で盛り上がるロバートとリサ。双方、鼻息が荒い。俺は元々ワイワイガヤガヤとする家庭は苦手なのだが、アルフォード家の次男になったせいで、今やすっかり慣れてしまった。しかしそれにしてもサルジニアで戦いが起こっていたなんて・・・・・ トーレンはモンセルに居たから、北にあるサルジニアの情報が入ってくるのも早いのだな。


「調度品と骨董品はディルスデニアへ。武器防具はサルジニアへ。一括して買い取ったものを振り分けて売ればいい」


「家財を売り払う貴族が増えれば増えるほど、ウチが儲かるのね」


「そうさ。仕入先は貴族。ウチは売値よりも安く仕入れるだけで儲かる!」


 二人共、今日はピッチが早いな。話を聞くより、グラスを注ぐ方が忙しい。基本、俺の方が飲む筈だったのが、いつの間にか入れ替わってしまっている。しかし貴族の破綻騒動をチャンスと見立てるとは・・・・・ 北のサルジニア公国、南のディルスデニア王国に貴族の家財を売って一儲けしようなんて考えてるんだろうなぁ、二人は。


「それで今、幾つ話が出ているの?」


「ええとレティのところが一家、ディール子爵家が二家、クラート子爵家が二家だ。アイリがクリスにも話をすると言っているから、もしノルト=クラウディス公爵家の話が来たなら七家はある」


「それじゃ、入れ喰いじゃないか!」


 いやいやいや、まだ決まっている話じゃないんだぞ! 今日のロバートは異様に飛ばしている。リサが俺に聞いてきた。


「グレン。その小麦特別融資の追証ってのを請求されている貴族って、いくつあるの?」


「正確な数は分からないが千家以上はある筈だ」


「千家ぇ!」

「千家もあるのか!」


 リサとロバートがお互いの顔を向き合わせた。えっ? 二人共知らなかったのか?


「多いとは知っていたけど、そこまでだったなんて・・・・・」


「記事には書いてなかったもんな」


 そうだったのか! そう言えば、具体的な数は書いていなかったな。おそらく貴族に配慮して書かなかったんだろう。しかし外に出ている事が多いロバートならまだしも、あれこれ持っていそうなリサまで知らなかったのは意外だ。しかし俺って、そこそこの情報を持ってんだな。二人の反応を見て、その辺りの事を初めて自覚した。

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