596 カジノ計画
週明け。『
記事によればムファスタと同様、衛星を使って土地の購入を行っていた。ただセシメル行政府が直接保有する土地ではなく、再開発用途の土地。数年前起こった「セシメル大火」で焼け出された家々に新たな土地を渡し、焼失した家の土地を開発組合が保有していたのである。フェレットはこの土地に目を付けたのだ。
再開発用地はセシメルの繁華街に近く、大火の後に出来た新市街とを結ぶ道沿いにある為、カジノにはうってつけと判断したのだろう。土地購入はセシメル行政府が斡旋した。この斡旋に関与したのが、旧アウストラリス派の若手貴族ヴァンデミエール伯。ヴァンデミエール伯はセシメル行政府守護職のベジャージュ男爵へ売却を働きかけたという。
その甲斐あってフェレットの衛星商会であるクレイム商会が、この再開発用地を取得したとの事である。しかし、証言者の中にセシメルギルドの会頭ザール・ジェラルドがいたのには笑った。「誰も知らない所で、まさかこのような話が動いていたとは」などと応ずるジェラルド。いやいや、アンタ全部知ってるだろ、と思わずツッコむ。
一方、『
それに「
「
しかし仮名として出したのが「
というのもムファスタやモンセルの土地問題について、両誌とも単に貴族の醜聞として伝えているだけではなく、小麦特別融資と結びつけているからである。『貴族ファンド』が貴族向け融資として行った小麦特別融資は、小麦暴騰を引き起こした元凶として認識されている状態。これに対する強い反発と、貴族の醜聞が結びつくとどうなるか?
当然ながら、貴族あるいは貴族制度そのものへの反発へと繋がっていくのは自明の話。これまでであれば、間違いなく掻き消されていた筈の声。大衆の声が徐々に大きくなっており、アーサー曰く「今や無視できない状況」にある。その辺りの空気を感じ取っているからであろう、宰相府は何らかの判断を示さなくてはならなくなっていた。
今週が定期刊の『無限トランク』がトップに持ってきたのは正にその話で、「宰相府、今週にも重大な判断!」だった。懸案事項となっている「徳政令問題」について、宰相府が方針を示すというのである。徳政令の話を
要約すれば、徳政令、徳政令と皆が騒ぐのを気にした国王陛下が、早急に対処するように宰相閣下に指示。お上からの意向を受けた宰相閣下が、今週中にも徳政令に関する方針を発表する。あの無関心そうな国王にとっても今の状況は看過出来ないもののようで、それだけ貴族達がワイワイ騒いだ結果だとも言えよう。
何せ約半分の貴族が今や国有化されている『貴族ファンド』からカネを借り、その多くが小麦特別融資を受けていたのだからな。消えたと思った借金が甦ってきたのだから、大騒ぎをするのは当然か。しかし『無限トランク』が着目したのは、貴族に対する徳政令ではない。
民衆に対する徳政令。特に小麦購入に係る「緊急小麦融資支援」の低減。実質的な帳消しの可否について、大きく紙面が割かれていた。王国が利子補給を行い、半年繰り延べという融資制度。一家最大一〇万ラントの融資が受けられるこの制度を使って、多くの平民は融資を受け、小麦暴騰時に小麦を購入したのである。
この繰り延べ期限が迫っていた。この部分に着目した『無限トランク』が、貴族の徳政令運動を呼び水として、大衆の徳政令に対する要望の大きさを強調するという誌面作りを行っている。これは最初から大衆をターゲットとし、その路線においては、一貫して先行していた『週刊トラニアス』に対する挑戦意識からだろう。
いずれにせよ各誌が以前に比べて貴族を恐れず、公然と貴族の醜聞を書き立てているのは、ノルデン王国に大きな地殻変動が起こっている証左。特に大暴動を機に失脚した元公爵アウストラリスの影響が大きい。群衆の波に呑まれて爵位を返上したアウストラリス。これを群衆の勝利と位置付け、民衆の政治参画を意識した記事が目立つようになった。
しかしそうした流れとは一線を画した作りをしている雑誌もある。『翻訳
ところがその意図を『週刊トラニアス』に暴露され、他誌が貴族の醜聞を積極的に掲載するようになったが為に、貴族に対する徳政令。特に小麦暴騰の元凶と指弾されている小麦特別融資の帳消し運動に、民衆の側から大きな反発が起こっていたのである。徳政令は小麦暴騰の被害者である大衆にのみ、行われるべきだという声が大きくなっていった。
そんな大衆のプレゼンスが増すのと比例するかのように、『翻訳蒟蒻』の存在感は低下していっている。元公爵アウストラリスが強力に進めていた、貴族会議の開催の建議を全面的に支援したのも、その一因。しかし『翻訳蒟蒻』を出しているノルデン報知結社のオーナーが車椅子ババアの家、イゼーナ伯爵家である限り、貴族路線が変えられないのは間違いない。
だが、そんな『翻訳蒟蒻』であっても、他誌にない強みがある。他ならぬ貴族ネタだ。そもそも『翻訳蒟蒻』は貴族向け情報誌としてスタートしている訳で、貴族情報がホームグラウンド。これだけは他の追従を許さない。その『翻訳蒟蒻』だが、今日出した号外では、思わぬ話を伝えていた。「ボルトン伯、教育監部総監に就任」である。
記事によると学園へ行幸なされた国王陛下に、学園長代行として返礼を行うべく宮中に参内したボルトン伯が、その際に教育の重要性を
ボルトン伯をその総監に任命したのである。また同時に学園長と学院長をボルトン伯に兼任させるよう、合わせて指示を出した。これによってボルトン伯はノルデン王国の教育行政の全権を握る事となったのである。この記事を読んでいたアーサーは、案の定頭を抱えていた。
「何やってんだよ・・・・・」
「知らなかったのか?」
「知る訳ないじゃないか!」
アーサーは息子であるにも関わらず、ボルトン伯が正式に学園長になる事も、教育監部の総監になる事も、学院長に就任する事も知らなかった。いやいや、全く食えない御仁だ、ボルトン伯は。先日から季節外れのパーティーを開くと言い出したのは、これが原因かとアーサーは言った。理由を話さず、パーティーの準備していたのはこういう理由だったのか。
「親父にはいつも振り回される。分かっているんだったら、こっちに言えよって」
「聞いたらどう答えられるかな」
「決まってるじゃないか。「今知ったところだ」って言うに決まってるさ。それが親父だ」
正しく呆れたといった感じでアーサーが分析した。まさにその通りだよな。あのボルトン伯のタヌキ芸は何処からやってくるのか? 息子のアーサーからは、その片鱗すら見えないというのに。しかしこれで、パーティーの規模は思ったよりも大きくなると嘆いている。曰く、用意をするのはこっちなんだぞ、という事らしい。
「結局は、用意をするのは俺達だって事さ」
それだけは何があっても変わらないと、アーサーは大きな溜息を付いている。いやはや、全てはボルトン伯の思惑通りだと言わんばかりのアーサーの話に、ただただ苦笑してしまった。タイプは違うが、ザルツと相通じるものを感じたからである。このエレノ世界の「親父」は、どうしてこんな芸風なのか。本来同世代である俺と、思わず比較してしまった。
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