595 直情径行が玉に瑕
モンセルにもあったカジノ用地の疑惑。モンセル市街にあった旧練兵場の土地を旧アウストラリス派に属するカントナ=チャット伯がモンセル行政府から購入したのだという。この話の為に記者会見まで開いたザルツだが、ここで別の疑惑が生じる。どうしてザルツがこの話を知ったのかである。その疑問をザルツは解いた。
「モンセル行政府に照会したのだ」
「えっ? そんな簡単に書類を見せてくれるのか?」
ザルツは「いいや」と首を横に振った。そりゃそうだよな。現実世界と違って、書類公開を行う仕組みなんて王国にある筈がない。しかしそれをどうやって公開してもらったのか?
「アルフォンス卿の書簡を見せれば一発だった」
「アルフォンス卿にか!」
「ああ。事情を話すと、その場で書かれたのだ」
「・・・・・」
ザルツはモンセルに向かう前、アルフォンス卿に会ってモンセル行政府守護職のブラビオ=シェーダー男爵宛の書状を書いてもらい、それをモンセルに帰るなり、男爵に見せたというのだ。するとブラビオ=シェーダー男爵は、急いで契約書を見つけ出して【転写】させ、それをザルツに引き渡したというのである。それが今手許にある書類。
「男爵閣下には迅速に対応して頂けた」
満足げに話すザルツ。確かにこの書類によって、旧アウストラリス派の有力貴族カントナ=チャット伯とフェレットの深い繋がりがあるのは明白。流れや状況から考えて、フェレットがカントナ=チャット伯に土地取得を依頼したのは間違いない。だが・・・・・ 俺はグラスに残っていたワインを飲み干すと、ザルツの方を見た。
「この売買契約にはカジノの「カ」の字もない。これじゃ、カジノ誘致の証明にはならないんじゃないか?」
モンセル行政府とカントナ=チャット伯との間に交わされた練兵場跡地の売買契約には、確かにフェレット商館の誘致が明記されていた。しかしそれだけでは、この土地にカジノを作るという証明にはならないのではないか。因果関係は明らかなのだが、ムファスタ行政府跡地のように、何か証明できるものが必要。モンセルにそれがあるのか?
「その証明ならあるぞ」
「えっ!」
驚く俺にザルツは書簡を出してきた。見るとカントナ=チャット伯がブラビオ=シェーダー男爵に宛てた書簡である。これは譲渡したものの、一向に建物が建つ気配がなかった練兵場跡地について、ブラビオ=シェーダー男爵がカントナ=チャット伯に確認を取った返書。読み進めると、そこには驚くべき内容が記されていた。
「商館建設ままならず、現在カジノの認可を申請中が由・・・・・」
「すぐ建てるという約束での譲渡だったらしいが、全く建たないのでそれを心配した守護職が、私信という形で確認を取った返信だ」
「どうして私信なんだ?」
「口約束だったからだよ」
ああ。俺はその説明を聞いて納得した。書面は行政府とカントナ=チャット伯との契約だが、口約束はブラビオ=シェーダー男爵とカントナ=チャット伯の個人的な約束。ところが全く履行されないので、焦ったブラビオ=シェーダー男爵が催促をした。一方でカントナ=チャット伯は、約束した手前、返事をしなければならなかったのだろう。
「これでも証明にならぬか?」
「なるよ。十分になる!」
ニヤリと笑ってくるザルツに、俺は肯定するしかなかった。カントナ=チャット伯の直筆で「カジノ」と書いているんだから、これは立派な証明だ。しかし小出しにするなよ。最初から一気に出せばいいんだ。意地悪なザルツに少し腹が立った。だが、腹を立ててたのは俺以上にジルである。皆で食べているのに、難しい話をするなと怒り出したのだ。
「すまん、すまん」
「グレン。ずっと待ってるのに、いつまで話してるんだよ! 仕事の話をしたら止まらないんだから、後で聞けよ」
「お、おう」
ジルの生意気な言葉に俺は反論出来なかった。全て事実だからで、これにはザルツも苦笑している。ニーナがジルをやんわりとたしなめるも、全く聞く素振りがない。ワインが入っているからとはいえ、大人しかったジルも最近は口が立つようになってきたな。俺は空になったジルのグラスにワインを注ぎ、ゴマだけはすっておいた。
――週明け早々、アンドリュース侯爵嫡嗣アルツールが学園に来訪。貴賓室で会見を行った。わざわざ午前中に来るというのは、縁起を担ぐ、ノルデン貴族の
アンドリュース侯爵家の家宰ブロンテット男爵を伴ったアルツールは右手側、俺は左手側にそれぞれ立ち、向かい合わせになる形。本来であれば上手にアルツール、下手に俺なのだが、左右という時点で異例である。勿論右手上位なので下位ではあるが、下達ではなく対面という部分が、アンドリュース家の姿勢を物語っている。
「アンドリュース家嫡嗣アルツール・べランド・シャーダル・アンドリュースが、アンドリュース家当主からグレン・アルフォードへの要望を伝える」
アルツールはそう告げると、持っていた書状を両手で広げ、両腕を伸ばして読み上げを始める。何か時代劇か、戦前のドラマを見ているような感じだ。
「様々なる変事が起こりしノルデン危急存亡の
相変わらずの硬い言葉。いつもそうだが貴族言葉は、急に硬くなってしまうのか。中身はへにゃへにゃの者が多いのに。しかし本当に回りくどい表現を使う。本題を後ろに回す貴族話法だから仕方がないのだが、立って聞いてるこちらの方が疲れてくる。ただ書状を真剣に読んでいるアルツールを見ると、かったるいなんて言えないのでひたすら待つ。
「・・・・・先の
アンドリュース侯は大暴動の際、
「予てより『常在戦場』との関係性深きグレン・アルフォードに、『常在戦場』に属する隊士の斡旋を委嘱願うものである。以上」
だろうな。アンドリュース侯は自家の騎士団、アンドリュース騎士団に『常在戦場』の隊士を引き入れて、「集団盾術」を導入しようと考えているのだろう。これは渡りに船。『常在戦場』を縮減して手仕舞いしたい俺と、家の騎士団を強化したいアンドリュース侯。お互いの利害が完全に一致している。よし、『常在戦場』の隊士を引き取って貰おう。
「ついては後日、改めて返事を聞きに参る」
「閣下。失礼ながら、それには及びませぬ」
「なにぃ!」
俺の言葉にアルツールが激昂した。「直情径行が玉に瑕」とサルジニアに留学したカテリーナが兄を評していたが、まさに正鵠を射た言葉。瞬間湯沸器にも程がある。家宰ブロンテット男爵が、怒り心頭のアルツールを慌てて宥めている。俺はそんな二人に向かって言った。
「アンドリュース侯爵閣下の御決意の前、私めが何を躊躇する事なぞございましょうか?」
「アルフォード・・・・・」
アルツールの表情が変わった。俺の言葉はアルツールの予想外ものだったようだ。なので、しっかりと返事をする。
「このアルフォード。喜んでアンドリュース侯爵閣下の委嘱を受け入れたき所存」
「おお、それはまことか!」
先程までの怒りはどこぞに消えたようである。アルツールはこの吉報、すぐにでも屋敷に戻らねばと、側にいるブロンテット男爵に話した。本当にこのアルツールという人物、直情径行一直線だな。これで侯爵家の身代が持つのか、こちらの方が不安になってくる。俺は慌てて帰ろうとするアルツールを引き止めた。
「お待ち下さい。この場にて『常在戦場』の者と話を詰めましょう」
「なんだと! これから『常在戦場』の者を呼ぶのか?」
「いえ、そのような事をせずとも、話が行えます」
そう言うと俺は魔装具を取り出し、グレックナーと連絡を取った。そしてアンドリュース侯爵家の騎士団が、『常在戦場』の隊士を受け入れる意向を持っている事を伝えたのである。その上で、家宰ブロンテット男爵と代わり、その場で日程調整や手筈についてのすり合わせを行ってもらった。その光景に唖然とする嫡嗣アルツール。
「ア、アルフォードよ。それは・・・・・」
「魔装具と申します。同じ魔装具を持った相手と話が出来ます。残念ながら商人のみが使え、王都の中だけでしか使えず、魔塔が休みの際にも使えませんが・・・・・」
「なんと!」
アルツールは家宰ブロンテット男爵と顔を見合わせている。先般の大暴動が何とか対処できたのは、この魔装具による連絡網によって俊敏に対処出来たからだと説明すると、アルツールは何かを思い出したように話した。
「父上は・・・・・ これを申しておったのだな。我が家は遅れておると。アルフォードの動きは、我が貴族とは比べ物にならぬくらい早い。これでは我々が話を始めようとしている間に全てが終わってしまう」
俺が持つ魔装具を見つめながらアルツールが嘆息している。アンドリュース侯が嫡嗣アルツールにどのような話をしたのかは分からない。分からないが、ノルデン貴族の今のあり方に対して、問題点があると指摘したのは間違いないようだ。
「アルフォードよ、今日の事は礼を言うぞ。世話になった」
アルツールはそう言うと、家宰ブロンテット男爵を伴って貴賓室を後にした。機嫌よく帰っていくアルツールを見ると、今日の学園訪問は本人にとって最高の結果だったのだろう。まぁ、こちらにとっても上々だ。こんなウィンウィンはそうはない。どうやら『常在戦場』の手仕舞いは天からのの思し召し。俺は順調に帰還準備が進んでいるのを実感した。
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