594 モンセルの疑惑

「リサがセシメルに行ったと聞いたが、何か知っているか?」


 ザルツがトラニアスに筆頭番頭のトーレンが来ると言う話をした後、いきなり話題を変えてきた。ザルツは頻繁に話が飛ぶので、常にそこを意識しておかなければいけない。しかしリサの件、どう答えるべきか。一瞬考えたのだが、今更隠しても仕方がないので、俺は事実をそのまま話す。


「ジェラルドと会いに行く為に出掛けたよ。セシメルにある土地の件だ。ムファスタと同じような話だと」


「カジノか・・・・・ やはりモンセルだけに留まらなかったか・・・・・」


 はっ? ムファスタやセシメルだけじゃなく、モンセルにもカジノ用地があったのか! 『週刊トラニアス』ではリサの予告通り「フェレット、ムファスタでカジノを画策!」「ゴデル=ハルゼイ侯、フェレットへ土地の便宜図る!」と、これまでにないストレートなタイトルで、ムファスタのカジノ用地の話を大きく取り上げていた。


 記事には「カジノを運営してきたフェレット」や、「貴族会議開催を主導してきたゴデル=ハルゼイ侯」。そして「フェレット商会が出資した、貴族ファンドの発起人であるゴデル=ハルゼイ侯」等といった、非常に恣意的な文章が散りばめられている。これではフェレットとゴデル=ハルゼイ侯がズブズブですよと言っているようなもの。


 これを見たアーサーは「これはマズイ。民衆の貴族への敵愾心が増す」と本気で危惧していた。小麦暴騰を引き起こしながら徳政令を求め、その裏ではフェレットに便宜を図っていたとなれば誰だって怒るというのである。カインは父スピアリット子爵の危惧が現実のものとなったと、溜息をついていた。剣聖閣下は貴族の悪行が露見するのを恐れていた。


「再び群衆が立ち上がりかねない、成功体験があるからって・・・・・」


 スピアリット子爵によると大暴動が起こった際、押しかけてくる群衆の圧力に負けて、元公爵アウストラリスが爵位の返上と所領の返還を宣言したのを「民衆の勝利」だと捉えている者が多いのだという。なので一部貴族の身勝手な振る舞いが露見すれば、再び群衆が街頭に出て、その貴族の屋敷へ押しかけかねないと指摘していたそうだ。


「もう一回暴動なんて・・・・・ 勘弁してくれよ」


 この話を横で聞いていたスクロードは頭を抱えている。スクロードは剣技専攻でないにも関わらず、貴族の嫡嗣だからと学徒団の剣技専攻グループに組み入れられてしまっていた。群衆と再び正面から対峙するなんてもうゴメンだよ、と話すスクロード。剣術理論は得意だが、実戦剣術が苦手なスクロードらしい訴えである。


 せっかく学徒団も解散して、街中巡回から解放されたのに、再編成なんかされたらたまったもんじゃない。そんなスクロードの訴えは、実に心に籠もっている。皆が難しそうな表情をして話をしているのに、カジノ用地の話がセシメルやモンセルにまで及んでいるなんて、とてもじゃないが言えるような雰囲気ではなかった。


「お前、覚えているか。繁華街向かいの裏にある空き地を。以前、練兵場があったという場所。あそこだ」


 学園でのやり取りを思い出していると、ザルツが俺に聞いてきた。知っているよ。練兵場跡地。その昔、モンセルがサルジニア公国と国境に近いという事で、近衛騎士団が駐屯していた時代があった。その時に使っていたのが、この練兵場。しかし近衛騎士団が縮小して、モンセルへの駐屯も無くなったので、その土地は空き地となっていたのである。


「あんな所か! しかしあそこはモンセル行政府の管理じゃなかったのか?」


「その土地がだ、最近になって払い下げられていたんだ」


「フェレットにか?」


 ザルツが頭を振った。フェレットではない? じゃあ、誰なんだ?


「カントナ=チャット伯が購入した」


 カントナ=チャット伯! モンセル近郊のカントナに所領を持つ旧アウストラリス派の有力貴族。確か貴族ファンドの設立の際にも発起人として名を連ねていた筈。しかしのカントナ=チャット伯がどうして練兵場の土地を購入なんかしたんだ?


「頼まれて購入したという話だ」


「フェレットにか?」


「おそらくな。最近になって伯爵が、その土地をすぐにでも引き取って欲しいと持ちかけているらしいが、誰も乗らないそうだ」


 久々に出席したモンセルギルドの寄り合いで、マルメンタやロースト、アラストリアなど複数の商会から聞いたという。いずれもウチの傘下にあり、衛星となっている商会。というか、モンセルの商会は全てアルフォード系列。特にマルメンタとアラストリアは、カントナ=チャット伯の出入りという事もあり、強く購入を迫られたらしいが断ったという。


 何処も衛星なので、ウチを介してでなければ話に乗るはずがない。というか、それを理由に断ったようにすら思える。恐らく提示された条件、購入価格等が合わなかったので断った。そんな感じか? そもそもウチに持ちかけずに話す自体、切羽詰まっている証拠。最近というのは貴族会議終了後らしいので、言わずもがなである。


「今日、王都商館で会見を行った」


「会見?」


「ああ、記者との会見だ。そこでモンセルの一件を話した」


「!!!!!」


 なんと! ザルツはアルフォード商会の王都商館に『週刊トラニアス』や『小箱の放置ホイポイカプセル』、『無限トランク』や『蝦蟇がま口財布』、そして『翻訳蒟蒻こんにゃく』の五社を集めて、このモンセルの土地についての話を伝えたというのだ。会見の首尾は上々だったと笑うザルツ。しかし、そこまでやって大丈夫なのか?


「心配する事はない。全て事実を話したのだから」


「しかし記事なれば、当然ウチの名前が出る。目を付けられる危険性がある」


 襲撃事件が頭を過ぎった。ハッキリと言ってしまえば俺が目障りだったから、トゥーリッド商会がレジドルナの冒険者ギルドの連中を使って襲わせたのだ。ザルツとアルフォード商会の露出が大きくなれば、狙われる危険性が増すのは自明の理。ところがザルツ、俺が思っていた危惧とは真逆の事を考えていた。


「丁度いいデモンストレーションじゃないか」


「えっ!」


「木を隠すなら森の中という。貴族と全面的に張り合う大手商会アルフォード。大衆からそのようなイメージを持たれれば、相手も迂闊に手は出せまい」


 俺は返す言葉がなかった。危険があるから隠れるのではなく、敢えて露出を増やして守ろうというザルツの戦法に唖然としたのである。俺は普段から露出をしないよう注意を払い、強く意識をしていた。ところがザルツは目立って対抗しようと考えていたのだ。そんな事、怖くてそんな事は出来ない。俺とは真逆過ぎる発想に戦慄が走る。


「攻撃は最大の防御だと言うが、露出こそ最大の防御だ。目立たぬ時には目立たずとも、目立つべき時にはしっかり目立つ。このコントラストが強ければ強い程、我が身を守る武器となる」


 今がその時だと、ザルツが力説した。モンセルの土地の話は、その狼煙として最適だというのである。ザルツがプラス思考なのは知っているが、ここまで前のめりになるザルツを見るのは初めてだ。黙って聞いているニーナが、楽しそうにザルツを見ているのも意外なところ。五年間、俺が今まで見てきたのは、この夫婦の一面に過ぎないのか。


「今日の会見でモンセルの土地とカントナ=チャット伯の関係を明らかに出来たのは大きかった。フェレットのエージェントと言ってやったからな」


「お父さん、たじろく皆様の前でキッパリと仰いましたもの」


 ニーナが誇らしげにそう言う。いやいやいや、ニーナも会見に立ち会っていたのか! 俺にとってはそちらの方が衝撃だ。慎ましやかに控えているのがニーナではないのか? 俺が聞くと、記者達にお茶を振る舞ったらしい。それに会見とは言っても、円卓で雑談を行うような感じだったようなので、イメージしていた現実世界の会見とは異なる。


「しかしいくらカントナ=チャット伯がアウストラリス派の有力貴族だからといって、フェレットと直接結びつくような証拠はあるのか?」


 俺は証拠について質す。旧ムファスタ行政府の話は、フェレットの衛星となって土地を取得したラナドルファ商会と、フェレットやゴデル=ハルゼイ侯との間で交わした書簡がある。しかしモンセルの話は証拠がなく、推測でモノを言っているように聞こえる。小麦相場で弱まったとはいえ、貴族は貴族。確たる証拠が無いのに断定するにはリスクが高い。


「モンセル行政府と交わした売買契約だ」


 ザルツは突然、【収納】で書類を出してきた。それはモンセル行政府がカントナ=チャット伯と交わした土地の契約書。アイコンタクトで「読め」と指示してきたのを察した俺は、速読で書類に目を通す。すると「土地の使用目的」という項目で目が留まった。「街ノ振興策トシテ、王都ノ商館ヲ誘致セシムル」の一文である。


「契約時、フェレット商会が商館誘致に応じた・・・・・」


「しかし、商館は未だ作られず」


 俺の呟きにザルツがそう答えた。契約書にまさかフェレット商会という固有名詞を入れていたとは・・・・・ しかし購入するのに、そこまで書かなければならなかった。裏を返せば、そこまでしてでもこの土地を手に入れなくてはならなかったとも言え、一読するだけでも十分に怪しい。商館を建てると言いながら更地というのも気になるポイント。


「話が決まっていたのはフェレットだけ。商館誘致と言いながら、ジェドラ、ファーナスには話すらない」


「誰が聞いてもおかしいよな」


「一社しか決まってないのに、その一社が商館を建てようとすらしなかった。怪しさしかあるまい」


 グラスのワインを飲み干したザルツは、力強く言う。モンセル行政府の書類があるという事で、各社の食いつきは非常に良かったそうだ。必ず記事になると自信を見せるザルツ。しかしこのモンセル行政府とカントナ=チャット伯とのこの売買契約。普通では手に入らない筈。それをどうやって入手したのだ?

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