591 攻守逆転

 リサはレジドルナに赴いて、旧レジドルナ行政府の土地を巡るフェレット商会とゴデル=ハルゼイ侯の策動。レジドルナにおけるカジノ建設計画について、俺が以前アウストラリス派の副領袖と呼ばれたアンドリュース侯から聞いた話よりも、かなり詳細に掴んでいた。


「どうしてそこまで分かったんだ?」


「ラナドルファ商会が文書を提供してくれたのよ」


「えっ!」


 なんとフェレットの衛星であるラナドルファ商会が、これまでのフェレットとのやり取りを記した書類等一式をリサに渡したというのである。リサがその書類を【収納】で机の上に出した。手にとってそれを見ると、その中にはフェレットだけではなく、ゴデル=ハルゼイ侯からの書簡まであった。ラナドルファ商会はこちら側に寝返ったのか?


「益がないから、売ってくれたの」


「ラナドルファ商会がか?」


「ええ」


 額は三〇万ラントだったという。ムファスタギルドの会頭であるホイスナーを仲介しての取得だったと話すリサ。ホイスナーから働きかけ、それにラナドルファが応じたそうだ。しかしそんなに簡単に寝返っていいものなのだろうか? 簡単過ぎて信用されなくなるのではと、逆にラナドルファ商会の事が心配になってくる。


「ほら。何処も基本、独立心が強いじゃない。同盟ならいいけれど、頭ごなしは嫌がるでしょ。だからいくらガリバーって言っても、反発してったって訳。だってホイスナーがムファスタギルドで会頭になれたのもそれが理由だし」


 そうだったな。確かホイスナーが会頭になれたのは、フェレットがムファスタの商人に対して踏み倒したり、未払いを発生させたり、ガリバーという立場を利用して色々不義理をやった事への反発から。そこを突いてウチアルフォードがギルドを押さえてホイスナーが会頭に就任したという訳だな。ホイスナーが会頭に就任できたのは。


「これがラナドルファ商会が譲ってくれた書類よ」


 リサは【収納】で、書類を出してきた。フェレットとのやりとりにまつわる書類というが、結構な分量だ。俺は速読でそれに片っ端から目を通していく。これまで俺が知っている事は全て伝聞。ホイスナーやアンドリュース侯から聞いた話ばかりで、文書という形で残っているものを見てのものではない。だからこれは動かぬ事実だ。


「これを見ると、カジノありきで土地を買ったが、計画が頓挫している感じだな」


「そうなのよ。ゴデル=ハルゼイ侯が口添えしているのに、宰相府から認可が下りないって、フェレット側が書いているじゃない」


 なんだ、この行きあたりばったり感は。普通、こうしたプロジェクトというものは、権力側。つまり宰相府の心証を探って、色よい返事が貰えそうになってから進めるようなものではないのか。話を進めるために饗応したり、賄賂を送ったりする筈。それが高位貴族だが権力外であるゴデル=ハルゼイ侯を頼って話を進めるなんて。


「グレン、これを見て。特にここ」


 リサは一通の封書を取り出し、中の便箋を開けて指し示した。


「カジノの認可は次期宰相が行う・・・・・」 


「ラナドルファは、土地を買ったのに一向に進まないカジノ計画がいつ始まるのかって、ゴデル=ハルゼイ侯に質しているのよ。その返事がこれ」


 ゴデル=ハルゼイ侯はこの封書をラナドルファ商会に送った時点で、宰相閣下を引きずり下ろすつもりだったのだな。封書が送られてきたのは早春の話。つまりその時にはもう、貴族会議を開いて宰相閣下を失脚させる腹積もりだった事になる。この時にはまだ『貴族ファンド』の小麦特別融資が本格化していない。


「フェレットは、もうすくカジノ計画が動き出すって、ラナドルファ商会に伝えているのよ」


 リサが取り出した文書には、フェレットの若き女領導ミルケナージ・フェレット名で、そのように書かれている。この文書の日付は俺が襲撃される直前。ラナドルファ商会から催促されてお茶を濁した文章にしては、やけに自信がある感じだ。あの時、俺は貴族会議の開催は阻止できると確信していたのだが、相手の方はそうではなかったようだ。


「ラナドルファはゴデル=ハルゼイ侯とフェレットが言ったように、宰相閣下が変わると思っていたそうよ。でもそれが違っていたから、書類を売るって」


「だからって・・・・・ その割り切り方が凄いな」


「だって商人だもの」


 俺が呆れていると、リサがニコニコ顔でそう話した。ラナドルファには、ラナドルファの処世があると話すリサ。このラナドルファ。フェレットの衛星だったのに、『貴族ファンド』の出資もせず、小麦相場にも手を出していなかったらしい。なので、現段階での損失は旧ムファスタ行政府の土地取得費と、更地にした費用のみ。


「今は損かもしれないけれど、時が移れば利に変わる事だってありますよ、と言われたわ」


 なるほど・・・・・ 土地も相場の一つ。上がり下がりをするものだ。旧市街とはいえ中心部。人通りもある。再開発が進めば浮かんでくる可能性もあるとラナドルファは踏んでいるのだろう。だから土地は持ったままにしておくというラナドルファの選択は間違ってはいない。しかしこの問題のお陰で、小麦を触らず済んだとは中々の豪運である。


「しかしこれを見るとだ。土地を買えばカジノが出来ると思ったが、そうにはなからなかったから宰相閣下を下ろして、新しい宰相でカジノをやろうという風に見えるぞ」


「そうに決まっているじゃない。誰が見たって、そう考えるでしょう、これは」


 実際に起こった事と、この書類を照らし合わせた時、その行きあたりばったり感に唖然とする。宰相閣下の首を狙いに行くなら、もっと強い動機と周到な計画があると思うのが普通。これが小説やらドラマなら綿密に組まれた深い企み基づいて話が進んでいるような設定になっている。俗に言う陰謀論なんか、まさにそれ。


 しかし旧ムファスタ行政府の土地取得を巡るゴデル=ハルゼイ侯とフェレットの動きを見ると、そのようなものをトレースするどころか、全くリンクしていない。成り行きとそれぞれの思惑の中でそうなっていったという感じである。要は同床異夢といったもの。漠然とこうする為にはああするしかないといった、その場限りの動き。


 誰か特定の人間が黒幕となって、暗躍しているといった感じではない。誰か一人の考えだけで世の中が回っている訳ではないという事だ。複数の人間の思惑が錯綜する中で、流れが作られていく。レジドルナの動きとムファスタの動き。全く違った二つの動きが、それぞれの思惑の中で繋がり、今回の騒動に繋がったと考えるべきだろう。


「これを『週刊トラニアス』に載せるのよ。それを見た民衆はどう思うでしょうねぇ」


 リサがニコニコ顔で言う。しかしいつものニコニコ顔ではなく、舌を長く出して牙を剥く、コブラのようなニコニコ顔だ。


「みんな絶対に食いつくわよ。徳政令どころではなくなるわ!」


 上機嫌で断言するリサ。やはり獲物を狩る事しか考えていない。勿論その獲物とはゴデル=ハルゼイ侯。しかし公開しても大丈夫なのか? 相手は高位貴族。領袖がいなくなったとはいえ、貴族派第一派閥の旧アウストラリス派内で、副領袖のアンドリュース侯を差し置いて多数派を形成する立場の人間。それと真っ向から対峙する形になる。


「大丈夫よ。落ち目の貴族に何が出来るって言うのよ」


「元?????」


 リサがゴデル=ハルゼイ侯の事を元貴族だと断言したので固まってしまった。借金まみれで誰もカネを貸さない無一文なのに、何が貴族なのよと言い放ったのである。今やムファスタの商人界ではゴデル=ハルゼイ侯の事を「破産侯爵」と呼び、誰もモノを売らなくなっているという。また、家の者の駄賃すら払われていない状態らしい。


 もしやブロンテット男爵が話していた、ムファスタの商人が取引から手を引いた貴族って、ゴデル=ハルゼイ侯だったのか? 確かにゴデル=ハルゼイ侯爵領はムファスタ周辺。最も小麦特別融資を受けていた貴族であり、話の辻褄は合う。


「だから、あれ・・はもうハリボテなの。落ちた犬は叩かないとしつけられないでしょ」


 いや、そんな格言聞いたことがないぞ! リサが言うには小麦特別融資を受けた貴族の殆どはゴデル=ハルゼイ侯と同じ状況。あれでは徳政令とか言って借金が棒引きされても、カネが借りられないのでやっていけなくなるのは目に見えている。連中の未来は没落の二字しかないと言い切った。しかしリサは本当に情け容赦がない。


「お父さんがモンセルにもそんな土地があるって言っていたし、この話ムファスタだけではないと思うの」


「セシメルでも同じような土地があるとジェラルドが伝えてくれてたしな」


「えっ? どういう事なの?」


 リサからニコニコ顔が消え、血相を変えて迫ってきた。その勢いに俺は知っている事を話す。セシメルの土地もムファスタと同じく、フェレットの衛星が取得したカジノ予定地だと。仲介したのは旧アウストラリス派の若手貴族ヴァンデミエール伯で、アンドリュース侯から聞いたと話すと、リサが白い目をこちらに向ける。


「どうして隠し事が多いのかなぁ、グレンは。いっつもそう」


「いやいやいや。隠してなんかいないよ」


「いいえ、隠しているわ! だって最初にムファスタ行政府の跡地がカジノだって言っても驚かなかったし、カジノの話だって分かっているのに、セシメルの話だって教えてくれなかったでしょ! 本当に隠し事ばかり」


「・・・・・」


 何でこうなる! これじゃ、リサを追及するどころの話じゃないじゃないか! リサが俺を追及してきた。


「大体ねぇ。いつも思っているけれど、グレンは肝心な話を伝えてくれないの。おかしいじゃない。私の言っている事、間違っている?」


 俺は思わず首を横に振る。何度も首を横に振った。いつの間にか追及されてしまっているこの状況は一体何なのか? 本当に訳が分からない。暫くの沈黙の後、リサが大きく溜息をついて言ってくる。


「今回の件は、貸しにしておくわ。セシメルの話が聞けたし・・・・・ それで勘弁してあげる」


 ・・・・・何故かリサに貸しを作った話にされてしまった。何処で何を間違って、このような話になってしまったのだろうか・・・・・ 俺は何でこうなってしまったのか、全く分からなかった。

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