589 レジドルナ顛末記

「レジドルナのあの話。見たか?」


 アーサーが突然話題を変えてきた。『週刊トラニアス』の記事について話をしてきたのである。なのでボルトン伯が季節外れのパーティーを開く理由を聞くことが出来なくなってしまった。今日発売の『週刊トラニアス』はレジドルナでこれまで起こった、一連の出来事を伝えるスクープ記事を掲載したのだ。


「これは大変な事になるぞ! 正直、アレはシャレにならない」


 アーサーが王国を震撼させる事態になると危惧している。まぁ、アーサーがそう言うのも理解できる。何しろ「仕組まれた陰謀、遂に露見!」「全てはシナリオ通り。翻弄される民衆!」「ドルナを襲った悪巧み。白日に晒される!」という刺激的なタイトルを付けて、『週刊トラニアス』がレジドルナで起こったあらましから書いているのだから。


 レジドルナの冒険者ギルドが独断でドルナ側の街を封鎖し、それをレジドルナ行政府が黙認。更には宰相府の指示を無視した上に黙認を続けた一件。これに全ての紙面を割いて、大々的に伝えたのである。話の内容はこうだ。小麦暴騰の折、ドルナ側の商人は相場よりも安く小麦を販売していた為、レジドルナの小麦価は王都に比べ上昇の割合が低かった。


 この状況にレジドルナギルド、即ちトゥーリッド商会は適正価で販売するよう、ドルナ側の商人に再三に亘って申し込む。しかしドルナ側の商人達は、この申し入れを尽く無視して安価に小麦を流通させた。これに業を煮やしたレジドルナギルド側は、手懐けていたレジドルナの冒険者ギルドに指示を出し、ドルナ封鎖を決行したのである。


 この事態を重く見た宰相府は当時レジドルナ行政府の守護職だったドファール子爵に、ドルナ封鎖の是正措置を行うように指示を出したが、ドファール子爵はこれを無視。ドルナの封鎖状態が続いた。ここまでは俺も知っている。というか俺達は、ドラフィルと示し合わせて相場よりも安く売りに出していたので、当事者と言ったほうがいいかもしれない。


 しかしずっと解せなかった事がある。ドファール子爵がどうして宰相府の命令を無視するという、高いリスクを背負ってまでレジドルナギルドやトゥーリッド商会、それにレジドルナの冒険者ギルドの肩を持ったのかについて。俺はこれを全く理解が出来なかった。記事には俺が疑問に思っていた、まさにその部分をズバリと書いていたのである。


 元公爵の陪臣である、モーガン伯の強い働きかけがあったと指摘したのだ。ここで遂に腹心と言われてきたモーガン伯が出てきたか。ドファール子爵の供述によれば、近々貴族会議が開かれて、アウストラリス公が宰相になられる。ついては宰相府の命令は無視しておいて構わない旨の話があり、それを信じて無視を続けたのだという。


 ところがアウストラリス公の宰相就任という知らせの前に、大軍が襲いかかってきたと。つまりドファール子爵には、貴族会議の動静が全く伝わっていない段階で『常在戦場』や近衛騎士団がやってきたという事になる。ドファール子爵は自分に謀反の心などなく、大逆などという罪に問われるなど、全く心外であると必死に訴え続けているらしい。


 しかし宰相府からの封鎖解除の指示を無視した時点で、背任の事実は揺るぎがない。だが仮にも守護職という地位にあるドファール子爵が、そんな安易にモーガン伯の口車に乗ったとするならば、その技量を疑わざる得ないだろう。なので、この話だけでは説得力に欠けると思っていたら、モーガン伯の陪臣ティーラドーラ男爵の供述も載っていた。


 レジドルナ行政府内に居た所をドファール子爵と共に拘束されたティーラドーラ男爵は取り調べに対し、主人モーガン伯のドファール子爵への説得工作をあっさりと認めた上で、レジドルナの小麦暴騰はモーガン伯の画策するところであったと話したというのである。その供述によれば、モーガン伯は当初レジドルナで小麦価を上げるつもりだったという。


 レジドルナで小麦価を上げ、その価格を王都へ波及させる。これがモーガン伯の戦略だったと吐いたのだ。だからレジドルナの小麦価が異様に上がったりしていたのだな。ところがドルナ側の商人達が安価にどんどん小麦を売るので、一旦上がった小麦価がすぐに値が下がる。その状態が続いたので、トゥーリッド商会と打開策を協議した。


 その結果、導き出されたのがドルナ封鎖。協議の結果を受けてトゥーリッド商会はレジドルナの冒険者ギルドに命じ、ドルナ封鎖を決行したというのである。つまり小麦の高騰が始まる当初から、深くモーガン伯が関与していたと、ティーラドーラ男爵が認めた形。この話が事実だとすれば、絵を描いたのがモーガン伯で、動かしたのがトゥーリッド商会。


 ここで一つの疑問が浮かび上がる。ならば主犯がモーガン伯で、トゥーリッド商会は従犯となってしまう。本当にそうなのか? 更にもう一つの疑問が湧く。モーガン伯の主、元公爵アウストラリスの関与についてである。これについて、レジドルナ行政府でドファール子爵らと共に拘束された元公爵の陪臣ロスニスキルス子爵がこう供述していた。


 曰く、「今年、主は所領へ一度も帰ってはおらず、預かり知らぬ事であった」と。記事には供述がそのまま載せられているのみで、論評がない。なので、これをどう解釈するかは読み手に委ねられる所なのだが、ロスニスキルス子爵は元公爵アウストラリスの陪臣。額面通りに受け取る訳にはいかないと考えるのが、一般的だろう。


 しかし、ロスニスキルス子爵がレジドルナ行政府で拘束されたのは、ドルナ方面に突然多数の暴徒が現れたとレジドルナ行政府からの報を受け、急遽行政府に入った所だったという。拘束したのは、ドルナ側からレジドルナ行政府に入った『常在戦場』の第一警備団。レジドルナ行政府との折衝を担当していたので連絡が入ったというのだ。

 

 つまりレジドルナ行政府で何らかのはかりごとをしている最中に拘束されたのではなく、アウストラリス公爵領側のレジドルナ担当者であった事から、当日に知らせを受けて話を聞いていたところを拘束されただけとなる。今後とも引き続き調べられるのだろうが、真実は何処にあるのか? 続報を待ちたいところである。


 ――アンドリュース侯爵家の家宰であるブロンテット男爵が学園へ来訪し、俺は貴賓室に呼び出された。何事かと思って赴くと挨拶から始まり、侯爵令嬢カテリーナへの助力へのお礼。アンドリュース侯爵家の親族が受けていた、小麦特別融資の片付けのお礼。そして襲撃を受けた俺へのお見舞いと、ブロンテット男爵は延々と述べた。


 典型的な貴族話法。して本題は何かと言えば、嫡嗣アルツールの訪問の了解。アンドリュース侯が俺のもとに嫡嗣アルツールを赴かせたいというのである。いかなる用件かとブロンテット男爵に聞くも、主の使い故としか話さない。口止めされているのか、知らないのかは分からないが、アンドリュース侯爵家にとっては重要事項なのだろう。


 しかしよく考えれば、アンドリュース侯が身分低き商人の倅に、嫡嗣を遣わすなんて普通あり得ないよな。というか、直接アンドリュース侯が封書を送ってくれてもいいのにとは思う。そうすればブロンテット男爵だって、わざわざ来なくても良いのだから。ふと、サルジニアへ留学したカテリーナの言葉を思い出した。「しきたりの多い家」だと。


 アンドリュース侯は自分の用件を伝えるべく、嫡嗣を遣わしたい。その確認の為に家宰ブロンテット男爵を俺の元に送った。こんなまどろっこしい事をとは思うのだが、侯爵家の体裁を取る為には踏まえるべき方法なのだろう。そうまでしても俺に伝えなければならない、何か余程の事情があると考えた方が自然かもしれない。


 聞くところによれば、アンドリュース侯。旧アウストラリス派内では副領袖と言われているにも関わらず、少数派に甘んじている現状であるという。これは同じ派閥に属しているゴデル=ハルゼイ候の勢力が上回っているからで、その割合三対七だと、雑誌でも伝えられている。


 また、このゴデル=ハルゼイ侯とアンドリュース侯は、双方ムファスタ周辺に所領を持っており、双方が何かと対抗している状況にあるのはアンドリュース侯からも直接聞いた。 もしや嫡嗣の訪問はそれと関係があるのかもしれない。考えればキリがないのだが、最終的にはブロンテット男爵の申し出を受ける事にした。


 これまでの侯爵との関係上、向こうからの申し出を断るなんて、俺には出来なかったのである。ブロンテット男爵は俺に用件を伝えた後、「お嬢様の為、便宜を図って頂き、娘ともども感謝申し上げる」と話してきた。娘と言われてピンと来た。カテリーナの女従者シエーナからの話だと。シエーナはブロンテット男爵の娘である。


「サルジニアへの留学に際し、アルフォード商会の現地窓口が何かと協力頂いたと」


 ブロンテット男爵によれば、ロブソンがカテリーナと二人の従者、シュラーとシエーナの為に色々骨を折ったようだ。それを娘の封書から知ったとの事で、あの時カテリーナとロブソンそれぞれに、事情を伝えておいて良かったと思った。よく考えれば、モーリスから婚約破棄を宣告されてからのいきなりの留学話。全く準備も無いままの出発だった。


 それでもアンドリュース侯爵家という高位家なので、ある程度の用意は出来たのだろうが、それでも足りない部分、至らぬ部分があったのだろう。そこをロブソンが埋めたと。親としても感謝を申し上げたいというブロンテット男爵の言葉を聞き、何か報われた気持ちになった。そのブロンテット男爵が去り際、いきなりムファスタの話を始めたのである。


「ムファスタの商人達が、一部の貴族との取引を止めたという話を耳にした」


 ムファスタ近くにあるアンドリュース侯爵領へ赴いた際、出入りの商人からその話を聞いて驚いたそうだ。大口の顧客である貴族のとの取引を止めるなんて、普通はあり得ないのだが、考えられる事由について聞かれたので俺が思いついた事を伝えると、納得したように頷いたブロンテット男爵は、貴賓室を後にした。

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