588 まさかの続編

 コルレッツが封書の中で、最終イベントの気配がないかと俺に尋ねてきた。最終イベントとは、正嫡殿下がヒロインと結ばれるよう協力してもらう為、殿下の大伯父であるスチュアート公の元を訪れて、その助力を得るというもの。この時、同行するヒロインがレティならば後ろ盾になってくれるだけだが、アイリならばその出自が明らかになる。


 しかし今、二人のヒロインは正嫡殿下と結ばれるどころか接点すら皆無で、そのようなイベントなぞ起こる気配すらない。しかしコルレッツは必ず別のもので代用される筈との信念を持って、強気の姿勢。曰く、宰相閣下の代わりにアウストラリス公が失脚する事によって「代用」されたのだから、他でも同じように「代用」される筈というのだ。


 確かに正嫡殿下とクリスの婚約話の時には、その話が流れたのにも関わらず、ウェストウィック公爵嫡嗣モーリスとアンドリュース侯爵令嬢カテリーナの婚約話で穴埋めされた。と同時に、二人の間で断罪イベントまでが発生した訳で、コルレッツの言い分は理解出来る。しかし間近に見た者としては、自信を持って断言できる心境にはならなかった。


 と言うのも今、正嫡殿下が誰と結ばれるというのか、全く想像も付かない状態。正嫡殿下の周りに、ヒロインの穴埋めをするような人材が全く見当たらないのである。唯一該当しそうな高位家の令嬢カテリーナは、サルジニアに留学してしまった。また、モーリスにくっついていた、ポーランジェ男爵息女エレーヌのような者もいない。


 なので、最終イベントが発生するかどうかについては甚だ疑問である。それに王都の冒険者ギルドへ昔スチュアート公が出した実娘セリアの捜索依頼。セリアのその後についての報告を公爵に送るも、梨のつぶて・・・・・で無反応。アイリの育ての親で、事情を知っているローラン夫妻に、公爵へ申し出るように訴えるも断られてしまった。


 なので、スチュアート公が正嫡殿下の後ろ盾になるというイベントの発生には、懐疑的に為らざる得ない。これについてコルレッツは以前、「フラグが立っていないからだ」と指摘していたが、実際に動き回った者としては疑問が残ってしまう。これだけ八方塞がりでは難しいのではないかと思うのである。


 ただ最近の殿下の動きとして、国王陛下の名代として俺の前に現れたという話があるので、それを知らせておこう。ゲームイベントで正嫡殿下が使者の役割を担ったような記憶はないが、コルレッツなら何かを知っているやもしれない。それはそうとして、例の「第三のエレノオーレ」、べギーナ=ロッテン伯爵令嬢に関する話が書いてあった。


 乙女ゲーム『エレノオーレ!』と関係があるのか? 答えはノーだった。というのも『エレノオーレ!』には続編が出ているらしいのだが、その続編の舞台が何とサルジニア公国であるというのだ。ゲーム名は『エレノオーレツヴァイ』。どうして漢数字の「弐」なのかはこの際、突っ込まない。いや、突っ込んではいけない。それは罠だ!


 この『エレノオーレツヴァイ』。サルジニア公国の首府ジニアにあるサルジニア公立学院を舞台として、二人のエレノオーレが六人の攻略対象者と愛を育むという設定自体は『エレノオーレ!』と全く変わらない。恐らくこれはエレノ製作者が面倒なので、『エレノオーレ!』のフォーマットをそのまま使ったのだろう。


 サルジニア公国公主、マリオス八世の第二公女であるアリスティー・エレノオーレ・ディ・ジニアと、平民騎士階級出身のパトリシア・エレノオーレ・アンスブリッジという聖女属性を持つ二人が、このゲームのヒロイン。続編では聖属性から聖女に衣替えをしたようである。ただ問題は、コルレッツが書いている『エレノオーレツヴァイ』の設定。


 そこには攻略対象者と愛を育んで、周辺諸国との争いの絶えないサルジニアに平和をもたらすと書かれている。いやいや、個人の恋愛でどうやって国同士の争いを解消するんだよ。どうやらエレノの無茶さ加減だけをパワーアップさせたゲームのようだ。出だしからの無茶振りに呆れたのだが、更に読み進めて目が点になってしまった。


 なんとこの『エレノオーレツヴァイ』。悪役令嬢がいない代わり、自分が操作しないヒロインがライバルとして立ちはだかるという設定だというのである。おいおい、『エレノオーレ!』なんかに、アイリとレティが争うなんて展開なぞ、どこを探してもなかったぞ。そもそもゲームを進行する中で、二人が接触する事すら殆どなかったのだから。


 ところが『エレノオーレツヴァイ』では、自分が操作しないヒロインが立ち塞がってくる。つまりアリスティーを選ぶと、パトリシアが悪役として。パトリシアをヒロインとして操作すると、アリスティーが悪役となるのだ。つまり二人のヒロインは、同時に二人の悪役と化す恐るべき設定。文章を読んで、俺は確信した。これは地雷ゲーだと。


 だって、ヒロインが闇落ちしていく姿をつぶさに目撃するようなものじゃないか。そんなものを愛でるヤツなんて、屈折した連中以外いないだろ。これじゃゲームユーザー、総ドン引きなのは目に見えている。というか、ヒロインの暗黒面を見せつけられたら、感情移入なんか先ず不可能だろ。しかしよくもまぁ、こんなモノが企画で通ったな。


 大体、リアルエレノに転生して、二人のヒロインを間近に見ているが、いつも可愛らしいアイリが急に嫉妬深くなってしまったり、普段はフランクなレティが突然ナーバスになったりするんだぞ。それだけでもゲームのキャラとは大違い。特にレティなんか酒盛りは大好きだわ、カジノで荒稼ぎをするわ、ヒロインの枠なぞ、とっくに振り切っている状態。


 まぁそれは置いておいて、よくもまぁヒロインの裏の顔全部見せます、みたいなゲームを作ったものだ。こんな設定を考えるエレノ製作者といい、採用しちゃった会社といい、流石はエレノと言うしかない。この『エレノオーレ!ツヴァイ』以降、当然ながら続編は出ていないとの事。そりゃそうだ。こんなゲームに追いかけるユーザーなぞ、ガチだけだ。


 続編が出ていないのであれば、べギーナ=ロッテン伯爵令嬢が出てくる『エレノオーレ!』は存在しない。ならばべギーナ=ロッテン伯爵令嬢ユリアーナはゲーム設定とは無関係、という結論が導き出される。ならば良かった。これ以上余計な雑音は不要だからな。エレノオタクであるコルレッツがそう書いているのであれば、間違いないだろう。


 両親と護衛騎士に馬車に押し込められたユリアーナの「ミカエル! リサさん! ぎゃあああ!」という叫び声を聞いて、これはヤバいと思っていたのだが、どうやら杞憂だったようである。一つ不安材料が取り除かれた。しかし、その代わり続編であるエレノオーレ!ツヴァイ』が気になる。俺はサルジニアにいるロブソンに封書を送った。


 ――昼休み。いつものようにアーサーと顔を向き合わせて昼を食べていた。アーサーの方はいつものように厚切りステーキ。今日は珍しく俺も厚切りステーキにしたので、「心境の変化か?」と笑われてしまった。実は最近、朝の鍛錬を本格的に始めたからなのか、異様に腹が減るのである。だから昼からガッツリ食べているのだ。


「お前が言うように学徒団は解散するぞ」


 アーサーが俺の質問を肯定した。ジャックの便箋に書かれていた、学院学徒団の解散の話を振ると、学園の学徒団も解散するそうだ。ただ学院のように士官コースなるものが作られるという話にはなっていないという。代わりに出ているのが、選択授業の中に経綸けいりんという科目が誕生するらしい。一体どんな授業なんだ?


「領国経営とか、帳簿の見方とかを教えてくれるらしい」


「今まで無かったのか?」


「いや、なかったよ」


 知らなかった・・・・・ サルンアフィア学園のカリキュラムに興味が無かったから、経営に関する授業がないなんて、全く知らなかったぞ。しかし貴族子弟が通うのに、そんな基本的な授業さえ無かったとは! しかし、これまでどうやって領国経営とか学んでたのか謎は尽きない。学園では今、嫡嗣を中心にして、この授業の話で持ちきりらしい。


「俺も受けようかなと思っているんだよ」


「騎士になって、近衛騎士団に入るのは諦めたのか?」


「いや、もうそれどころじゃないよ」


 アーサーが首を横に振った。この前の大暴動。アウストラリス公爵邸の警備の攻防を体験して、無理だと思ったらしい。なので騎士になる夢は諦めたと。皆の憧れと、実際の中身が違いすぎる。あれじゃ、領地を守った方がマシだと言い始めたので、聞いている俺の方がビックリしてしまった。恐らく、それぐらい群衆と対峙するのが大変だったのだろう。


「じゃあ、家に専念という訳か」


「そうなるよな。それにさぁ、また世話をしなきゃいけなくなったんだよ」


 諦めたように頷くアーサー。俺が「伯爵家のか?」聞くと、溜息を付いた。


「そうなんだよ。親父がまたパーティーを開くとか言い出して・・・・・」


「パーティー? まだシーズンじゃないだろ」


「そうなんだけどさ。開くというもんだから、準備をしなきゃいけないんだよ」


 また狩り出されるのか。しかしボルトン伯も人使いが荒いな。だが、今回は少し事情が違うのだという。陪臣のシャルマン男爵が上京してきて、一緒に準備をする話になっているというのだ。だから気が楽だとアーサーが言う。人手が少ないよりも、多いに越したことはないからな。領国経営が楽になって動けるようになったらしい。


「シャルマン男爵なら間違いない。安心だよ」


 以前リッテノキアの問題をアーサーが解決した際、シャルマン男爵と色々話す機会があり、この人物なら間違いない、動いて良かったと思ったそうだ。まぁ、アーサーがそう言うのなら大丈夫だろう。しかし、ボルトン伯。まだ貴族社会が落ち着いていない中、どうしてパーティーなんかを開こうとするのだろうか? しかし相変わらずの狸親父である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る