584 軍監閣下の提案

 ロクに戦いらしい戦いもなく終わったレジドルナの戦い。以前ボルトン伯から聞いた「ソントの戦い」と同様、激しかったという割には、犠牲者が皆無というの辺り、流石はエレノだと思ってしまう。このコントに近いお決まりの展開に、俺もすっかり慣れてしまった。フレミングはむしろトラニアスの方について心配している。


「王都の方が大変だったのではと思います」


「群衆の圧力が凄まじかったそうだからな」


 俺はそう応じた。アーサーやドーベルウィン達の話を聞いていたら、本当に大変だったようだからな。


「こんな事なら俺がレジドルナに行くべきだった」


「こちらの方は万全の体制でレジドルナへ送り出したというのに・・・・・」


 グレックナーとルタードエが苦笑している。彼らからしてみれば、精鋭を送り込んでそれかよという思いがあるのだろう。しかし精鋭だったから、相手が簡単にヘタレた可能性もある。この辺りの判断や分析は、非常に難しい部分だろう。フレミングがレジ制圧後について話を始めた。


「レジドルナ行政府で、アウストラリス公の陪臣ロスニスキルス子爵と、アウストラリス公の陪臣で腹心のモーガン伯が陪臣ティーラドーラ男爵が拘束されまして、この糺問の為、アウストラリス公爵領へ進軍する話となりました」


 その話はリサの封書にも書いてあったな。


「いきなりその話になったのか?」


 俺が聞くと、グレックナーが暫く間を置いて「いえ」と答えた。その間は一体何だ? その間が気になったので、俺が更に尋ねると、意外な事実が明らかとなったのである。


「実はおカシラの姉御が・・・・・ アウストラリス公爵領への進撃を訴えられまして・・・・・」


 なんだと! リサが主張したのか! 俺が更に聞くと、とんでもない話が明らかとなった。レジ西側から突入した混成部隊が、何と「錦旗きんき」を並べ、鳴り物を鳴らしながら雪崩れ込んでいたというのである。黒や白といったフサフサした被り物に、赤い上着という見た事もない姿で現れたので、レジの冒険者ギルドの連中が驚愕したというのだ。


「その格好で賊軍を討ちましょうと言われ、アウストラリス公爵領へ進軍する話となったのです」


 その進軍はアウストラリス公が爵位を返上した後の話かと聞いたら、フレミングは首を横に振った。つまり王都で起こったことを全く知らない状態で進撃したという事か! 錦旗の使用も了承されていたのかと聞いたら、それも違うという。おいおい、何から何まで滅茶苦茶じゃないか。リサめ、何やってんだ!


「ムファスタ支部とリッチェル子爵隊、そしてヤヌスがレジの警備を行い、レアクレーナ卿の指揮の下、第四近衛騎士団と第一警備団、第三警護隊を以てアウストラリス公爵領へ進軍致しました」


 聞くと黒や白のフサフサした被り物というのは、歌舞伎で被って長い毛をぐるぐると回しているアレのようだ。どうしてそんなものを被らせているのかは分からないが、袖のない赤い上着を着ながら行進すると、圧倒的な存在感があったらしい。そりゃそうだ。フレミングの話を聞いているだけでも異様なのが分かる。


「我々が公爵領の首府リンレイに到着しますと、そのままアウストラリス城に入りました」


「抵抗は?」


「全くありませんでした」


 無血開城だったのか・・・・・ 首府リンレイの守護代ヴィランズ子爵も、アウストラリス城の城代デルタ=アウストラリス子爵も、アウストラリス騎士団のディアモーレ子爵も皆全く抵抗を行わず、王国に背く意思など欠片もないと恭順の意を示した。これによってアウストラリス公爵領は、戦わずしてレアクレーナ卿の軍門に降ったのだ。


「現在、アウストラリス城にはテティスが駐留しております」


「カラスイマか!」


 テティスの隊長カラスイマがアウストラリス城に入り、公爵領の警備に当たっているのだという。代わりにアウストラリス騎士団はレジドルナの警備に回っているという事で、元公爵アウストラリスが耳にすれば、悶絶して仰け反る展開となっていたのは間違いない。何しろ正規の騎士団ではなく、私兵である『常在戦場』が公爵領を警備しているのだから。


 領主であるアウストラリスは爵位を返上し、それに合わせて所領も王国へ返納した。公爵領も、今は主のない領地となってしまったのである。ところで大暴動直後、王都にある公爵邸「御門」を後にしてレジドルナへ向かったという、元公爵アウストラリス一行はどうなってしまったのだろうか? 俺がフレミングに尋ねてみた。


「実は・・・・・ 我々がアウストラリス公爵領にいる間に、レジドルナへやってこられたそうなのですが・・・・・」


 事情を耳にしたアウストラリス一行は、そのままレジから立ち去ってしまったらしい。応対に当たったのはレジドルナ支部のジワードで、フレミングはその場に居なかったという。そこからどこへ向かったのかは誰も知らないと話した。しかし貴族にとって爵位を失うというのは、存在そのものが消されるのに等しいものなのだと痛感させられる話だ。


 アウストラリス一行の応対を行ったムファスタ支部はそのままレジに残留し、現在、第四近衛騎士団の指揮の下、先程話の出たアウストラリス騎士団と共にレジの警備を行っているというのだから皮肉な話。そして第一警備団は、テティスを除く四個警備隊がフレミングと共に王都へ帰還し、親閲式に参加したとの事。テティスは残ったのである。


 隊長のカラスイマは義侠心がある男。昔、王都にある冒険者ギルドの登録者が大挙して屯所へと押しかけてきた際、皆を代表して「仕事がねぇ」と訴え出たのがカラスイマだった。そんなカラスイマに「ウチでやらないか?」と声を掛けた結果『常在戦場』が大膨張した訳で、ある意味、今の『常在戦場』を作った立役者。


「しかしどうしてカラスイマが残ったんだ?」


「アウストラリス公爵領の出だと言ったので」


「えええ!」


 フレミングの回答に驚いた。なんとカラスイマ、リンレイの出身だそうだ。現地の事情に明るかった為、レアクレーナ卿が是非カラスイマにと、懇請してアウストラリス城に駐留する事になったそうである。人の縁とは本当に奇なものだ。更に面白い事に、城代が元公爵アウストラリスの親族、デルタ=アウストラリス子爵が務めているという。


 これはレアクレーナ卿の配下がいないからで、公爵領の統治は引き続き元公爵アウストラリスの陪臣達に委ねている状態。つまり仇の配下をそのまま使っている状態であるという事で、俺には全く想像ができない。まぁ、これに関しては王国の話なので、俺がとやかく言える話ではないのだが。しかし王国の人員不足を端的に表す話ではある。


「そこで・・・・・」


 グレックナーが話そうとしているが、何か言いにくそうである。ディーキンやルタードエがチラリと見ている辺り、言いにくい話なのは間違い無さそうだ。給料を上げてくれという話なら、いくらでも応じるぞ。なので気兼ねなく言ってくれと、グレックナーに声を掛ける。すると、グレックナーは意を決したのか、呼吸を整えて俺に話し始めた。


「おカシラ。非常にお話しづらい事なのですが、軍監閣下からお話がありまして・・・・・」


 あまりに勿体ぶって話すので、一体どんな話なのかと、こちらの方が緊張してしまう。


「どんな話だ?」


「『常在戦場』の隊士達に移籍してもらえないかと」


「近衛騎士団にか?」


「ええ。何でも新設される部隊にも多くの指揮官や隊士が必要だと仰って・・・・・」


 なんだ、そんな話か。簡単じゃないか、そんなの。


「いいじゃないか」


「えっ!」

「えっ!」

「えっ!」


 皆が顔を向き合わせてながら驚いている。この話、全く悪い話じゃない。いいじゃないか。どうして皆、悲壮感が漂っているのだ? なので俺は四人に言ってやった。  


「ドーベルウィン伯が『常在戦場』と隊士達の実力をお認めになった。喜ばしい限りではないか!」


「しかし、おカシラ!」


「これまで長きに渡る近衛騎士団の縮小で、騎士になりたくてもなれぬ者が多くいたのだろう。そういう者達の多くが『常在戦場』に加わっているという話じゃないか。これはチャンスだ。希望者にはどんどん入ってもらえ」


 俺は驚くルタードエにそう言ったのである。今や巨大な私兵集団となってしまった『常在戦場』。大暴動を乗り切った今、部隊や人員、組織を維持する理由はどこにもない。官途を希望する者にはどんどん志願してもらった方がいい。それが俺の安全保障に繋がるし、『常在戦場』にとっても、隊士達にとっても、王国にとっても、一番良い方策。


「その代わり、採用された者が実力次第で幹部に取り立てられるように、ドーベルウィン伯に働きかけて取り計らってもらおう。ドーベルウィン伯ならば、きっとお聞き下さる筈」


「流石はおカシラ。恐れ入りました」


 ディーキンが俺に言ってくる。隊士達の事をそこまで考えて下さっておられたとはと、感心しきりといった感じで話されたら、俺の方が困ってしまう。俺は単に高値で売れる時に売ろうという商売根性も含め、状況に合わせて変えられると思っただけの話。必要な時に人員を抱え、不必要になれば人員を減らす。その好機じゃないか。


「グレックナー。官途に就くものが半数いてもいいじゃないか。この『常在戦場』のネットワークは必ず生きてくる。それにドーベルウィン伯はお前の元上官。快く受ければいいんだ」


「おカシラ・・・・・」


 グレックナーは頷いた。俺は皆に話す。


「『常在戦場』は残りたい者だけが残ればいい。大体、王国の部隊が市井の私兵よりも規模が小さいなんて異常だろ。それが是正されるって話なんだから、これは正常化に向かった動きなんだよ。『常在戦場』は当初のようにそれぞれが請負稼業をしながら、隊としての仕事をこなせばいいと思う」


「おカシラの言われる通りです」


「元々そのような趣旨でしたから」


 フレミングとディーキンがそれぞれ話す。『常在戦場』創業当時からの幹部だからこそ、その辺りの事をよく分かっている。俺は皆とやり取りする中で、手仕舞いの時期が来たと確信した。今日『常在戦場』の幹部達に、わざわざ黒屋根の屋敷に来てもらった甲斐があったというもの。気が付けば、俺はどう権限を移譲するべきなのかを思案していた。

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