583 レジドルナの戦い

 国王陛下との拝謁した際に所望した、王宮図書館に収蔵されているというサルンアフィアの魔導書の閲覧。その可否を伝える使者が学園に遣わされた。また拝謁時のように形式張った事をしなければいけないのかと思ったら、陛下の内意を告げる使節故に不要と聞き、一人貴賓室へ赴いたのだが、意外な人物が使者だった。陛下の使者とは殿下だったのだ。


「この貴賓室に於いて先般行われし謁見における、陛下よりの宸旨しんしを伝える」


「ははっ!」


 正嫡殿下が紙を開いたので、俺は最敬礼で頭を下げる。殿下はおもむろに述べた。


「アルフォードガ望ミタル、サルンアフィアガ記述シ、魔導書ノ閲覧。朕、仲介人立会ノ下、之ヲ許可ス」


 なんだ、この固さは! この前のアーサーの挨拶といい、無駄に固い。まぁ、サルンアフィアの魔導書を見られる確率は半々だと思っていたので、有り難い話だと思っておこう。仲介人が立ち会うということは、クリスと一緒に王宮図書館へ行かねばならないのだろう。まぁ、王宮に平民が入るなぞ、あり得ない話なので、それは理解できる。


「アルフォードよ。先日も申しておったが、そちは魔導書が読めるのか?」


「はい。ですのでニベルーテル枢機卿の委嘱を受け、ケルメス大聖堂の魔導書を整理しておったのです」


「では、その魔導書には一体何が書かれておったのだ? 魔導書が読める者が誰もおらず、余はその内容を知らぬのだ」


 正嫡殿下が聞いてきた。これはどう話をするべきか。まさか転生者であるケルメスの思い出話や、現実世界の技術論。地下活動のやり方とか、爆弾製造法なんかが書いてありましたなんて、間違っても言えないからな。困った俺は、魔導書の中で無難な内容について書かれていたものについて答えた。


「調理の方法について書かれておりました」


「なに?」


 殿下が拍子抜けた声を出した。つかさず俺は言う。


「ノルデン全土の帽子について、その種類の分布の解説であるとか」


「ほ、本当なのか!」


 俺の答えに唖然とする殿下。後ろに控えるフリックもエディスも呆気に取られている。


「アルフォードよ。それではこれまで、皆が未知の魔法が書かれていると言った話は偽りであったのか・・・・・」


「偽りであるかどうかは申し上げられませんが、ニベルーテル枢機卿が仰るに、勝手に思い込んでいただけかと」


 話を聞いた殿下が笑いだした。しかし、笑う一つも上品なのは、育ち以上に設定の為せる業なのだろう。フリックも必死に笑いをこらえている。唯一、エディスだけが平静を装っていた。


「なるほど・・・・・ 読めぬ書物ゆえ、皆が魔法の書だと思い込んでいたとはな。枢機卿猊下がそのように申されておられるのであるならば、間違いがなかろう」


 殿下は納得すると、サルンアフィアの魔導書もそのような事が書かれておるのかと聞いてきた。俺はまだ読んでいないので、それは分かりませんと答える。いくら大魔導師サルンアフィアであろうとも、地球破壊爆弾についての解説とか、小池さんが食べているラーメンについての分析なんかはしていない筈。それぐらいは信じていいと思う。


「サルンアフィアの魔導書を読んだ暁には、是非にもその内容を教えて欲しい」


 俺は殿下の要望を了解した。そしてサルンアフィアの魔導書を読んでから、改めて殿下の下へ伺うとの約束を交わしたのである。その話の後、殿下から思わぬ事を聞かれた。正嫡殿下の兄で、第一王子であるウィリアム殿下の事についてである。今回の貴族会議におけるウィリアム殿下の動きについて、どう思うのかと聞いてきたのだ。


「ウィリアム殿下の民を思わんとするそのお気持ちが、あのような行動を起こされた因にございます」


 俺はどう答えればいいのかと思案しながらも、思った事を答えた。今更殿下の前で取り繕っても仕方がないように思えたからだ。しかし正嫡殿下も突飛な御仁だ。


「余もアルフォードと同じ思いぞ。姉上がお話になっておられた案を貴族会議の席へ持ち込みになられるとは・・・・・」


 えっ! どうして殿下が知っているのだ? 強制的に低価販売を行わせるというのは、エルザ王女が発案した案。それを聞いた時、俺は難しいと言った。だが、勅令という圧倒的な強制力を以てそれを実現したのである。その道筋を付けたのはエルザ王女ではなく、兄であるウィリアム殿下だったが、エルザ王女が考えたのには、違いはない。


「姉上から話を聞いたのだ。兄上とアルフォードとで、小麦暴騰の対策について議論を行ったと。実現なぞおよそ不可能であろう、姉上の難しい案を実現させた兄上は凄い。余はそんな兄上を誇りに思う」


 そうだったのか・・・・・ エルザ王女があの時の話を正嫡殿下に話されていたとは。信頼関係がなければ出来ないよな、それは。しかしこの兄弟、本当に仲がいい。巷でよく言われているような王族の確執なんて皆無だ。そんなものは、殿下から微塵も感じられない。俺は一礼して貴賓室を退出したが、何か清々しい気持ちになった。


 ――『常在戦場』の団長ダグラス・グレックナーが事務総長のタロン・ディーキンと第一警備団長のフォーブス・フレミング。そして参謀のアルフェン・ディムロス・ルタードエを伴い、屋敷へやってきた。これまでならば俺が屯所に出向いて話を聞いていたのだが、襲撃事件があった為に、俺の方へ来るという形になったのである。


 グレックナー達がこちらにやって来たのが昼間だった為、俺が一人で聞く形となった。アイリがいない会議は珍しい。執務室横の会議室で会った四人は、いずれも晴れ晴れとした表情をしている。仕事をやり遂げた男の顔だ。冒頭、グレックナーが俺の身体が治癒した事に喜びの言葉を掛けてくれたので、俺は皆のお陰でここまで治ったと礼を述べた。


 俺はそのまま、レジドルナの制圧の指揮を執ったフレミングに労いの言葉を掛ける。すると、意外すぎる言葉が返ってきた。


「実は・・・・・ まことにあっけないものでした」


「レジの制圧がか?」


「ええ。あまりにも一方的だったもので」


 フレミングはレジドルナ制圧までの概況を説明してくれた。フレミングが指揮する第一警備団がレアクレーナ卿率いる第四近衛騎士団とドルナ周辺に差し掛かった頃、レジドルナの冒険者ギルドの一隊を捕捉する。その一隊は支線から南に下ってきた、即ちドルナ側へ向かっていたので、第一警備団がこれを追い、第四近衛騎士団が支線を北上した。


 これはどのように対処すべきかとレアクレーナ卿と協議をした結果、迂回路である支線を通り、レジ側から南下してくるであろう冒険者ギルドの部隊を近衛騎士団が抑え、ドルナ側に向かっていた冒険者ギルドの一隊と対峙するという案に基づく動きだった。ムファスタ方面からムファスタ支部が北上してくる事を計算に入れての判断だったのである。


 第一警備団はドルナに向かう幹線を通り、レジドルナの冒険者ギルドの一隊を追ったのだが、ドルナの目と鼻の先のところでその一隊が立ち往生していた。見るとムファスタから北上してきた『常在戦場』ムファスタ支部の部隊が、レジドルナの冒険者ギルドの行く手を阻んでいる。これは好機と思い、襲いかかろうとすると、何と降伏してしまった。


「ドルナ側から自警団が飛び出てきたのも大きかったと思います」


 つまり南西からムファスタ支部が、南東から第一警備隊が、そして北からドルナ自警団がそれぞれ迫ってきたので、レジドルナの冒険者ギルドの一隊は包囲された形になってしまったのだ。我に戦機なしと悟ったその一隊は、なんと戦わずして『常在戦場』の軍門に降ったのである。降伏した者、二百に及んだという。


「ドルナ自警団の者から話を聞きましたら、ドルナを封鎖し続けた者達だと」


 つまりレジ側は、レジドルナの冒険者ギルドの者、およそ二百を使ってドルナを封鎖していたようである。それを第一警備団およそ四百三十、ムファスタ支部およそ三百五十の八百人弱で取り囲んだ上に、ドルナ自警団の者まで加わったら・・・・・ そりゃ、降伏するよな。しかしその一隊。どうして持ち場であるドルナを離れてウロウロしていたのだ?


「我らの北上を聞きつけて、レジ側に帰ろうとしていたところ、支線を通る途中で阻まれたようです」


「もしかして「セラミスの切り通し」か?」


「おカシラ。よくご存知で!」


 フレミングが我が意を得たりといった感じで返してきた。セラミスの切り通して頑強な抵抗に遭ったので北上するのを諦め、それまで封鎖していたドルナ周辺に戻る途中でフレミング達と遭遇してしまったという次第。要はミカエル達がレジドルナの冒険者ギルドの動きを封じ込めたのだ。結果、行き場の無くなった連中は包囲されてしまい、降伏したと。


 ドルナに入った第一警備団とムファスタ支部の『常在戦場』の二隊はそのままドルナ市中に入り、ドルナを解放。ドルナ自警団と共にレジとドルナを結ぶ橋、レジ側が封鎖している橋で、レジ側にいる冒険者ギルドの連中と睨み合った。フレミングは一気に橋の封鎖を解くべく機会を窺っていると、相手の側が勝手に崩れ始めたのだという。


「レジ西側より、第四近衛騎士団とリッチェル子爵隊がレジ市中に雪崩れ込んだのです」


 そこにはリサやミカエル達と同行していた『常在戦場』第三警護隊や、モンセル部隊であるヤヌスまでもが加わっていたという。相手の混乱を確信したフレミングは全隊に号令を掛け、一気にレジ市中に突撃した。市街戦を覚悟しての突撃だったが、レジドルナの冒険者ギルドの連中は逃げ惑うばかりで、戦うよりも捕まえる方が忙しかったらしい。


「レジドルナ行政府では衛士が立っているだけで、何の抵抗もなく踏み込む事が出来ました」


「まさか、それでレジ制圧が終わったのではないだろうな?」


 俺が聞くと、フレミングはニンマリと笑った。


「流石おカシラ! その通りで」


 なんだそれは! 結局、戦いらしい戦いもないまま、レジドルナ行政府をはじめ、トゥーリッド商会、レジドルナギルド、冒険者ギルドといった、相手の主要拠点を全て掌中に収めた。犠牲者はゼロ。路上でコケたり、階段から落ちたりして怪我を負った者が数名いただけで、殆ど無傷の状態でドルナの解放と、レジの制圧を終えたというのである。

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