580 第三のエレノオーレ
レジドルナから戻ってくるリサやミカエル、リシャール達の出迎えの為、到着場所である黒屋根の屋敷には続々と人が集まっていた。その中にはアイリもいる。俺のピアノに付き合って、そのまま居てくれたと言った方が正しいのかもしれないが、出発の際に見送りをしたので私も迎えたいと言ってくれたのである。なので俺と一緒に出迎える事になった。
出迎えには関係者の他にも『週刊トラニアス』のミケランや『
また学園長代行のボルトン伯の姿もあった。実はボルトン伯から、ミカエル達が帰還する際には知らせて欲しいと前から言われてたのだ。ミカエル達が学園の生徒だからというのがその理由。学園の生徒を預かる立場として、出迎えを行いたいという意向を示したボルトン伯の要望を断る訳にはいかなかったのである。
というか、ボルトン伯は何か断りにくい空気を醸成するのが非常に上手い。そこへ一台の馬車が門前にやってきた。高速馬車ではないのでリサ達とは違う。装飾から貴族家のようだが、場所を間違えているのだろうか? この馬車を屋敷の玄関で警備していた、第五警護隊の面々が止めている。
「おお、これはこれはべギーナ=ロッテン伯」
ボルトン伯が馬車に駆け寄ったので、第五警護隊の面々が馬車から一歩離れた。そうか、ミカエルと一緒にリッチェル子爵領へ向かった、男勝りの御令嬢の実家か。馬車から降りてきたべギーナ=ロッテン伯がボルトン伯に挨拶をしている。伯爵の横にいるのはおそらく夫人。見ると護衛騎士も同行しているようなので、そこそこの家なのは間違いない。
(なるほど。そういう事だったのか・・・・・)
俺は悟った。どうしてボルトン伯がミカエル達の帰りを知らせるように言ってきたのかを。今の状況から考えて、ボルトン伯がべギーナ=ロッテン伯に連絡したのだろう。おそらくはべギーナ=ロッテン伯からの依頼を受けて、俺から話を聞き出した。しかし嫌な気持ちにはならなかった。どのような理由があるにせよ、娘を心配しての行動なのは明らか。
二、三言葉を交わした後、ボルトン伯がべギーナ=ロッテン伯爵夫妻を伴い、俺とレティのところへやってきた。そこでべギーナ=ロッテン伯爵夫妻と挨拶をしたのだが、驚いたことに伯爵令嬢がリッチェル子爵領に向かったのを知ったのは、最近になってからなのだという。どうやら令嬢、親に全く知らせていなかったらしい。
(あちゃー!)
べギーナ=ロッテン伯爵令嬢は、予想以上の猛者だった。小麦問題が大きくなったので夫妻共に所領へ張り付きっぱなしだった事も、知るのが遅れた要因の一つだったようだ。貴族会議に出席する為、王都に来ると暴動が発生。そこで娘に連絡をと思ったら、学園にいないと分かり、レジドルナの方へ向かったという事実を知った次第だと伯爵が話す。
「あの子は昔から、冒険とかに憧れる子で・・・・・」
活発過ぎて困っていると心配そうに話す夫人を見て、だから飛び出したんだなと確信した。しかし困った子だな。本当に火の玉娘みたいな子だ。話を聞いて、レティが恐縮してしまっている。そもそもミカエルが子爵領へ行くと同志を募ったところ、べギーナ=ロッテン伯爵令嬢が手を上げてしまったのだから、責任を感じずにはいられないのだろう。
「此の度は、このような形で令嬢を巻き込む形となりまして、申し訳ございませぬ」
「何を仰いますか。我が娘が自分の判断で突き進んでしまった事」
「夫人には心苦しい思いをさせてしまい、何と申し上げて良いのか・・・・・」
レティの詫びを受けてのべギーナ=ロッテン伯爵夫妻の話っぷりを聞くと、レティを責めるどころの話ではないようである。というのも、令嬢が向かった事すら把握していなかったので、何がどうなっているのか分からないといった感じだ。事実、俺とレティが伯爵令嬢の同行を知ったのが出発直前だった事を告げると、夫妻揃って溜息をついた。
「全くあの娘は・・・・・」
「ユリアーナは本当に・・・・・」
ユリアーナと言うのか。べギーナ=ロッテン伯爵令嬢のファーストネームを呆れ気味に呟く伯爵夫人。俺が自分の姉であるリサや『常在戦場』の女性部隊である第三警護隊も同行していると説明すると、夫妻は初めて安堵した表情に変わった。自分の娘がかなりの護衛を受け、リッチェル子爵領へ向かったのだと分かって安心したのだろう。
心ほぐれた夫妻と会話をする中で、俺は驚愕の事実を知った。何とミドルネームがアイリやレティと同じ「エレノオーレ」だったのである。令嬢の全名はユリアーナ・エレノオーレ・べギーナ=ロッテンだという。これには思わずアイリとレティの顔を見てしまった。すると二人もビックリしている。こんな事もあるのだと、皆で顔を見合わせた。
しかしヒロインと同じミドルネームを持つとは・・・・・ 相手はあのエレノ製作者。これは地雷臭を感じざる得ない。もしかすると、何かのフラグである可能性がある。具体的に言えば続編とかそういうヤツだ。続編構想の為にべギーナ=ロッテン伯爵令嬢を「入れ込んだ」可能性は十分に考えられる話。アイツらならやりかねない。
これは一度コルレッツに確認をした方がいいな。俺よりもあいつの方が『エレノオーレ!』には詳しい。俺はゲームをやり込むヲタだが、コルレッツの方は設定ヲタ。だからゲームにはない逆ハーレムを目指すみたいな無茶をやらかした訳で、そんなベクトルのコルレッツなら、乙女ゲーム『エレノオーレ!』の裏の裏。奥の院まで知っていそうだ。
「馬車が来たぞ」
複数の声を聞いて門前を見ると、高速馬車が入ってきた。一台、二台・・・・・ 合わせて五台の高速馬車が入ってくる。全て四人乗りか。馬車が黒屋根の屋敷の馬車溜まりに停車すると、二台の馬車から隊士達が降りてきた。ひときわ大きな身体をしたダダーンの姿もある。その表情を見ると晴れ晴れとしているので、万事上手くいったのだろう。
先ずミカエルが降りてきた、次にべギーナ=ロッテン伯爵令嬢。降りてきた令嬢の顔が変わったのは両親の姿を見たからだろう。呆気に取られた表情をしている。そしてリサとリシャール。別の馬車からはカシーラとセバスティアン、出発時に見たデグモンドとショトレ。そしてもう一台の馬車からはダンチェアード男爵以下、
出迎えに来た皆が一斉に駆け寄ってワイワイとした声が聞こえる。リサは真っ先にザルツと包容した。印象的だったのは家族が来ていないデグモンドとショトレをボルトン伯が両手で抱いて出迎えた事である。このような芸当ができる辺り、流石はボルトン伯。俺はミカエルやリシャール、カシーラにセバスティアンと挨拶を交わした。
リッチェル子爵家の陪臣ダンチェアード男爵や、横にいる
そんな中、一人泣いているレティをアイリが介抱している。ミカエルが無事だったのをこの目で確認して、ホッとしたのだろう。少し前、アイリが「レティに甘すぎる」と剣幕を立てていたので気になっていたのだが、二人の関係性に全く変化がないようなので一安心である。俺はニーナやロバート、ジルと抱擁を交わしたリサを出迎えた。
「無事に帰ってきて良かった!」
「グレンも大分治ったようね」
「ああ。こちらの方は何とかなったよ」
「向こうの方も何とかなったわ」
俺とリサはお互いの無事を確認し、それぞれの状況を報告する。俺は貴族会議が無事に乗り越えられた事や、王都で大暴動が発生した件について話し、リサはドルナ解放やレジの制圧について伝えてくれた。アウストラリス公爵領平定も怪我人なき状態で、大過なく行う事が出来たそうだ。そしてリサがプレゼントだと言って、一通の封書を渡してきた。
「ドラフィルさんからよ」
「おお、ドラフィルからか!」
ドルナの商人レッドフィールド・ドラフィルからの封書。ドルナ封鎖以来、ずっと途絶えていたからな。他にも色々話したかったのだが、リサをずっと待っている『週刊トラニアス』のミケランや『
「坊や。元気になったようね!」
「あ、ああ。けど・・・・・苦しい」
厚すぎる胸に顔を押し付けられて圧死するかと思った。鍛え上げられたダイナマイトボディなんかで締め付けられたら、俺なんか手も足も出ない。まして怪我をしてロクに鍛錬も出来ていなければ尚更である。しかし、ダダーンにはどうしても礼をしておかなければならない。俺はダダーンの胸に圧迫されて苦しい中、言葉を振り絞った。
「ダ、ダダーン。難しい仕事。本当にありがとう。皆を守ってくれて感謝しかない」
「何を言ってるのよ。向こうで坊やの仇は取ってきたわ! ねっ!」
ダダーンが後ろを振り向くと、第三警護隊の女性隊士達が一斉に「おぅ!」と返事をした。聞くと、レジドルナの冒険者ギルドに押し入って、中にいた者を一網打尽にしてしまったらしい。すると「女にやられた冒険者ギルドの連中は大した事ねえよ」と、潜伏していたギルドメンバーが住民によって皆、拘束されたのだと言う。
「ここを出る時から、レジドルナの冒険者ギルドをやるのはウチだと決めていたから。ねっ!」
「おぅ!」
再びダダーンが振り向くと、女性隊士達が野太い声で返事をした。皆、精悍とした顔をしている。誰一人怪我もなく帰還できたと、分厚すぎる胸を張るダダーン。リサに同行してもらったのは、これで二度目なのだが、本当に相性がいい。リサやミカエル、リシャールらが無事に帰ってきたのはダダーンと第三警護隊のお陰だ。
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