579 挙動
ミカエル達がレジドルナから帰ってくるという、リサからもたらされた情報をレティに伝えたのは昼の話。するとレティは教室内であるにも関わらず、喜びのあまり俺に抱きついてきて、大騒動となってしまった。幸いな事にドーベルウィンのフォローで教室を脱した俺は、急ぎ若旦那ファーナスに連絡を取り、リシャール達の帰還を知らせた。
「ようやく帰ってくるのか・・・・・」
喜びというよりかは、しんみりとそう答える若旦那ファーナス。後は顔を見るだけだなというファーナスの言葉を聞いて、喜びを爆発させたレティとは対照的だな、と思った。しかし最近、レティのスキンシップが激しくなっているような気がする。以前からフランクだったのはフランクだったのだが、ここに来てより激しくなっているような感じだ。
そう言えば、若い頃の佳奈もよく抱きついてきたなぁ。もしかすると女にはそういう時期というものがあるのかもしれない。しかし何かよそよそしく、避けているのかも思ったら、抱きついてきて密着させてくる。一体、何を考えているのか、俺にはサッパリだ。まぁ、よく考えたら、愛羅の事も全く分からなかったからな。
この年頃の娘というものは、浮き沈みが激しいというし、ああいうものなのかも知れない。と思ったら、困ったことに今度はアイリが拗ねていた。放課後、久々に図書館で会ったアイリが、いきなり拗ねていたのだ。どうやらアイリもその例外ではなかったようで、俺とレティとの話が、もうアイリの耳に入っていたのである。
「どういう事なの?」
「・・・・・」
かつてなく、強い口調で迫ってくるアイリ。説明を聞くというより、これは尋問だ。俺は慌てて事情を話した。リサやミカエル達が帰ってくるので、急いでレティに知らせると、レティが喜びのあまり俺に抱きついてきたと説明したが、アイリがどうにも納得しない。俺は慌てて引き離したと事実を言っても、全く承服しないのだ。
「グレンはレティシアに少し甘すぎるのです」
「えっ!」
そう断言するアイリ。これには絶句してしまった。全く心当たりがないので驚くしかない。まさかアイリがそんな事を言うなんて・・・・・ まるでレティに嫉妬しているかのようだ。レティとは仲が良い筈じゃないのか? 俺は戸惑ったが、一度アイリがこうなると中々収まらないのは、今までアイリとの付き合いから分かっている。
「・・・・・スイーツで・・・・・」
これ以上、あれこれ言っても無駄と悟った俺は、『スイーツ屋』へ行こうと誘った。よくよく考えれば、王都が不穏な情勢となってから、アイリと外へ出かけられなかったからな。以前なら普通に行けたレストラン『ミアサドーラ』や、パフェ屋の『パルフェ』に全く行けていない状態。なので、アイリの鬱憤も溜まっているに違いない。
外には出られないが、学園内にある『スイーツ屋』ならいいだろう。だから『スイーツ屋』に誘ったのである。このモードに入ったアイリには、何を言っても無駄。これまでの経験から、そう判断したのである。方針が決まっていれば、躊躇はない。私をそんな物で釣るのかといった反応をするアイリに、俺は「行こう、行こう!」と強く誘った。
「う、うん・・・・・」
戸惑いながらも席から立ったアイリ。アイリは問答無用で強く出ると、こうやって合わせてくれる時がある。これがクリスならそうはいかない。というか、レティならば絶対に返り討ちに遭うだろう。あくまでアイリだからこそ使える手法なのだが、アイリと落ち着いて話す為には、こうするしかない。
俺は杖を突きながら、席を立ったアイリと一緒に『スイーツ屋』に向かった。久々に入る『スイーツ屋』。店内に入るだけでも、元の生活に戻ったような気持ちになる。何人かの生徒の視線が刺さるのは、おそらく昼間のレティとの件だろう。まぁいい。今はそんな事を気にしている場合じゃない。俺は紅茶で、アイリはやっぱりフルーツパフェのラージ。
パフェをパクパク食べている間に、アイリはすっかり機嫌を戻してくれた。アイリが言うには、最近パフェを全く食べていなかったらしい。食べるどころじゃなかったし、というアイリの話には説得力がある。そんな心境にもなれなかったという事なのだろう。なので咄嗟の判断だったが、アイリを『スイーツ屋』へ連れてきたのは大正解だ。
「明日なのね」
パフェを食べ終わったアイリが聞いてきた。パフェを食べて、少し心が落ち着いたようである。それを見て、少し安堵した。
「ああ。これでまた、普通の生活が一つ戻ってくる」
「ええ」
俺の言葉にアイリが頷いた。普通の生活が戻ってくるというのは、今現在の率直な気持ち。ミカエルやリサ、リシャール達が帰ってくる事で、また一つ日常生活が戻ってくるのだ。俺と同様、一つ一つ戻していく事でアイリの心も落ち着く筈である。それはレティも変わらないだろう。
「ミカエルが戻ってきたら、レティも落ち着くよ」
「・・・・・うん」
何だ、今の間合いは? レティの情緒不安の原因は、滴愛する弟ミカエルの出征。今はミカエルの身の安全が確認され、今日は王都へ帰ってくるとの報である。これによって心の持ちようが良くなっているのは間違いない。ミカエルと直接対面すれば、レティも安心して、精神的にも安定するだろう。
しかしそれとは対照的に、何とも言えない表情で返事をしてくるアイリ。俺は一抹の不安を感じた。アイリは一体、何が引っかかるのだろうか? 一瞬聞いてみようかと思ったのだが、言葉が口から出てこない。何故か俺の中で、踏み込んで聞く勇気が湧いてこなかった。
――翌朝、リサから本日の夜に屋敷へ到着するという知らせが入った。どうやらリサ達はかなり急いで王都の方へ戻って来ているようだ。封書によれば、リサとミカエル、リシャールにカシーラ、セバスティアン。それとミカエルに同行したべギーナ=ロッテン伯爵令嬢、デグモンドとショトレ。それとダダーンことアスティン率いる第三警護隊の一隊。
屋敷に戻ってくるのを優先して、第三警護隊は先発隊と後発隊の二隊に別れ、先発隊がリサ達を警護して向かっているという。ダダーンは「早く俺と会いたい」と意味深な事を言っていると、リサがサラリと書いている。いやいや、これをどうしろと言うのだ! それはそうと、意外な者達がリサ達の車列に帯同していた。
(ダンチェアード男爵・・・・・)
リッチェル子爵家の陪臣ダンチェアード男爵に、
「え! ババシュ・ハーンまで来るの!」
昼休みに教室前の廊下でレティに伝えると、驚きの声を上げた。レティにとって、全く想定外だったようだ。ダンチェアード男爵ならまだしも、ババシュ・ハーン達が来るなんて考えても見なかったと、レティが頭を抱えている。どうしてそんなに困っているのだと聞いたら、あの人達は何をやらかすか分からないのだと、レティが言う。
「だって、グレンも見たでしょ。何でも「ラディーラ!」って言って終わりにするところを」
「・・・・・」
そうだったな。レティが小麦を絶対に売るなと言っているにも関わらず、リッチェル城の城下町にある倉庫の小麦を売り払ってしまった有力者ババシュ・ハーンが、怒っているレティに対して「申し訳ないラディーラ」で終わらせていたもんな。レティにババシュ・ハーンと一緒にやってくる二人の
先ずセルメン・ムシャトリアはリッチェル西部を取り纏める
「皆、いい人なんだけどね・・・・・」
溜息をつくレティ。放っておいたら、また何かをやらかすに決まっているのよ、と俺に言う。確かにどちらが仕えているのか分からないという話は、中々に強烈だ。これぞエレノの真骨頂という話である。
「こりゃ、レティが監視するしかなさそうだな」
「・・・・・」
嫌そうなレティ。気持ちは分かる。何でも笑って済ませられたら、たまったもんじゃないからな。ふと俺に一つの教案が浮かんだ。レティとミカエルも一緒に『グラバーラス・ノルデン』に泊まればいいんだよ。そうすればババシュ・ハーン達の監視も出来る。何よりも人目を気にせず、姉弟水入らずで話も出来るだろう。
「な、そうしよう」
「で、でも・・・・・」
戸惑うレティをよそに俺は魔装具を取り出して、すぐにスイートの予約を取った。心配そうな顔をするレティに、費用の事は気にするなと言った。何日滞在するかは分からないが、それぐらいの費用、俺が持ってやる。しかしミカエルも、
俺は若旦那ファーナスに一行が黒屋根の屋敷に着くことを知らせた。昨日段階では王都の何処に帰ってくるのかについては分からなかったので、改めて伝えたのである。ファーナスは上機嫌で「セルモンティさんや、マルツーンさんにも知らせるよ」と言うと、早々に魔装具を切った。やはりリシャールが帰ってくるのが嬉しいのだ。
空が夕焼けで染まる頃、ミカエルらの出迎えの為、黒屋根の屋敷には関係者が集まって来た。レティをはじめ、ザルツにニーナ、ロバートにジル。二番番頭のナスラといったウチの家の者や、ファーナス、セルモンティ、マルツーンの各家の家族。見ると総出状態なので、如何に息子達の帰りを待ちわびていたのか、これだけ見ても十分に伝わってくる。
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